331.ずっとそばにいたい
夕方のサロン。
ちょっと早く帰宅してきたら、同じく早く戻ってきたアリスにつかまった。
サロンでアリスと二人っきり。
他の仲間達はまだ当分戻りそうにない、なぜなら魔法カートの転送で、エルザとイーナがまだ働いてるからだ。
「――って感じで、すごかったんだから!」
仲間達との憩いの場でアリスとの世間話。
アリスは今日見てきたセレストの活躍を興奮気味に説明した。
「へえ、それは見たかったな」
「見せたげる!」
「うん? どうやって」
アリスは興奮した笑顔のまま立ち上がると、肩に乗っかってる仲間モンスターたちに号令をかけた。
食玩サイズの仲間達が一斉に彼女の肩から跳び降りた。
ボンボンが左右に手を振って何かを打ち出す仕草をして、ホネホネとプルプルがそれに応じてまん中に押しやられる。
集まったところでメラメラが下に潜り込んで焼く、焼かれた二体はコミカルに大はしゃぎする。
なるほどビジュアルにするとすごくわかりやすい。
「すごいな、こういう風にまとめて倒すのってあんまり意味ないけど」
「あるよ! まとめて倒した方が気持ちいいじゃん?」
「アリスはプチプチやる時、一つずつつぶすんじゃなくて雑巾みたいに絞るタイプか」
「何それ」
屈託ない笑顔のまま小首を傾げる。
「ちょっと待ってな」
俺はアリスにそう言って、一旦部屋に戻って、貴重なそれを取ってきた。
サロンに戻ってきて、アリスに見せる。
「これなに?」
「前にタカラバコが落としたものだ」
タカラバコ。
ハグレモノと似てるようで、すごく違うモンスター。
その名の通り縁がギザギザの宝箱の形をしているミミックっぽいモンスターで、倒したら「世にも不思議な」物がドロップする。
何回か出会って倒したけど、その度に元の世界のどうでもいい物がドロップした。
その一つがこのプチプチだ。
「何のための物?」
「こうして暇つぶしするんだ」
俺はプチプチをつぶして見せた。
心が安らぐ、一晩中でもやってられる安らぎを感じた。
「へえ」
「やってみるか?」
「うん!」
アリスは受け取ってプチプチを潰し始めた。
広めのシートが一部テーブルの上に広がって、それに仲間モンスター達が集まってきて、小さい体でいじらしく一つずつつぶしていった。
「おー、ふーん、へー」
潰しながら感心した声を上げるアリス。
気に入ったようだが、心が安らぐまではいかないようだ。
そんなアリスは「そういえば」といって、シートの両端を掴んで、俺が言った「雑巾潰し」をやり出した。
「あはははは、これ面白いね!」
「やっぱりな」
世の中にはそう言う人間も結構いる。
スカッとする、というだけで溜めて溜めて一気に解消するタイプの人だ。
アリスはそういうタイプらしかった。
「でねでね、まとめてモンスター焼いたあとにさ、知らない人がやってきたんだ」
プチプチシートを搾りながら話すアリス。
セレストの話の続きに戻ったのだと気づくのに少し時間がかかった。
「知らない人?」
「えっとね――」
「ただいま。あら、まだ二人だけなの?」
アリスの言葉の途中で、話題のセレストが戻ってきて、サロンに入って来た。
「おかえりー、ねえねえどうだったの?」
「どうだったって?」
首をかしげ、不思議そうな顔で聞き返すセレスト。
「さっきのあれ」
「あら、見てたの?」
「うん、スカウト、ヘッドハンティングだよねあれ」
「え?」
思わず声が洩れて、びっくりしたままセレストを見た。
セレストは苦笑い、決まりの悪そうな顔で俺を見た。
「スカウトが来たのか」
「ええ。金と人、その他必要なものをすべて用意するから、独立しないかって」
「すごいな」
「すごいのはそれじゃないよ」
アリスが立ち上がって、搾りかけのシートを持ったまま、腰に手を当てて胸を張った。
なんでアリスが威張るんだ? と思っていたら。
「一年で五億くれるんだよね」
「五億! 年俸五億を保証してくれるってことか?」
「ええ、そう言っていたわ」
「全部用意した上で?」
「全部用意した上で」
同じ言葉を繰り返して、静かにうなずくセレスト。
それは……すごいな。
スポンサーというか金主というか、そういう話の中で一番すごいヤツだ。
ぶっちゃけ「石油王がバックについた」くらいじゃないと中々ない話だ。
そうか……いやそうだな。
今のセレストはそれくらいの実力がある。
そういう話が来たとしても、驚く程の事じゃない。
「よし、じゃあ今日はエミリーに頼んでお祝い――」
「断ったわ」
「――のパーティーふぇえええ!?」
驚き過ぎて、素っ頓狂な声を出してしまった。
「こ、断った?」
「ええ」
「そんなにいい条件なのに?」
「そうね」
「いやいやいや」
アリスは搾りプチプチを持った手を腰に当てたまま、もう片方の手で指を立てて「ちっちっち」と揺らした。
「あたりまえじゃん、ねえ」
「そうね」
何が当たり前で、なにがそうねなんだろう。
よく分からない中、アリスが俺に近づいてきて、肘で脇腹をトントンつついて。
「良かったじゃん、ウリウリ」
「いや、よかったの、か?」
あきらかに話に乗った方がいいと思うんだがな。
話が怪しいとは思わなかった。
仲間達、とくにエミリーとセレストはパトロンとか石油王とか、そういうのがついてもおかしくない位有名だし強い。
エミリーが「新型エミリーハンマーを作る」ってクラウドファンティングっぽい事をしようものなら、一時間で億単位の金があつまるはずだ。
だからいい話だと思ったんだが。
「断るわ、当たり前。どんな条件を持ってこられたとしてもここから離れないわ」
「だよねー」
アリスはニヤニヤと笑ったが。
「それもあるけど」
セレストは穏やかに微笑み返してから、俺を真っ直ぐ見つめてきた。
「私が強くなってからよってくる人のところに行くつもりはないわ」
「……あぁ」
セレストの目に二つの感情があった。
一つはよく分からないが、一つははっきりしている。
強い感謝。
恩返しを考えてる人間によく見られる目だ。
俺は、セレストが一番苦しい時に出会った。
そんな彼女が後からよってきた人間を信用出来ないのは至極当然のこと。
「そうじゃなくても、何処にも行かないわ。ずっとここにいる」
真っ直ぐとみつめて来たセレスト、まるで「ずっとあなたのそばに」といってる様に見えた。
「そうか」
それは、結構嬉しかった。