326.上昇値を吟味
「一体……どういう……」
何が起きたのか理解できないとばかりの顔で、唖然となっているニホニウム。
「俺もちょっとだけ驚いた」
「え?」
「あれがダンジョンから持ち出せて、他人に触れた事だ」
「え、ええ。苦しめる為に、と思ったらそれが出来たの」
「なるほどな」
ダンジョンマスターと根底にある物は同じだな。
ニホニウムのダンジョンマスターは存在しているだけで、ニホニウムのみならず近くのダンジョンのモンスターも消してしまう。
それはニホニウムの屈折から生まれたもの。
私はつらい、お前達も苦しめ。
そういう考えが結実した物だ。
そしてこの種も同じことだ。
レベルを下げれば苦しいだろ? そういう思いからこの種は生まれた。
「リョータさん、これはすごいですよ」
「革命的だよね」
エルザとイーナ、二人は興奮した様子で言ってきた。
「ああ、話は聞いてる。しばらくは金満プレイになってしまうが」
「それでも、出来るようになったのはすごいですよ」
「不可能から可能になったのは大きいわ」
俺は頷いた。
まったくもって、二人の言うとおりだった。
「一体……どういう事なの?」
一方で、まだ何が何だか理解できないって顔をしているニホニウム。
「説明するより実際にやって見せた方がいいな。ニホニウム、さっきのを大量に出せるか?」
「え? ええ……」
ニホニウムが手をかざすと、レベルダウンの種が大量に現われた。
数えるまでもなく、100個を軽く超える……時価五億円くらいある種の山だ。
「後は……エミリーが適任かな?」
「呼んできます!」
エルザはサッと駆け出した、転送部屋のある方角に向かって。
しばらくして、魔法カートを押すエミリーを連れて帰ってきた。
「何があったです?」
「悪いエミリー、仕事中に。ちょっと協力して欲しい事があって」
「はいです。ヨーダさんの頼みごとならどんとこいなのです」
「ありがとう。実は――」
俺はエミリーにそっと耳打ちをした。
彼女はうんうんと頷きながら聞いてくれた。
「分かったです。あれは倉庫に保管してあるです」
「よし、ならまずは現状を確認だ」
「はいです」
エミリーは一旦買い取り所から出て行き、すぐに戻ってきた。
戻ってきたエミリーが手に持っているのはポータブルナウボード。
「使うです」
「ああ」
エミリーがポータブルナウボードで能力のチェックをした。
―――1/2―――
レベル:40/40
HP A
MP F
力 A
体力 A
知性 F
精神 F
速さ E
器用 E
運 B
―――――――――
「いつ見ても清々しいくらいのパワーファイターだな」
「はいです」
「よし。じゃあ悪いけど、皆はここで待ってて」
「はい」
「楽しみだわ」
エルザとイーナは俺がやろうとしてる事を察しているのか、笑顔で送り出してくれた。
その一方で理解していないニホニウムは、さっきからずっと眉をひそめたままだ。
「何をするの?」
「すぐに戻る」
俺はそう言って、種を持って、エミリーを連れて買い取り所を出た。
☆
約一時間くらいして、俺とエミリーは再び買い取り所に戻ってきた。
「ただいまなのです!」
「その笑顔、成功したのね」
イーナがそう言うと、エミリーはますます笑顔になった。
「はいなのです!」
「そろそろ説明して欲しいわ」
俺たちがいない間もずっとここで待っていたニホニウム。
彼女は少しだけ寂しそうな顔で言ってきた。
「悪かったほっといて。エミリー」
「なのです!」
エミリーは頷き、持ってきてたポータブルナウボードをまた使った。
―――1/2―――
レベル:40/40
HP A
MP F
力 A
体力 A
知性 F
精神 F
速さ D
器用 D
運 A
―――――――――
「こ、これは……上がっている?」
驚くニホニウム、一方でエルザとイーナは。
「おめでとう!」
「すごいわね。これが公になればさっきのもっと値がつくわ」
と、口々にエミリーに祝福した。
「どういう事なの?」
「サルファの事を知ってるか?」
「ええ」
頷くニホニウム。
サルファというのは、シクロにちょっと前に現われた制限ダンジョンの事だ。
大きな特徴として、入れば武器も道具も持たず、レベル1からやりなおすということ。
仲間でサロンに集まってる時にも何回か話に出てて、ニホニウムもそれを聞いている。
「それをさらに改良したのが私よ」
「俺の種分も戻ってたもんな。サルファはそのままだったけど」
なるほど、やっぱりサルファを参考にしてたのか。
「それがどうしたの?」
「うん、サルファに入った冒険者から上がってきた情報で、レベルアップの時の能力上昇に差が出るってのがあったんだ」
「差が出る……?」
「レベル1に戻って、ダンジョンの中でレベルが上がっていくけど、同じレベルになっても能力に差が出る事がよくある。検証してみたら、レベルアップごとの上昇に微妙な差が出るのがわかったんだ」
「それがどうしたの?」
「常に上がり幅の最大値を引けば、同じレベルカンストでも強さに差が出るって事さ。この前のテネシンの事覚えてるか?」
「……オリジナルの才能限界」
つぶやくニホニウム、頷く俺。
「そういうこと。他にも要素はあるんだろうが、あれはレベルアップで常に最大値を引いた時の状態なんだ。で、エミリーは今そうなった」
「え?」
「これなのです」
エミリーが両手にそれぞれ違うものを持って、ニホニウムの前に突き出した。
左手はニホニウムのレベルダウン種、右手はクリスタルだ。
「これは?」
「経験値のクリスタル。いままで使い道がなくて二束三文だったから、倉庫に大量に保管してあったんだ」
俺が言うと、エミリーは種を使ってレベルを下げてポータブルナウボードを使う。
「レベル39になったです」
直後に必要分の経験値クリスタルを使って、またポータブルナウボードを使う。
「これでまた上がったです――あっ」
ちょっと困り顔のエミリー、すぐにその理由が分かった。
―――1/2―――
レベル:40/40
HP A
MP F
力 A
体力 A
知性 F
精神 F
速さ D
器用 D
運 B
―――――――――
何度も吟味して辿り着いた限界から運が一段階下がった、元の状態になった。
「こんな風に、いいのを引けなかったらやり直してきた」
エミリーはさらに何回かやり直しを繰り返して、五回目でまた、運Aを引けた。
「こんなことが出来るの……」
「ああ、出来る」
俺はニホニウムを真っ直ぐ見つめた。
「下げる物も、使い方次第でむしろよろこばれる」
ニホニウムは、信じられないくらい目をカッと見開いた。




