325.レベルダウン券
現われた種を手にとった。
――HP最大値が1あがりました。
久しぶりの能力アップアナウンスが聞こえてきた。
それも数の分、きっちり十回分聞こえてきた。
体に少し力がみなぎる、という感覚も前のままだ。
違うのはドロップが一気に10個というところだけ。
それがどういう事なのか、
「もう一体倒してみるか」
ダンジョンの中を慎重に歩き回って、スケルトンを探した。
すると、ダンジョンの天井がポコッと割れて、スケルトンがそこから出てきた。
奇襲。
たまにあるモンスターの襲撃だ。
それに対処しようとするが――
「――くっ! 体がついていかない!」
能力がオールFに下がったことで、感覚に体がついていかなくて、迎撃が難しい。
幸い奇襲に早めに気づけた、ならしっかりガードしてそれから反撃しよう。
HPが10上がったんだ、一撃ならしっかりガードすれば大丈夫。
そう思って腕をクロスして、スケルトンの鋭い骨攻撃をガードした。
――HP最大値が1さがりました。
「――っ!」
息を飲む、思いっきりびっくりした。
パニックにならなかったのは、頭のどこかでこういうこともあるかも知れないと思っていたからだ。
ニホニウムは俺を苦しめると宣言していた、なら上げてから落とすというのもあるかも知れない。
そう思っていたから、慌てずにすんだ。
ガードしたままじりじり下がる。
速さも落ちたから普通の速度での下がり方。
そして人間は進むよりも下がる方が圧倒的に遅い。
スケルトンに追いつかれて、また一撃食らってしまった。
――HP最大値が1さがりました。
このままじゃダメだ、三歩進んで二歩下がるじゃ。
深呼吸して、集中力を高める。
更に追撃してくるスケルトンの攻撃を高めた集中力で見極めて、かわしつつのカウンター。
殴ったが、スケルトンは倒れなかった。
「くそっ!」
悪態をつきながらそのままスケルトンを抱きかかえて、首に全体重をかけてひねった。
ゴキッ、と大きな音が響きわたって、スケルトンをどうにか倒せた。
「ひいふうみい……今度は7個か。数は別に固定じゃないんだな」
多いけど。
HPの最大値をさらに7上げて、ダンジョンを進む。
モンスターを倒す度に種が多くドロップする、しかし攻撃を受けたらさがる。
俺は初心に返った。
収支が大きくなるように、ダメージを受けないように。
ダンジョンの中を探して回るんじゃなくて、隠れながら探して、奇襲でスケルトンを倒していく。
そうやって少しずつ、少しずつHPの最大値を上げていく。
「今度は6個――がはっ!」
ドロップした種を拾おうとして、頭を真横から思いっきり殴られた。
体ごと吹っ飛ぶ程の衝撃、目の前がチカチカする。
それでも必死に体勢を立て直した。
能力が下がったこの状況で意識を手放すことは死を意味する。
勢いに乗ってコロコロと転がって距離を取って、起き上がって身構える。
「あれは……違うぞ」
見えたのは、今までのとまったく違うモンスターだった。
骨だけのモンスター、スケルトンだった。それは同じ。
ボロボロながらもまとっている服は個体ごとに違う。それもまた同じ。
違うのはサイズ。
そのスケルトンは、普通のスケルトンの半分くらいのサイズしかなかった。
「ダンジョンマスターじゃない。レアか?」
頭を思いっきり殴られて逃走も考えたのだけど、レアかもしれないという考えが逃げる選択肢をなくした。
身構えながら、ミニサイズのスケルトンとの間合いを計る。
じりじり、じりじり……。
ある程度まで近づくと、ミニスケルトンが飛びかかってきた。
「いける!」
速度は通常のスケルトンの半分程度だった。
難なくかわすとミニスケルトンの攻撃が地面を割った。
エミリーっぽいスケルトンをそのまま捕まえて、体重を乗せて地面に叩きつける。
骨がばらばらに砕け散って、ミニスケルトンは倒れた。
そして。
「お、違うものがドロップしたぞ」
出てきたのははじめて見る大きめの種が二つ。
球根くらいの大きさだ。
これで何が上がるのかとわくわくしながら手にとった。
……。
…………。
………………。
シーン、とか。ひゅおおおん、とか。
そんな効果音が聞こえてくるくらい、何もなかった。
「能力アップの種じゃないのか。何かに使うのか?」
使うと言った瞬間、それまで何も起きなかった種の片方が、俺の手のひらの中でスゥと溶けた。
――レベルが1さがりました。
またアナウンスが聞こえる。レベルが下がっただって?
俺は眉をひそめながら、慎重に移動して、ナウボードを探す。
最初にあったナウボードまで戻ってきて、能力を確認。
―――1/2―――
レベル:1/1
HP D
MP F
力 F
体力 F
知性 F
精神 F
速さ F
器用 F
運 F
―――――――――
ここまでの稼ぎでHPが上がっていた。
一方でアナウンスのレベルは下がってなかった。
まあ、下がりようがないからなあ、1じゃ。
多分大丈夫だと思っていた、それでもちゃんと大丈夫だと分かったことでホッとした。
ホッとすると、全身が脱力した。
能力が下がった状態での戦闘は思った以上に消耗したようだ。
今日はこの辺で切り上げよう、そう思ってニホニウムを出た。
外はまだ日がたかかった。
定時退社所か、早帰りくらいの時間だ。
たまにはそれもいいだろう、と、仲間達が待つ屋敷にもどろう、としたその時。
「種……?」
俺の手の中に、残ったもう一つの種がある事に気づいた。
球根ほどのでっかい種、レベルが下がるもの。
それを持っていた、手のひらに溶けないで持ち出せた。
「……まさか」
☆
俺は急いで屋敷に帰った。
玄関から入ると、ミーケをだいたニホニウムが俺を出迎えた。
「苦しみましたか。あなたはレベルが下がらないからそうしたけど、その気になれば――」
「悪いニホニウム――いやちょっと来て」
「え?」
俺の剣幕におされてしまうニホニウム。
訳もわからずに俺についてきた。
彼女を引き連れて、燕の恩返し、出張所にやってきた。
「お帰りなさいリョータさん」
「早かったね、どうしたの?」
仲間達が転送してくるドロップ品を処理しているエルザとイーナの、燕の恩返しコンビ。
俺は彼女達に近づき、エルザに種を渡した。
「これは……?」
「触れる、というか渡せる」
「どういう事ですかリョータさん」
「これを買い取って欲しい」
「ドロップ品ですか?」
「こんなのはじめて見るね。どういう物?」
「使うとレベルが1下がる」
「「……え?」」
俺の言葉にキョトンとするエルザとイーナ。
「そんなもの、売れるわけが――」
半分あきれ、半分自嘲でつぶやくニホニウムだったが。
「ま、待ってください!」
「エルザ、私が本店にひとっ走りして聞いてくる」
「お願い」
慌てて動きはじめたエルザとイーナ、それを見てキョトンとするニホニウム。
しばらくして、イーナが戻ってきて。
「500万ピロで買い取るって」
その数字に、ニホニウムはますますきょとんとして、何が起きたのかも分からないまま呆けてしまった。




