321.ツンデレ
「大変、大変ですよリョータさん!」
昼近くになって、プルンブムの所から戻ってくると、エルザが転送部屋から出てきた俺に駆け寄ってきた。
大変とはいいながら切羽詰まった様子とかはまったくない。
むしろ嬉しそうだ。
「どうしたんだエルザ、そんなに慌てて」
「今協会長から連絡があって、すぐにリョータさんに来てほしいとのことです」
「俺に?」
しかもすぐにか。
何の用なんだろうか……いや。
「大変だって言うって事は、エルザは話は聞いてるのか」
「はい!」
フンス! って勢いで鼻息を荒くするエルザ。
何かを話して、触れ回りたい時の顔だ。
やっぱり切羽詰まった系の「大変」ってことじゃないみたいだ。
「テネシンの階層が増えたみたいです!」
「階層が?」
「はい! 今までの最上階の上にもう一つの階が出来たみたいなんです」
「へえ」
この世界に来てまだ一年半くらいの俺は、その事のすごさをまだ分かってなかった。
☆
「前代未聞と言っていい」
テネシンダンジョン最上階。
ニホニウムの力が掛かって、モンスターはいない。
そして新たらしく出来た階層だから、テネシン建設の大工とかも入って来てない。
だからなのか、子供の時、建設途中で放置されたビルに潜り込んだ時の様な、妙なわくわく気分になっている。
そんな完全に無人のフロアでセルと二人っきりでいたら、彼がものすごい、今までで一番の真顔で言い放った。
「前代未聞?」
「このような形でダンジョンの階層が増えることだ」
「ないのか?」
「もしあれば、セレンの時サトウ様の出番はなかっただろう」
セレンダンジョン。
全部で十階層あるそこは、半分が野菜をドロップして、半分が肉をドロップする。
それを巡って、二つの街の間でダンジョンの所有権の争いが行われて、俺が手伝いにかり出された事があった。
階層を増やせる方法があるのなら奇数階にして、それで多数決をすれば俺の出番はなかっただろう。
ちなみにあの時はなんとも思ってなかったが、半分肉で半分野菜は、あのセレンと実際に会った後だと「両刀」という言葉を連想してしまう。
単なる邪推でこじつけて、まあ余談だ。
「これもサトウ様のおかげだろう」
「俺は何もしてないぞ」
「一度精霊と話をしてみたい。それで実際の所どうなのかが分かる」
「アイツは素直じゃないけどな」
テネシンはツンデレだ、しかもかなりわかりやすい正統派なツンデレだ。
男のツンデレなんて誰が得するんだろうかって思ったが、この世界の冒険者達はそれでメチャクチャ得してる。
「本気と照れ隠しの見分けがつくつもりだ。相手に感情があって会話が出来ているのなら」
さらりと言ってのけるセル。
いつも俺の事をすごいすごいと言うが、セルの方がなにげにすごいと思う。
「ここが永続であればすぐにでも建設を始めさせよう」
セルがそういう、目は値踏みするかのようにダンジョンの中を見回しているが、言葉は俺に向けられている。
「分かった、確認してくる」
気まぐれでちょっとだけ増やした可能性もあるから、まずは、テネシン本人にその事を確認しなきゃと思った。
☆
「そんなの知らん」
話を聞くと、テネシンからお約束な返事が返ってきた。
ツンデレとの付き合い方の鉄則、いや基本。
一発目の言葉は基本照れ隠しで本心じゃない。
だから俺は更に聞いた。
「知らんと言われても、実際にフロアが一個増えてるんだし」
「知らんものは知らん。気づいたら増えてた」
「うーん」
「ふん」
いつもと違って、ツンの後にデレはなかった。
もしかして本当に知らないのか?
精霊とはいえ、完全にダンジョンと自分の力をコントロール出来る訳じゃない。
大半の事は出来るが、本人じゃどうしようもないこともある。
餓死寸前になったアルセニックとか、ドロップ出せなくて他まで道連れにしてしまうニホニウムとか。
テネシンのこれもそういうことなのかな。
「そうか、わかった。変な事を聞いて悪い」
本人が分からないって言ってる以上、増えた最上階のことはしばらく様子見してもらおう。
もったいないが、セルなら分かってくれるし、何もしないのを我慢出来るだろう。
まずはセルにそれを話そうと、転送ゲートで屋敷に戻ろうとした。
その時。
「おい、これを持ってけ」
テネシンに呼びとめられて、黒玉スイカを差し出された。
「どうしたんだこれ」
「余りもんだ」
「余り物か」
「ふん、こんなもん売るほど余ってる」
まさしくな。
テネシンの事だ、俺が遊びに来たお礼にスイカをお土産に持たせてくれた、そんな所だろう。
そこはいくらツンデレっても、彼の性格を大体分かってきたから間違いは無い。
そうあたりをつけた俺は、受け取って夕食後のデザードにでもしよう、と受け取ったその瞬間。
スイカを抱きかかえた指先に変な感触がした。
溝……? と思ってぐるっとスイカを反転させると。
ありがとう。
スイカの表面に、文字にしか見えない紋様が出ていた。
はっきりとありがとうの文字、それに驚いてテネシンを見る。
「……」
テネシンは「何故か」真横を向いていた。
「このスイカ……」
「柄だ」
いやまだ紋様の事までは言ってないけどそこはスルーしよう。
「柄?」
「てめえバカか、スイカなら柄があるだろ」
「いやあるけど、こんな文字になる様な柄って」
「たまにある」
「たまにあるって」
「たまにあるつってんだろ。十万百万とドロップしていきゃ一つくらいそうなるだろうが」
テネシンに逆ギレされた。
そんなネコがキーボードでシェイクスピアを書けるような事を言い張られてもな。
テネシンらしかった。
まったくもってテネシンらしかった。
「それとな」
「うん?」
「増えた階に人間ども入れるなよ、ウザイから」
「入れちゃダメか?」
「ああ、絶対に入れるなよ。絶対だからな」
「……わかった」
何チョウクラブ方式なんだかって思ったけど、これもテネシンらしいから深く突っ込まなかった。
結局は使えると答えてくれたテネシン、セルへの報告を修正しないとな。
「そうする。ああ、そうそう」
俺は思い出したように言った。
ネプチューンから聞かされたダンジョン入場者数、その上位に入ってるダンジョンのメンツから思いついた事。
多分、テネシンにしてやる最後のアドバイス。
「もしも、人が増えすぎてウザくなったら」
「いつだってウゼエよ」
脊髄反射のツンデレは微笑みでスルーした。
「人数でドロップを調整するといい」
「人数でドロップ?」
「ドロップが増えればダンジョンに来たがる人間は増えるし、減れば人間も減る。冒険者ってのはそういうもんだ。あるところは常時月殖――って精霊に通じる言葉だっけ? ドロップが常に倍になったら人が増えた」
「……ふん、人間どもが調子にのったら減らしてやる」
「そうするといい」
多分減らないだろう。むしろ場合によっては増えるだろう。
ドロップが増えて、それによって不法入村者も増えるだろう。
その辺は完全に取り締まれるもんでもないし、テネシンが喜ぶだろうから、ある程度までは目をつぶるとセルが言っていた。
これで、テネシンにしてやれる事はほとんど終わった。
そう思って、ゲートから屋敷に戻ろうとした俺に。
「おい」
テネシンが呼びとめてきた。
立ち止まり、振り向く。
テネシンは俺を見つめる、しかし何もいってこない。
何か言いたげだが、言ってこない。
何かまだ心配ごととか抱えてることがあるのか? だったら――。
「あ、ありがとう」
「…………え?」
テネシンと馴染んできて、スイカでお礼をもらったと思った俺は。
最高のお礼で、意表を突かれて面食らったのだった。