312.グルメ接待
「うーん」
「ヨーダさんどうしたですか」
日がおちた後。
屋敷のサロンでうんうん唸っていると、エミリーが心配げに話しかけてきた。
「エミリー。いやな、テネシンの事を考えてたんだよ」
「テネシン……さん、なのです?」
ダンジョンの事なのか精霊のことなのか。
エミリーは後者だと判断して、聞いてきた。
「うん、精霊の方。今までの事で考えて、人恋しいんだと判断したんだ。それでダンジョンから出ないかって誘ったんだけど、本気で断られた」
「本気、なのです?」
「ああ本気で。ダンジョンから出るつもりはないみたいだ。それで『仲間を連れて来ても良いか?』って言ったら、今度は強がりの方で『来るな!』って言われた」
「人には来てほしいとおもってるのです?」
「そうみたいだ」
ダンジョンから出るつもりはない。
でも人恋しくて、ダンジョンに多くの人間に来てほしい。
「すごく普通なのです」
「……あれ? 言われて見るとそうだ」
「なのです!」
俺はエミリーと笑い合った。
テネシンと直にあった事と、彼の性格を実際に目の当たりにしたせいで複雑に考えてしまったが、よく考えればダンジョンの精霊としては思いっきり普通だった。
「だとしても悩みは変わらないが」
「何を悩んでたです?」
「どうやったらもっと人をテネシンに集められる様にって考えてたんだ。多い方がいいだろ?」
「はいです……あっ、税金を少なくするのはどうなのです?」
「それはもうやろうとして。セルが例によって税金の一部を俺の取り分にって言ってきたから、取り分ゼロでいいから、その分税金を下げてくれっていった」
「さすがヨーダさんなのです」
エミリーにほめられた。
何故か知らないけどエミリーにほめられると普通よりちょっと嬉しい。
「そのほかにも何かないかなって思ってさ」
「それは……難しいのです」
「うん、難しいな」
「他のダンジョンとか街とかに広告出すです?」
「広告?」
「はいです」
「広告か……」
それが無難なのかなあ。
口コミで広がるのを待つよりも、多分広告とか出した方がいいのは間違いない。
やるとしたらエミリーの言うとおりダンジョンだな。
冒険者がより集まる、各地の買い取り屋とかダンジョン協会とかは無理そうだ。
どっちも冒険者の人数が収入に直結するから、新しいダンジョンの宣伝とかやってくれないだろう。
「発言力の強い人に宣伝してもらうと広まるです」
「発言力の強い?」
「はいです! 私のお母さんが昔、『ここお酒美味しいよ』ってしたら、たくさんの人が集まってきたです」
「なるほど……その道のプロの発言力、お墨付きをもらうって事か」
……。
「あっ」
「はいです?」
小首を傾げるエミリー。
俺は一人、適任を思い出した。
☆
テネシン一階。
工事現場から離れたところで、スライム一体を犠牲に、スライムもどきを倒して、マツタケを出した。
そのマツタケを、同行したエミリーがその場で調理しだした。
手早く調理して、起こした火の上に網を置いてそこで焼き、軽く塩を振っただけ。
シンプルな手順だが、全てがベストのタイミングだった。
そうして、かぐわしい香りが塔の中に満ちていく。
「お待たせなのです」
エミリーは焼き上がったマツタケを皿に乗せて、同行したもう一人の男に差し出した。
恰幅のいい紳士風の男。
エリックだ。
俺の知りあいの中でもっともグルメとして知られてて、その道ではかなりの有名人である。
そのエリックをテネシンに招いて、ドロップしたばかりのマツタケをエミリーに調理してもらい、振る舞ったわけである。
エリックはしばしマツタケを見つめ、その香りを嗅いで。
おそるおそる、って感じで口にした。
「――っ!」
突然、カッ、と目を見開かせるエリック。
その目は陶然としてて、表情はいかにも感動している。
一瞬、エリックが全裸に見えてしまうような、感動的なリアクションだ。
「これは! すばらしい、すばらしいですぞ。これほどのマツタケ、未だかつて口にしたことはありませんぞ」
「そうなのか?」
「ええ、シクロもマツタケを産出しますが、これに比べれば天と地、月とすっぽん。まるで比べ物になりませんな」
「そうか、ちゃんと美味しいか」
「ううむ、テネシンダンジョン……これほどのものとは……」
マツタケとダンジョンを交互に見比べるエリック。
「上の階もすごいぞ」
「なんと! 是非! 是非ご案内を!」
「ああ。エミリーも宜しくな」
「はいです!」
俺たちはエリックを連れて上の階に上った。
ミーケに追加でスライムを連れてきてもらって、それを使って高級食材を次々とドロップさせ、調理してエリックに振る舞った。
テネシン料理に大満足したエリックは、こっちから頼む前に。
「これほどの素晴しいダンジョン、満天下に知らしめなければなりませんな!」
と、宣伝に意欲をみせたのだった。