306.戦わずして勝つ
「お疲れ様。ありがとう、エミリー、セレスト」
激戦で消耗した二人に回復弾で回復しつつ、お礼を言った。
「どういたしましてなのです」
「これでよかったのかしら?」
地べたに座ったまま俺を見あげるセレスト。
彼女に手を差し伸べて立たせる。
「ああ、充分だ。二人であんな戦い方をしなきゃいけないくらいの難易度なら、周回以前にここを通ることも大半の人間には出来ないだろう」
「力押しではそうね」
「どういう事なのです?」
同じように手を差し伸べて立たせたエミリーが、不思議そうな表情でセレストに聞き返す。
「アリス」
「なるほど、ダンジョン産まれならエンカウントしないで抜けられるか」
セレストは小さく頷いた。
ダンジョン産まれ。
その名の通りダンジョンで産まれた人間の事をさす。
アリスや、レベッカ・ネオンなどがそれにあたる。
その特徴として、ダンジョンの「気配」(人によっては表現が変わる)を感じ取れる。
最初にはいったダンジョンでも構造が分かったり、モンスターの居場所や新たに生まれてくるモンスターのタイミングやポイントが分かったり、ドロップする最高のタイミングがわかったり。
上手く使いこなせば、ダンジョンのモンスターを完璧に避ける事ができる能力。
それがダンジョン生まれだ。
「そっちは対策しなくていいの?」
「そうだな。した方がいいんだけど、正直無しでもいいと思う」
「どうしてなのです?」
「少数精鋭が抜けて上に行って何かする、というのならダンジョン生まれを道案内に頼めばいい。だけど今回はここにバリケード作って、今後周回する事の難易度を上げてみせるのが目的だ。日常的に大量の冒険者をダンジョン生まれだけで案内するのは実質不可能だ」
「なるほど、それもそうね」
セレストは納得した。
とはいえ、念の為に考えておこう。
後でアリスに一緒に来てもらって、ダンジョン産まれの観点からの意見を聞こう。
何が何でもって必要はないが、あればよりいい、って話だから、やっとくに越したことはないかも知れない。
「さて、いったん帰るか」
「はいです」
「ああ、二人は俺の後ろに。途中で俺もどきが出たら倒すから」
「いいの? 倒しちゃって」
「☆は12個だから」
俺はそう言って、袖をめくって見せた。
「多少減っても大丈夫……いや、減ったら後でリセットに来よう」
つい慢心してしまった自分を諫める。
何かあるときはこういう慢心の所からほころびが生まれるもんだ。
俺が出来る最善、常に☆12に維持するようにしよう。
そう決めて、二人を連れて、転送部屋からやってきたゲートのある方向へ向かっていく。
「帰ったらこれを料理するです」
「それはマツタケ……さっきのヤツのか?」
「はいです、拾っておいたです」
「いいわね。エミリーと高級食材。もうわくわくしかないわ」
「俺もだ」
「土瓶蒸し、炊き込みご飯、姿焼き」
「……」
「よだれが出てるわよリョータさん」
「残念なお知らせがあるんだが」
「なにかしら?」
「気づいてないみたいだけど、セレストもよだれ垂らしてるぞ」
「――っ!?」
慌てて自分の口元を拭くセレスト、俺はゆっくりと拭いた。
セレストが言った「エミリー+高級食材」、それでよだれが出るのは何もおかしくないしむしろ当たり前だから、まったく気にしなかった。
マツタケの話に花を咲かせつつ、一行三人ゲートに向かって行くと。
「ここがテネシンか。で、どうするんだっけ」
「とりあえず最上階にいって旗を立てるぞ」
「なんでだ?」
「雇い主サマが本気だって事を示すためだ」
ゲートに辿り着く前に、離れた場所から話し声が聞こえてきた。
男の二人組みたいだ。
セレストとエミリーに目配せをして、二人は頷いて俺についてきた。
三人で静かに声がする方に向かって行く。
丁度いいタイミングで冒険者が来た。
会話の内容からするに、相手側が雇った冒険者だろう。
ならば俺もどきとどう戦うのか、抜けていけるのかを見たい。
エミリーとセレストと一緒に近づいていって、塔の柱の陰から冒険者の二人の姿をこっそりのぞく。
青年が二人、丁度俺もどきとエンカウントしたところだ。
「これは……リョータ・サトウ!?」
「違う、モンスターの方だ。リョータ・サトウの姿をしたモンスターだ」
「もう全部元に戻したんじゃなかったのか。くっ! 倒せるのか?」
「俺は抜けるぞ!」
二人の内、一人が即座に身を翻して逃げ出した。
「おい! 何をする」
「お前もとっとと逃げろ! リョータ・サトウが絡んでて向こうにいるんだぞ! 世間的にこっちが悪者にされる」
「――っ!」
あっという間にもう一人も逃げ出して、二人はテネシンからいなくなった。
「……」
予想外の展開、俺は苦笑いする。
しかし、一緒にいる二人の仲間は。
「さすがヨーダさんなのです」
「今まで積み上げてきた威光、それに信用ね」
それぞれの言葉で、感心した目でおれを見ていた。