304.ダンジョンを人質にする
俺はネプチューンと二人で庭に出た。
こっちの仲間達も、ネプチューンの仲間の二人も、屋敷の中に置いてきた。
原因は二つ。一つはこの先の話は少し重くなるから。
「それで、お前の雇い主は……具体的にどうしようとしてる?」
「実験に親子スライムを使ったのを覚えてる?」
「ああ、やっかいだったから一回しかやらなかったけど。それがどうした」
「子を全部無くした状態でも、テネシンの中で生きてて、偽物達は子がある状態ではしゃいでた」
俺は小さく頷いた。
親子スライムは特殊な倒し方をするモンスターだ。
親子とはいいながらも、もっと言えば個体として「分かれて」いるように見えながらも、それは一体のスライムだ。
親子の「子」は、実質手足みたいなポジションだ。
それがテネシンで実際にどうなるのかを実験して、結果ネプチューンの言うとおりだった。
俺一人でやってた実験だが、報告はネプチューンがするから、それを彼に教えていたのだ。
「それを伝えたら、じゃあ人間も同じ事できるな、っていわれてね」
「吐き気がする」
「ぼくも」
いつもの様にニコニコ笑うネプチューン。
目はしかし笑ってなかった。
「さすがにそれはねえ、まだ薬で眠り姫にする、って言われた方が納得出来た」
「それもどうかと思う」
「同感。だから君にこの話を持ちかけた。君なら乗ってきてくれると思ってね」
ネプチューンの言うとおりだ。
その事を俺が見過ごせる訳がない。
一切合切奪われて、ダンジョンのためだけに生かされて、搾取されて。
そんなのを、見過ごせる訳がない。
「ダンジョンが稼働する前なのが不幸中の幸いだね」
俺は頷いた。
一通り状況説明をし終えたネプチューン、今度はそっちの番だ、とばかりに見つめて来た。
「さて。テネシン――ダンジョンの中に街を作るって、具体的には?」
「ああ、多分もうそろそろ――」
「サトウ様のためなら風になろう」
初めて聞く、しかしもう驚きもしない台詞とともに、セルが現われた。
二つ目の理由。ここで話したらセルが聞きつけてくるからだ。
「セル・ステム? 何故?」
「ここで話してたら地獄耳がやってくると思ってさ」
「なるほど」
それだけで納得したネプチューン。いいのかそれで。
……屋敷の中で話してもセルが神出鬼没しただろうってのは言わないでおこう。
言うとそれをはっきりと想像しちゃって、こっちまでぞっとしちゃうから。
「話は聞かせてもらった」
「聞いてたのかい?」
「サトウ様にまつわる全ては聞かせてもらっている」
「全部?」
俺が眉をひそめて聞き返す。
「うむ! 話の内容によって筋肉の動き、服装の皺、果てはオーラそのものが変わる。サトウ様の銅像を造る上でそれは押さえねばならん」
「……」
ネプチューンが「大変だね」って目で俺を見た。
セルが話すそれは初耳なのがいくつかあったが、全部が「こいつならやりそう」な事だったから今更驚きはしなかった。
ちょっとだけげんなりはしたが。
俺は咳払い一つ、気を取り直してセルに聞いた。
「聞いてたのなら話が早い、俺の構想は『その人』が村長、フロアごとに一つ村があるくらいのイメージだけど、可能か」
「無論だ」
「即答なんだ」
わずかに驚くネプチューン。
「シクロのダンジョンでもう似たような事をやってくれてるからな」
「ああ、休憩所」
ハッとするネプチューン。
自分は使わないから、発想の埒外だったんだろう。
そう、セルがやってきてから、シクロのダンジョンはニホニウムをのぞいて全部休憩所が出来た。
ダンジョンの中に宿屋があるようなもので、冒険者はやばくなってもそこに逃げ込んで体を休めて、HPとMPを回復することが出来る。
その休憩所をモンスターから守り抜いて、運営している実績がある。
何をどうやっているのかは具体的には知らないが、それを使えばいけると思って、セルに話を持ちかけた。
「本当にか?」
「造作も無いことだ」
「ネプチューンの雇い主との交渉は?」
これもまた、セルに話を持ちかけた理由の一つ。
ネプチューンは「一緒に金を出し合って買い取る」と言ったが、ダンジョンを買うなんてそんな簡単な事じゃない。
将来的にできるかも知れないが、今はまだそこまでの資金はない。
しかしセルは違う。
「造作もないこと」
案の定、セルはあっさりと答えた。
「だったら、頼めるか」
「ひとつサトウ様にご助力を頂きたい。円滑に交渉を進めるために」
「言ってくれ、俺に出来る事ならなんでもする」
「サトウ様にしかできない事だ。この世でサトウ様だけにな」
セルはニヤリ、と悪そうな笑顔を浮かべた。
「テネシンのもどきモンスターを、交渉が終わるまでサトウ様にしていただきたい」
セルが言うと、俺とネプチューンがほぼ同時にはっとして。
「人質か」
「ダンジョンを人質にとるなんて、確かに君にしかできないことだ」
「だったら一階にしよう、まともに入れもしない方がいいだろう」
「ありがたい」
セルはそう言い、俺とネプチューンを含めて、三人でにやりと笑い合ったのだった。