表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
303/611

303.ダンジョン都市テネシン

 夜、屋敷のサロン。

 大仕事を終えた俺は久しぶりに、仲間達とのんびり過ごしていた。


 エミリー空間。

 夜なのにもかかわらず温かくて明るい空間は、そこにいるだけで疲れがいやされていく。


「お、お疲れ様ですリョータさん」

「エルザか」

「はいこれどうぞ」

「イーナも」


 燕の恩返し出張組の、親友の二人がやってきた。

 イーナにグラスを手渡しで受け取ると、エルザがすかさずビールをついできた。


「とと、悪いな」

「ううん。あっ、このビールリョータさんに前教えてもらった通り冷やしてみたんですけどどうですか」

「おお?」


 言われてみれば確かに注がれたビールはキンキンに冷えていた。

 実の所、こっちの世界でビールを飲むときあまり冷やして飲む習慣はない。

 店であれば注文して冷やしてもらうことも出来るが、普通はそのまま飲む。


 ビールそのものは美味しいし、ヨーロッパスタイルだと思って半ば諦めてたんだが。


「冷やしてくれたんだ」

「はい!」

「この子、これだけのために魔法の実を買って氷の魔法を覚えた――」

「わー!! わーわーわー!」


 エルザは大声を上げて、イーナの言葉を遮った。

 エルザは顔が真っ赤っかで、イーナはいたずらっぽい小悪魔な顔をしている。


「魔法の実? これのために?」

「うん、氷の魔法が確実に当るっていう触れ込みのね。そういうのあり得ないのにね」

「そんなこと……」

「そんな事ないよー」


 エルザが唇を尖らせて、すねた様な顔で否定しようとしたら、横からアウルムが会話に割り込んできた。


 アウルムはニホニウムとミーケに両方抱きついた状態でくっついている。最近このトリオでいる光景をよく見かけるが、ミーケはアウルムといる時は遠慮がちというかアウルムを立てて、ニホニウムはまだ少し塞ぎ込んでるから、会話するのはもっぱらアウルムだ。


 そんなアウルムに、首を傾げて聞き返すイーナ。


「そうなの?」

「うん、リョータは分かるよね」


 アウルムはそう言って、抱きついてるニホニウムを俺の前に押し出してきた。

 とうのニホニウムは困った表情で口を閉ざしたままだが……確かに。


「なるほどね」

「そうなのリョータさん?」

「ああ、ニホニウムのおかげでピンポイントに魔法を決め打ちした事がある」

「へえ、じゃああれってまんざらうそでもなかったんだ」

「うそだよ」

「ふえええ!?」


 アウルムはフォローに入ったかと思えば即ハシゴを外した。

 イーナは素っ頓狂な声を張り上げた。


「うそって、今あり得るっていったばかりだよね」

「あり得るけど、それ出来るのあたし達だけ」

「あー、そういうことか。精霊じゃないただの人間は無理だって事ね」

「そゆこと」


 アウルムが頷くと、エルザも納得するしかなかった。

 この世界で精霊の言うことは「絶対」に近い。

 神のような強制力があるわけじゃないが、その分説得力がある。


「だってさ。これに懲りてもうヤバゲなものに手を出すのやめなね」

「ヤバゲなものなんて別に……」

「窓際に置いてる恋愛成就のおまじない――」

「わー! わーわーわーわー」


 本日二回目、大声をはり上げて言葉を遮るエルザ。

 彼女は涙目で親友のイーナに迫った。


「イーナ!」

「あはははは、ごめんごめん」

「もう……」


 ぶすっと頬を膨らませて、そっぽ向いてしまうエルザ。

 仕事中は有能でしっかり者だが、時間外だとこんな可愛らしい一面もある。

 派遣してきて、屋敷に住むようになってからそれをよく見るようになって、ちょっと嬉しい。


 思わず目尻が下がったから、鼻の下まで伸びないように気をつけた。


「低レベル」

「どうしたイヴ」


 今度はイヴが話しかけてきた。

 自前のうさ耳に、ウサギの着ぐるみ。


 彼女の服装は二パターンある。

 ダンジョンに行くときの戦闘服、バニースーツ。

 そして部屋着となるこのウサギのぬいぐるみだ。


 自前とフードの二重うさ耳がちょっと面白くて、結構可愛い。


 ぴた。


 そんなイヴが何の前触れもなく手刀を頭に叩き込んできた。


「どうしたいきなり」

「ニンジンロス」

「ああ」

「低レベルニンジンの再開、いつ?」

「悪かったな、一息ついたから明日また取ってきてやるよ」

「本当?」

「本当だ。それにしても本当にニンジン好きなんだな」

「低レベルと一緒にダンジョンに住みたい」


 他の女性陣が言ってたらちょっとどきっとする台詞なのだが、イヴに限ってそこに色気は微塵もない。


「ナイフ持って無人島に行くみたいな言い方だな」

「……全自動ナイフ?」

「都合がいい! というかナイフのくだりは否定してくれ」


 苦笑いしつつ、エルザが注いでくれたビールを飲む。


「イヴちゃん、キャロットジュース飲むですか?」

「のむ! 例え天と地がひっくり返って月と星が太陽に呑み込まれてつきてダンジョンが全て死に絶えてもウサギは絶対に飲む」

「あたしらを殺すなー」


 ダンジョンの精霊、ダンジョンそのものとも言えるアウルムが笑いながら抗議した。


「どうぞなのです」


 エミリーは穏やかに微笑んだまま、イヴに絞りたてであろうキャロットジュースを渡した。

 イヴがニンジンを前にして饒舌になるのも、最初の頃は聞く度に突っ込んでたが、今はもう慣れきってツッコミもなくなった。


 少し離れた所でセレストがノートかなんかとにらめっこしているように見えたので、彼女に近づき、肩越しに聞いた。


「なんだそれ」

「ひゃあ! な、なんだリョータさんだったのね。驚かせないで」

「悪かった。それよりも何だそれは」

「ノートにまとめてたのよ、リョータさんから聞いたテネシンの情報を」

「ああ、そういえば聞いてきてたっけ」

「ええ、いずれちゃんとまとめたものがあった方がいいと思ったの。私がいるときは聞かれれば答えられるけど」


 魔法使いのセレスト。

 高レベルの範囲魔法で瞬間殲滅力がファミリートップの彼女だが、それだけではなくダンジョンの知識も高い。

 シクロのダンジョンは全て、そのほかも俺が行った事があるダンジョンは全部頭に入ってるという。


 そのセレストが、ダンジョンの知識をまとめている。

 まるで受験ノート、それも学年主席級のすごくわかりやすいノートだ。


「へえ、すごいね。まとめ方がすごく上手い。あっ、テネシンだけじゃないんだね」

「調べれば分かる情報は一通り網羅してるわ」

「そっか、すごいねえ。さすが彼の仲間だ」

「……お前はいつからいた」


 あきれ顔になった俺。

 自然と会話に参加してきたのはネプチューンだった。

 よく見れば彼だけじゃない、H2O仲間のリルとランもいる。


 少女の二人は少し離れた所で、エミリーに出してもらったキャロットジュースを飲んでいる。


「あはは、ここっていい所だね。綺麗だしいるだけで落ち着くし。あっ、ありがとうグレート・マム」

「どういたしましてなのです」


 ネプチューン自身もエミリーから飲み物をもらって、お礼を言った。


「なんだ? そのグレート・マムって」

「彼女の二つ名だよ、しらないの? リョータ・ファミリーの裏ボス、グレート・マムのエミリーちゃんは超有名人だよ」

「有名人なのはしってるが……」


 エミリーに目を向けた、彼女は恥ずかしそうに苦笑いした。

 本人は知ってたみたいだ。


「その二つ名は初めて聞いたな」

「でもぴったりでしょ」

「そうだな」


 俺ははっきりと頷いた。

 この屋敷、いやエミリーが手入れして維持してる空間はいつも温かくて、明るくて、冗談抜きで神殿の様なやすらかな波動を放つ。

 彼女がその名前で呼ばれるのは納得しかない。


 むしろゴッド・マムでもいいくらいだ。


「素敵な所だし、すごいところだよねここ」

「すごい?」

「キミを筆頭に冒険者のみんながすごいのはもちろん、精霊が二人もいるのはちょっと信じられないよ」

「ちがうよー」


 離れた所で、仲間のモンスター達と遊んでいたアリスがやってきた。


「ちがうって?」

「メラメラも」

「うん?」


 アリスが手に乗せて差し出したメラメラを見て、小首を傾げるネプチューン。


「メラメラもなんだよ」

「……ふむ?」

「そいつフォスフォラスなんだよ」

「……ああ」


 ネプチューンはポン、と手を打った。


「アリス・フォスフォラスの事は知ってたけど、精霊がそんな見た目になってるのは知らなかった」

「生まれた時からずっといたかってくらい仲がいいぜ」

「みたいだね」

「リョータのおかげだよ。ねーメラメラ」


 メラメラは炎の輝きをました、肯定の意味がはっきり読み取れる。


「いやはやますますすごい」


 そう話すネプチューン、表情がなにか含み(、、)があった。

 その表情に見覚えがあったので、聞いてみた。


「どうした、また何かあったか」

「あはは、キミの目は誤魔化せないね。いやたいした事はないんだけどね。ちょっと提案したいことがあってさ」

「提案?」

「うん、色々とさ、複合的に考えて、キミにしかできない提案。実現も含めてね」

「その持ち上げ方が怖いな」

「大丈夫、今回は危険は無いよ。それは約束する」

「それがますます怖いんだが……なんだ?」

「テネシンを買わないかい? 僕と二人で」


 瞬間、サロンの中が静まりかえった。

 俺の仲間もネプチューンの仲間も、揃って口を閉ざして、俺たちを見つめた。


 ちなみに一人だけ興味なさそうなのがいた。イヴだ。


「何があった」

「僕の依頼主が報告聞いたあと、人柱を立てるやり方をえらんだよ」

「……まじかよ」


 人柱。


 その言葉で、すぐに何がどうなるのか理解した。

 テネシンの謎を解いたのは俺だからだ。


 いや、俺たちだからだ。

 ブラック企業の社畜、その上位互換が今回の「人柱」だ。


「で、それはさすがにねーって事で。止めるにはこりゃテネシンそのものを買っちゃうしかないなって思ってさ」

「なるほど」


 俺は少し考えた。

 仲間達が見守るなか、考えた。


 ふと、イヴの姿が目に入った。

 さっきの彼女との会話を思い出す。


 その会話が、一つの可能性を思いつかせてくれた。

 その可能性を現実的な所に落とし込んで、少し考える。


「どうかな」

「それよりも」

「うん?」

「街、作ろうぜ」

「街?」

「ああ、テネシンの中に街を」


 よほど予想外の答えだったのだろうか。

 ネプチューンは唖然とした。


 しばらくしてから、いつもの彼の笑顔に戻り。


「キミはやっぱりすごい人だよ」


 と、言ってきたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] >「この子、これだけのために魔法の実を買って氷の魔法を覚えた――」 エルザはウン百万ピロもする魔法の実を買ったんか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ