301.地下室の奇跡
テネシン一階、最後に俺が影から攻撃を受けて、「☆」をリセットする。
俺もどきになった一階の影を、リペティションで倒して、マツタケをドロップさせた。
俺、ネプチューン、リルとラン。
交互に新しい影に攻撃を食らって、腕の☆をリセットした
これで三人は☆12個、俺はいま一つ減らしたから11個になった。
「本当に助かったよ」
ネプチューンが笑顔で言った。
彼の後ろにいるリルとランはいつもの調子に戻って、ネプチューンの事だけを見つめている。
ネプチューンの事しか目に入らない、そんないつもの二人だ。
「キミがいなかったらどうなってた事か。一回でも☆が完全に消えるともう抜け出せなくなってたねえ」
「そうだな」
俺は微苦笑しつつ、小さく頷いた。
☆が完全に消えてフロアに閉じ込められたテスト用のスライムに、別のフロアから持ってきた影のハグレモノをけしかけてみたが、☆はリセットされなかった。
そもそも、影はその階でしか能力を発揮しない。
ハグレモノで別の階に連れて行っても、もどきは生まれなかったのだ。
「だから、本当に助かった。ねっ、リル、ラン」
ネプチューンは二人の少女に話を振った。
彼がそう言っても、俺には感謝なんてしないのがこの二人――だと思っていたが。
「ありがとうね、リョータさん」
「心から礼を言うわ」
「…………」
ポカーン、となった。
今の顔を写真に撮って「唖然」ってタイトルをつければコンクールとかで入賞出来そうな。
それくらいポカーンとなってしまった。
「なによ、そんなに驚くこと?」
普段から俺にツン要素の多いリルが、ちょっとだけツンに戻った。
それが妙にホッとした。
「ああいや、素直にお礼を言われるとは思ってなかったもんで」
「本当に感謝してるんだよ」
「ええ、あなたがいなければ、私達は永遠に彼と引き裂かれてしまってたわ」
「うん! だから……本当にありがとう」
ああ、なるほど。
俺は納得して、またまたホッとした。
普段からネプチューンしか見てなくて俺の事をどうでもいい二人。
心からの感謝も、ネプチューンとの未来を救ったことに対するものだというのなら、このうえなく腑に落ちるものだった。
ブレない二人を、俺は初めて好ましく思った。
「さて、僕たちはこれで失礼するよ」
「帰るのか」
「うん。前の経験からして、自然に減り始めるまでだいぶ猶予があるからね。久しぶりに二人と心からホッとする一日を過ごしてくるよ」
「そうか」
「また何か分かったら呼んで。もちろん手伝いが必要な時も――ボス」
冗談っぽくだが、「ボス」と強調して言うネプチューンに、女の二人はまたしても不快感を滲ませた。
とりわけリルが人を殺せそうな視線を投げつけてくる。
「ボスはやめてくれ」
「あはは、またね」
笑いながら去っていくネプチューンと、二人の少女を見送った。
ランは一度立ち止まって俺に手を振って、リルは肩越しに目礼だけむけてきた。
まだまだ懸案が残ってるが、二人の態度の雪解けに俺は満足感を覚えた。
完全に解決していないが、とりあえずは猶予が出来た。
俺も今日はひとまず帰ってのんびりする事にした。
通ってきた転送ゲートを使い、屋敷に戻る。
「きゃっ!」
転送部屋から出た瞬間、アリスとぶつかってしまった。
彼女は尻餅をついて、肩に乗っかっている仲間モンスターも床に投げ出される。
「いててて……みんな大丈夫?」
SDサイズのモンスター達は可愛らしいボディランゲージで大丈夫だと告げ、一体また一体とアリスの肩に飛び乗っていく。
全員が肩に乗ったのを確認してから、アリスは立ち上がる。
「ごめんねリョータ」
「いやこっちこそ。どこか痛めなかったか?」
「大丈夫だよ、みんなもそうだよね――って、ホネホネそれ面白い!」
仲間モンスターの内の一体、スケルトンのホネホネの目――骨だからぽっかりと空いた穴の目に、マツタケが刺さっていた。
「ごめんそれ俺のだ」
最後にドロップして持ち帰ってきたヤツだ。
スポン! と、アリスがホネホネからマツタケを引き抜くと空気の音がなった。
「あははは、スポン! だって、スポンだって!」
ゲラゲラと笑うアリス、仲間モンスター達も小さい体をボディランゲージで笑いを表現した。
仲間モンスターの中にはマスタードラゴンのガウガウや、フォスフォラス精霊のメラメラもいる。
ダンジョンマスター級のモンスターと、ダンジョン精霊そのもの。
その二体まで、アリスと同じゲラゲラ笑いをした。
漫画だと頭の上に笑み線が飛びかうくらいの愉快な笑い方だ。
「その二体ってそういう性格だっけ」
「うん? ガウガウとメラメラのこと?」
「ああ」
「そだよー」
あっけらかんと返事をするアリス。
いやちがうだろ……と俺はツッコミかけた。
ガウガウはもちろん、フォスフォラスは間違いなくちがう。
子は親に似てくる――みたいな話だと何となく思った。
「はい、これ」
「ありがとう」
アリスが差し出したマツタケを受け取った。
「ドロップ品? エルザの所に転送しないのは珍しいね。それ食べるの?」
「いやそういうわけじゃないんだが」
「ふむふむ、じゃあハグレモノにするんだ」
「え?」
「だって、食べるとか換金じゃないものは、大抵ハグレモノにして別アイテムにするんでしょ? リョータは」
「なるほど……ハグレモノか」
☆の恐怖、いや焦りか。
そういうのがついさっきまで存在していたから、テネシンの産物のハグレモノ化でドロップ変換はまだしてない。
ハグレモノで影がもどきを作れるかどうかのテストの時も、ならなかったからネプチューンがそのまま倒したんだ。
俺はまだ、テネシンのハグレモノを倒していない。
「せっかくだしやってみるか」
「あたし見学するー」
アリスは挙手するように手をあげて、俺についてきた。
二人で一緒に屋敷の地下室にやってきた。
端っこにマツタケを置いて、距離を取る。
しばらくして俺もどきが孵った。
「おおっリョー様! じゃなくてリョータ?」
一瞬、プロンブムのリョー様だと思ったアリスは小首を傾げた。
少女漫画風イケメンのリョー様と違って、オールマイト召喚のりょーちんとも違って。
こっちは、完全に見た目が俺だ。
それをリペティションで瞬殺した。
地下室では屋敷を壊さないために常にリペティションで瞬殺だ。
今回はなおさらそうした。
ハグレモノではならないと結論つけたが、万が一そうじゃなくて、アリスに攻撃がいったらややこしいことになる。
だから、普段よりも更に食い気味でリペティションを使った。
俺もどきは一瞬で倒されていなくなったが。
「あれ? 何もドロップしないね」
「しないな……」
「おかしいね、今までこんなことあったっけ」
「記憶にある限り、ないな」
「うーん、それっておかしいね」
「……」
どういう事なんだろうか、と首をひねる。
ドロップしなかった事なんて、今までなかった。
ハグレモノを倒しても何かしらドロップするのが、俺のユニークスキル「ドロップS」なのだ。
それがドロップしなかったというのは、ちょっとおかしい。
どういう事なんだろうか、もう一回マツタケを持ってきて試すか。
と、そんな事を思っていると。
「え? どうしたのメラメラ」
アリスが肩に乗っている、フォスフォラスのメラメラに聞き返した。
火の玉、人魂のような見た目のメラメラは、その炎を明滅させた。
それがメラメラの喋り方なのか……と改めてアリスとメラメラの絆を感じていると。
「うそ!? あっ、本当だ」
「どうしたアリス」
「リョータ、腕見て腕」
「腕?」
言われたとおり腕をみて――驚いた。
「消えてる……」
さっきまで、12個の☆があった腕は、何事もなかったかのように、綺麗さっぱりなくなっていた。