299.星の果て
テネシン、五階。
はじめてきた階層で、俺は何もせずじっと待っていた。
仲間がやってくるのを。
しばらくして転送ゲートが開き、光の渦の中からミニ賢者のユニークモンスター、ミーケが戻ってきた。
ミーケは自分の体とほぼ同じ大きさのスライムを抱っこ――いやむしろ運搬って感じで運んできた。
スライムはもがくが、ミーケから逃れられない。
「お待たせです、テルルから捕まえてきました」
「ありがとう」
そう言ってスライムをミーケから受け取りつつ、間髪いれずに拘束弾を撃ち込む。
テルルから捕まえてきたという言葉通り、ミーケは世界で唯一、自分や自分が触れているモンスターをダンジョンの階層を越えさせる事ができる存在だ。
ユニークモンスター。
モンスターから個体独自の進化をとげ、自分だけの能力を身につけたモンスターの事をそう呼ぶ。
ミーケは、ダンジョンマスターでもダンジョンの精霊でも出来ない、ダンジョン出入りの能力を得たたった一体のモンスターで、その能力を見込まれてアウルムと常に一緒に行動している。
ミーケ・アウルムという名の精霊付きでもある。
そんなミーケに、スライムを一体ここに連れてくるように頼んだのだ。
「リョータ様、この子をどうするんですか?」
「見てな」
拘束したスライムをその場において、念の為に更に拘束を追加してから、ミーケを連れてその場から離れた。
物陰でこっそり様子をうかがってると、テネシンのモンスターである影が一体現われて、ゆらゆらとスライムに近づいた。
スライムは反撃に飛びはねようとするが、拘束弾に縛られてまったく動けない。
逆に影がスライムに攻撃をしかけた。
スライムは弱い、一発でやられないように、影の攻撃と同時に回復弾をスライムに連射した。
回復弾のフォローで、影の一撃を受けてどうにかスライムは生き残った。
直後、影が変身をはじめた。
素の影が始めて攻撃した相手の姿になる、か。
「ミーケ、スライムを頼む。俺の見える所にいてくれ」
「分かりました、私にお任せ下さい!」
物陰から出て、ミーケにスライムを預ける。
影がスライムに変身して、元のスライムの体に12個の「☆」のアザが出来た。
今日はこの12の☆が全部消えたらどうなるか、それを試すためのテストだ。
ついでに、もやしをドロップするスライムが、ここでスライムもどきになったらドロップどうなるのかというテストでもある。
そんなもくろみを抱えながら、モンスターで「☆」が出るのを確認してから、スライムもどきに――
「ぐほっ!」
ものすごい突進を受けて、ぐらついて目の前がチカチカした。
影が化けたスライムもどき、その突進は速くて重くて、よそ見をした一瞬の隙でやられた。
速さも重さもかなりのもの、ネプチューンには及ばないが、どっちもやっぱりAはあるくらい強かった。
同じ表記でも細かい数値の差はある――はこの世界の人間はあまり意識してないが、ニホニウムで1ずつ上げてきた俺は知っている。
成長弾を撃って、スライムもどきを振り払う。
そいつはいったん距離を取った後、人の頭の高さまで飛び上がって、息を吸い込んで体が倍近く風船のように膨らみ上がった。
直後、スライムもどきは火を吹いた。
まるでドラゴンのように、口から火炎ブレスをはいた。
「くっ!」
二丁拳銃でとっさに冷凍弾を連射、冷気で炎ブレスを防ぐ。
炎と氷がぶつかり合って、水蒸気が爆発的に広まる。
それを予想していた俺は地を蹴って突進、水蒸気を煙幕にスライムもどきに肉薄した。
力と速さは分かった、防御力を把握したい。
銃ではなく拳を握ってスライムもどきを殴った。肌で感じ取るために。
硬かった、元のスライムなら一撃でばらばらにはじけとんでいたパンチを受けてもスライムもどきは吹っ飛んだだけで、ケロッとしていた。
まるで硬いゴムボールを殴った様な、そんな感触。
「体力はBって所か、やっかいだな」
着地したスライムもどきは殴られた所がへこんでいたが、そこがキラキラと光をまとって、回復をはじめた。
回復まで出来るとは、スライムの限界っておそろしいな。
まあ、スライムが限界まで育ったら強くなるなんて、俺の中じゃ当たり前の話だから、驚きはなかった。
一通り能力を見終えた所で、俺は本気を出した。
二丁拳銃で通常弾による弾幕を張りつつ、それを掩体にしての突進。
スライムに接近して、至近距離で八方向から同時にクズ弾を撃ち込んだ。
ちょっと前に見つけたやり方。
四方八方からクズ弾に固められたスライムもどきは動けなくなって、体が徐々にひしゃげていく。
手間は掛かるが、拘束弾の上位バージョンだ。
拘束弾は引きちぎられた事がある、だがクズ弾の前進は止められた事がない。
絶対に剥がれない八本の釘ではりつけにしてるようなものだ。
効果時間は拘束弾より短いけど、その効力は絶対級。
拘束したスライムもどきを余裕を持って倒した。
ドロップ品は白い何かの塊。
戦闘が終わったことで、ミーケがゆっくりと近づいてきた。
「それはなんですか?」
「なんだろう……ああ、トリュフか」
ネットでしか見た事ないし、そもそも元の形を見た事ないんで一瞬分からなかった。
白くて香り高いキノコ、更に高級食材ダンジョンって事で推測がついた。
「それよりも☆は?」
「一つ減ってます」
「よし、ここからはついて来ていいぞ」
「わかりました!」
ミーケを連れて、テネシンの五階を歩いて回った。
エンカウントするスライムもどきをリペティションで倒していく。
ここは既知の通り、一体倒すごとに☆が一つ減っていった。
順調に11体倒して、最後の一つになった。
「リペティション」
目標数最後のスライムもどきをリペティションで倒して、スライムの☆をゼロにした。
「……」
「……」
何が起きるのか身構えていたが、何も起こらなかった。
待てど暮らせど何も起こらなくて、更に別のスライムもどきがやってきて、それもリペティションで倒したが、やっぱり何も起こらなかった。
「……ブラフ、だったのか?」
「そうみたいですね」
「うーん、何も起こらないはずはないんだがな」
この大仰さ、何もないのはちょっと信じられない。
意味深な12という数字、一体倒すごとに1減って、その進行を止めてたら日にち経過で更にカウントダウンしてくる現象。
ここまで状況が揃ってるのに、0になってもなにも何もないって事は信じられない。
何かがある、絶対に。
そう強く思ったんだが。
「何も変わらないんだな。ミーケ、そのスライムを離してやれ」
「わかりました」
ミーケから離れたスライムは怒った顔で俺に攻撃してきた。
それをガードする、攻撃力は変わらない、テルルのスライムのままだ。
「どうなってるんだ?」
「あの、このスライムはどうしましょう――あっ」
俺にうかがってくるミーケの一瞬の隙を突いて、スライムは逃げ出した。
「まてー」
ミーケは慌ててその後を追った。俺も追いかけていった。
ミーケとスライム、二体の後を追いかけていくと、そこは四階に降りるための階段があり、スライムはそこに体当たりをしていた。
何度も何度も体当たりしては、跳ね返される。
下に続く階段に、まるで見えない壁でもあるのか、って感じで跳ね返されてしまう。
その光景をミーケも驚いているのか、追いついたが捕まえずに眺める事にした。
「もしかして……」
「え?」
「☆が全部消えると、オリジナルはダンジョンのとらわれの姫になる……とか?」
出れないスライムを見て、俺はそう推測した。