294.テネシン、一階
セルが手配してくれた馬車に乗って半日、ネプチューンに連れられて、テネシンにやってきた。
暮れなずむ荒野で、長い長い影を引く高い塔。
てっぺんは見えない、雲の向こうまで続いている。
「これがテネシン?」
「うん、そうだね」
「上に行くのか」
「地下ダンジョンじゃないのは初めて?」
小さく頷く俺。
「そっか、まあたまにあるよ、こういうのも」
「そうか」
別に驚きはしなかった。
今までずっとそうだったけど、ダンジョンは別に地下に行くだけじゃない。
上に行くタイプのダンジョンもあって当然だ。
俺は周りをぐるっと見た。
「何もないな。村とか町とかないのか?」
「まだだね、複数の所の利権が絡んでね、調査結果次第って事になってる」
「なるほど……ちなみに敵は? ドロップは?」
「ドロップは分からない」
「わからない?」
ネプチューンは微苦笑した。
「調査の結果次第だって言ったでしょ」
「にしたってドロップくらいは分かるだろ」
「ここのモンスター、僕より強いからね。唯一初回だけ勝てたかも知れないけど、そのチャンスを逃しちゃってね」
「お前より強い……初回だけ?」
「中に入ればすぐに分かるよ。ちなみに僕より強いから」
さっきと同じ言葉を繰り返すネプチューン。
その顔は真に迫っていた。
「くれぐれも油断しないように」
「……わかった」
ネプチューンの力は知っている、世間の彼に対する評価や名声も知っている。
そのネプチューンにここまで言わしめるダンジョン。
俺は気を引き締めて、ダンジョンに向かって行った。
「馬車の事を頼む。とりあえず一階だけクリアしてシクロに戻らないといけないから」
プルンブムと毎日会うという約束を守るために。
「請け負った、任せて」
ネプチューンに送り出されて、テネシンダンジョンに足を踏み入れる。
テネシン、一階。
外から塔に見えるダンジョンは、内装も塔そのものだった。
石レンガを積み上げて作られた様な内装、窓もあって日が差し込む。
今まで入って来たダンジョンの中で、一番物理的に明るいダンジョンだ。
雰囲気は悪くないところだ。
さて、モンスターは――。
「あれ? どうしたネプチューン、お前は入らないんじゃなかったのか?」
「……」
向こうからネプチューンがスタスタと歩いてきた。
「っていうかそっちにも入り口があったのか――」
とっさに反応して、横っ飛びした。
俺にスタスタと近づいてきたネプチューンは拳を握るなり、パンチを放ってきたのだ。
ぶぅぅぅぅん! と空気を引き裂く轟音とともに鼻先をかすっていったパンチ。
俺が避けた後の地面に突き刺さって、爆発を起こしたかのように地面が粉々に爆破した。
「何のつもりだネプチューン!」
「……」
「もしや……本人じゃないのか?」
戸惑う俺、そこにネプチューンが更に踏み込んで、さっきと同じパンチを放ってきた。
グッと踏み込んで、パンチを放って迎え撃つ。
――――!
名状しがたい破裂音が塔の中に響き渡った。
衝撃波で塔が揺れて、俺もネプチューンもどきも互いに三歩さがった。
互角。
ネプチューンと初めて会った時のあの酒場の事を思い出した。
まるであの時の再現、同じ動きから放ってくるパンチと打ち合った。
互いの動きはあの時とまったく一緒と言っていい。
「なのに互角か……」
俺の力はあの時から更に上がっている。
対して、長年有名冒険者として君臨し続けてきたネプチューンは、あの時点で普通に考えたらレベルがカンストしている。
このネプチューンはあの時よりも強くなっている。
俺の更に上がった力SSと互角。
偽物、という言葉が脳裏をよぎった。
動きはまったく同じだから、本人のドッペルゲンガーだかなんだかで関係あるはずなんだが、パワーは圧倒的に本人を上回っている。
ネプチューンもどきが更に襲いかかってきた。
通常弾の連射で弾幕を張って距離を取り、蒼炎弾の融合で無炎弾をトラップに設置した。
しかしネプチューンもどきはそれをサッと避けて、猛スピードで俺に突進。
パァーン!
強烈なパンチをクロスにした腕でガード、吹っ飛ばされるついでネプチューンもどきの腕をつかんで、その勢いを逆に利用して投げ飛ばした。
ネプチューンもどきはすっとんでいって、塔の壁に轟音を立ててめり込んでしまう。
落ちてくるがれきと砂煙の中、悠然と向かってくるネプチューン。
「無傷かい」
ちょっと呆れた。
砂埃はついているが、怪我らしき怪我はまるでない。
「なら!」
加速弾を自分に撃った。
世界が加速する。
数十倍に速くなった世界の中でネプチューンもどきに突進。
スローモーションのヘビーパンチを難なくかわし、喉を掴んで電車道でネプチューンもどきごと突き進む。。
壁に押し込み、ゼロ距離で成長弾と無限雷弾を連射。
「いけるか?」
ダンジョンマスター級でも数回は死んでいる程の連射。
それを受けても、ネプチューンもどきはかすり傷程度で、更に反撃してきた。
タフさに呆れたが、まったく効いてない訳じゃない。
何か特殊な事をしなきゃって訳でもない。
人類最強クラスの冒険者、ネプチューンの数倍強い。
ただそれだけみたいだ。
加速弾の効果はまだ残っている。
スローモーションのガッツリ腕を掴んで地面に投げつけて、大の字になった四肢にゼロ距離クズ弾。
俺のパワーでも押しのけられずにゆっくり直進する性質のクズ弾。
四肢に打ち込んだそれはネプチューンもどきを地面にはり付けにした。
もがく、が、動けない。
そこに更に連射、マウンティングしながらのゼロ距離連射。
かなりぶち込んで、加速弾効果のぎりぎりまでぶち込んで。
ようやくネプチューンもどきが倒れて、ポン、とドロップした。
ドロップしたのは。
「マツタケか。まったく、どこまでも一次生産だなこの世界のダンジョンは」
今まで出会ったモンスターの中でも五指に入る強さのネプチューンもどきがドロップしたのは高級食材のマツタケだ。
すごいと言えばすごいし、割りに合わないといえば合わない。
この世界らしい、というのも間違いじゃない。
そんなマツタケ。
それを拾い上げると。
「ぞろぞろ来たか」
苦労して倒したネプチューンもどきが、今度は三体現われて、遠くからぞろぞろと向かってきた。
ある程度の距離になると、三体が揃ってもう突進してきた。
三位一体の攻撃、普通なら避けられない。
「リペティション!」
リペティションを放った。
ネプチューンもどきが三体ともあっさり倒れて、それぞれ形のいいマツタケをドロップ。
リペティションも効く、ますます「ただメチャクチャ強いだけ」っぽかった。
「うーん、これはやっかいなダンジョンかもな」
何故ネプチューンなのか、いったん引き返して、アイツに話を聞こう。




