290.亮太の実績
しばらくして、ニホニウムがだいぶ落ち着いて来た。
たまりに溜まった物をまとめて吐きだして、少しだけ気が楽になったように見える。
もちろん、何も解決してないから、ひとまずは落ち着いただけに過ぎないんだが。
「では、よろしくお願いします。ここで、朗報をお待ちしてます」
「……ちょっと待っててくれ」
「はい、いつまでも待ってます」
少し勘違いしているニホニウムをおいて、地下九階に上がった。
説明するよりまずは動くべきだと思った。
地下九階からゲートを使って屋敷に戻って、今度は転送部屋でアウルムの部屋に飛んだ。
「あれ? どうしたのリョータ。ここに来るなんてひさしぶりじゃん」
俺の訪問にアウルムが首をかしげた。
最近は彼女が自由に動けるようになって、屋敷で毎日会える様になったから、ここに来る事がほとんどなくなった。
「わるいアウルム、ミーケを少し借りる。すぐにかえす」
「それはいいけどどうしたの――って聞くまでもないか」
アウルムはニコッと笑って、すっかり相棒になった、いつも人形のように抱きしめてるミーケを俺に差し出した。
「はい。ちゃんとリョータの役に立ってきなさいよ」
「もちろんです!」
意気込むミーケを連れて、ゲートを使い、転送部屋を中継に、今度は直接飛べるようになったニホニウムの部屋にやってきた。
「え? また来た……どうしたのですか?」
「ちょっと待っててくれ、って言ったぞ」
「ええ、しかしこんなに早く戻ってくるとは。どうしたのですか?」
「はい」
ミーケを差し出す。
「この子は?」
「そいつを抱いてればダンジョンから出られる」
「え?」
「しばらくうちに来い」
「ですが、私はこのダンジョン……いえ」
言いかけて、ニホニウムは寂しそうに口をつぐむ。
「ここにいても意味はありませんね」
どうせ誰もこないしーーっていう副音声が聞こえた気がした。
それを今後解決していくから今はスルーした。
今どうすればいいのか分からないが、彼女をここに置いておくのは良くない、それだけは分かる。
だから、連れ出そうとした。
「分かりました、一緒に行きます」
「じゃあこいつをしっかり抱いてろ」
「はい」
「よろしくお願いします」
ミーケを抱っこするニホニウムの手を引いて、ゲートをくぐって、屋敷に戻ってきた。
「恐ろしい人」
「うん?」
「こんな、事もなさげに精霊をダンジョンから連れ出す人なんて、今までの永い歴史の中で誰一人として存在していなかった。それをあなたは」
「たいした事じゃない」
ニホニウムからそっとミーケを取り上げる。
「ありがとう、助かったミーケ」
「アウルム様のところに戻っていいですか?」
「ああ、アイツに宜しくな」
「はい!」
ミーケはそう言って、自力で転送部屋を使って、アウルムの所に戻っていった。
それを見送った後、ニホニウムを連れて転送部屋を出た。
「さて、あんたの部屋を用意してもらわないとな――」
「お帰りなさいですヨーダさん」
廊下の向こうからエミリーの声が聞こえてきた。
パタパタとスリッパを鳴らす足音がして、彼女が小走りでやってくる。
「丁度よかったエミリー、彼女は――」
「……」
紹介、そしてお願い。
それをしようとした俺だが、エミリーがじっとニホニウムを見つめた。
真顔で見つめて、俺の声なんかまったく聞こえていない様な顔で。
直後、エミリーはニホニウムをそっと抱き寄せた。
「あっ……」
戸惑うニホニウム。
見覚えのある光景だった。
かつて俺もそうしてもらってた。
温かい抱擁、包み込む様なエミリーの温もり。
さすがエミリー、直感的にニホニウムのそれを感じ取ったようだ。
そして、ニホニウムも何かを感じたようだ。
彼女はそっと、腕をエミリーの背中に回した。
見た目で言えば、片方は雰囲気のある旅館の女将風で、もう片方は子供だ。
しかし実際は見た目が立場と逆転して、エミリーがやさしくニホニウムを慈しみ、いやしていた。
しばらくそうした後、エミリーはパッと顔を上げ。
「ヨーダさん!」
「お、おう」
「この人、しばらくうちに住ませるです」
「ああ、そのつもりで連れてきた。よろしく頼むよ」
「はいです!」
エミリーはものすごく意気込んで、ニホニウムの手を引いて、連れていった。
ニホニウムはまだちょっと困惑しているみたいだが、エミリーにされるがまま、大人しく連れて行かれた。
それを見送る俺の元に。
「リョータさん、あの人は?」
「リョータさんのこれ?」
燕の恩返しの出張所から、派遣の二人、エルザとイーナが顔を出した。
エルザは首をかしげて聞いて、イーナはニヤニヤ顔で小指を立てる古典的なジェスチャーをした。
「違うよ、彼女はニホニウム」
「ニホニウムって……まさか」
「また精霊?」
「ああ、しばらくうちに泊まることになる。二人とも宜しくな」
「え、ええ」
「はええ……」
エルザとイーナ、二人は「すごいなあ」って顔で互いを見た。
この時、気づくべきだったのかもしれない。
いや、口止めしておくべきだったのかもしれない。
今までの事を思えば、そしてエルザとイーナの二人の所属を思えば、ニホニウムの事を口止めしておくべきだった。
翌日、早速。
二人経由で燕の恩返し本店に話が伝わり。
ニホニウムの将来にかけて、様々な商人と思惑が一斉にあのダンジョンに殺到したのだった。