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289.リョータの恩送り

「色々……」

「うん?」

「あなたに会って、第一声は何を話そうかと色々考えていたのですが。結局はこの言葉になりそうです」


 ニホニウムはにこりと、穏やかに微笑みながら。


「さすがですね」


 と言った。


「何がだ?」

「あなたにリペティションを渡した事を覚えていますか?」

「ああ。初めてあんたが俺の目の前に現われた時の事だろ? 抽選でリペティションになる魔法の実を選んでくれたの」


 もうすごく昔の事に思える。

 行きつけのアイテム屋で、その時の俺にとって決して安くない300万ピロもする魔法の実を真剣に選んでいたら、ニホニウムが現われてこれがいいと示してくれた。

 その時の魔法が、リペティションだ。


「ええ。あの魔法をどうしてもあなたに渡さなければならなかったのです。通常、あれがなければここに辿り着く事はできません」

「……たしかに、リペティションがなかったら九カウント以内に九体倒せなかったな。三つ首の犬は運で何回かやり直せばいけたけど、マミーは確定二手だった」

「ええ、だからあれをあなたに渡したのです。ステータスで何処まで強くなっても、鍛錬をどれほど積み上げても、リペティションがなければここには来れなかった……はずなのに」


 今度は艶然と、色っぽく微笑むニホニウム。

 着物姿の和風美人、その笑顔。

 すごく色っぽかった。


「リペティションがなくてもここまで来れた、それほどの力をつけた。私の想像を遥かに超えた……すごいすごいお方です」


 物静かに「すごい」と連呼される。

 普段からちょこちょこ言われてる言葉だが、ニホニウムに言われたそれは違う味わい……嬉しさがあった。


「それよりも、何故俺を呼んだ。理由があるんだろ?」

「……」


 ニホニウムは切なげに微笑んだ。

 さっきまでの微笑みと違う、寂しげな微笑み。


「笑わないで下さいね」

「ああ」


 はっきりと頷いて、ニホニウムをまっすぐ見つめて、言葉の先を待つ。


「必要と、されたくなりました」

「……」

「あなたにはもうあえて話すまでもないことですが……私はこの世界では誰からも必要とされておりません」

「マーガレットがいる……いや、あれも別に」

「ええ、私でなくても大丈夫です。あなた以外、ここに来る人間は皆無です」


 それは仕方のない事だった。

 あらゆる物がダンジョンからドロップされるこの世界。


 ダンジョンは畑であり、鉱山であり、工場とかである。

 その中で、ニホニウムは何もドロップしない。

 何をどうやっても、ドロップステータスAの上級冒険者がずっと籠もりっぱなしでも、何もドロップしないダンジョンだ。


 いわば確定で何も育たない不毛の大地、それがニホニウムダンジョン。

 誰もやって来ないし、必要とされないのはこの世界のシステムを考えれば当然のこと。


「人間の命を維持するのがつらくなってきました」

「どういう事だ?」

「モンスターは通常、寿命があります。倒されずダンジョンの中でさまよったモンスターは、寿命を迎えて消滅します……この事を知っている人間はもういませんが」

「……そりゃそうだ。普通モンスターを寿命まで放置する事なんてない」


 俺の言葉に頷くニホニウム、更に続ける。


「そして、寿命で消えたモンスターは空気になります。誰も来ないニホニウムのアンデット達は、日夜空気を自動で生み出し続けてます」

「…………酸素、人間の吸う空気を、か?」


 更に頷くニホニウム。

 穏やかな微笑みが消えた。

 そこにいるのは、疲れ切った女だった。


「誰もが必要とする空気を維持し続けているのに、誰からも必要とされないし感謝もされない」


 そして、自嘲の笑みに変わる。


「そのくり返しに、疲れてしまったのです」

「……」


 理解してしまった。


 彼女は――俺だ。

 この世界に来る前の俺とまったく一緒だ。


 一生懸命頑張って、身を削ってまで必死に頑張って、耐え抜いて。

 それでも、誰からも感謝されない、報われない日々を強いられている。


 彼女は、俺だ。

 いや……俺以上に報われない境遇だ。


「だから、あなたに……私を助けて欲しい」

「……俺はこんなことを言われたことがある」


 言葉が天啓のように降りてきた。


 あの時、俺に新しい人生を踏み出させるきっかけになった言葉。

 それを、そのままニホニウムに渡した。


「頑張りは必ず報われる。早いか遅いかの差はあるけど、頑張った人は必ず報われる、って」

「そうなのでしょうか」

「ああ」


 迷いなく頷いた。

 そして、笑う。


「俺がそうだからな。だから」

「だから?」

「俺があんたを、誰からも必要とされるダンジョンに変えてやる」

「信じても、いいのですか?」


 ニホニウムのまなじりに涙が貯まっていく。


「信じるとかじゃない」

「えっ……」

「確定だ。信じる信じないってレベルの話じゃない。頑張った者は報われる、俺がいる以上それは確定だ」


 これは、誓いでもある。

 俺の決意を更に確固たる物にするため、普段は口にしない強い言葉をつかった。


 驚き、戸惑い、そして――喜び。


 様々な感情がニホニウムの顔に去来したあと。


「――はい!」


 彼女が見せた三つ目の笑顔。

 それは、希望を見いだした、地獄の底から手を伸ばしてくる人間の笑顔だった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] つまり、主人公のせいでニホニウムのモンスターか倒され過ぎて、空気のドロップが減って世界中の人間が窒息して絶滅するエンドなのこの小説?
[気になる点] >行きつけのアイテム屋で、その時の俺にとって決して安くない300万ピロもする魔法の実を真剣に選んでいたら、ニホニウムが現われてこれがいいと示してくれた。 今なら強制ドロップ弾で魔法の実…
[気になる点] >地獄の底から手を伸ばしてくる人間の笑顔 表現がこえーよ
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