283.出向増員
「今日からお世話になります」
昼間の屋敷、『燕の恩返し』出張所。
エルザと同じ制服を着たイーナがそこにいた。
頭を下げて、気持ち敬語になっている。
しかし頭を上げた時にはもう、いつもの彼女に戻っていた。
「すごいじゃんリョータさん、専属の出向が二人もだよ。嬉しい? ねえ嬉しい?」
彼女は俺に近づき、肘で「ウリウリ」と俺を小突いた。
「嬉しいもなにも、なにがどうなってるのか俺にはまだよく理解してないんだが……」
朝ご飯の後、ダンジョンに行こうとしたら彼女が急に訪ねて来た。
それでいきなり「お世話になります」からの「嬉しい?」コンボ。
何が何だか、と、ちんぷんかんぷんな俺である。
「ほら、昨日リョータさんがすっごいのやったじゃない」
「昨日すごいの……? ああ」
俺は微苦笑して、エルザを向いて、会釈程度に手刀を立てて会釈程度に頭をさげた。
「悪い、迷惑かけちまったか?」
「い、いいえ」
「うんうん、迷惑とかじゃないよ。むしろすごい事。いやあアレ見たかったよ、エルザ、イモの海に溺れてたんだって」
「やっぱり迷惑掛けちまったな、物理的にも」
悪いな、ともう一回頭を下げる。
「エルザを助ける為に片っ端から本店に転送したらそっちでも溺れた人がいてさ。みんな開いた口が塞がらないってくらいびっくりしてた。こんなの出来るのリョータさんだけだって感心したりため息ついたり感極まって昇天したりしてた」
最後のはなんだ! まあイーナの誇張だろうが。
「それで決定したのか? エルザの手が回らないからって」
「まあここに増員するってのは前からあった話だしね」
「ねっ」にあわせてウインクするイーナ。
出会った時から変わらず一貫してフレンドリーなイーナ。
その仕草が彼女によく似合っている。
「そうなのか?」
「日常の業務はエルザ一人でも足りるけどさ、ほら、リョータさんってば日常じゃないの多いじゃない?」
「あー……そうだな」
俺自身も自覚している事だから、これには苦笑いを禁じ得なかった。
そう、俺は日常じゃない出来事が多い。
何かを見れば首を突っ込みたがるし、セルみたいなのがちょこちょこ俺に何か依頼を持ってくるし、色々やり過ぎて困った人が向こうからやってくるし。
イーナの言うとおり、俺に日常じゃないのが多い。
「だからだよ。そういう時にも対応できるように、ここにもう一人出向させとこって話がね。そこに昨日のあれ」
俺はまたまた苦笑いした。
最高硬度の親子スライムにドロップ弾の連射。
秒速数十キロで生産して転送したそれは、後から聞いたらスロットマシンのジャックポットみたいな光景だったらしい。
想像してみて、自分でもちょっと興奮した。
「って事で、今日からあたしが派遣されてきたってわけさ」
「なるほど、でもどうしてイーナなんだ?」
「え?」
虚を突かれたかのように、何故か動揺するイーナ。
「俺のイメージじゃ、何かある度にいろんな所に派遣されてるから。いろんなところであってるよな」
「うーん、まあ……そーねぇ」
何故かイーナは歯切れが悪く、目をそらしていた。
不思議に思いつつも、更に続ける。
「だから『燕の恩返し』じゃかなりの戦力だと思ってる。そういうのは一箇所に固定しておくのはもったいないんじゃないか?」
「そ、それは……あれだ……ほら」
「うん?」
更に言いよどむ。そこまで答えにくい事情があるのか?
「そ、そう、あたしの実家がお世話になってるから」
何故か急に、今思いだした様な感じで話すイーナ。
なるほど、分からないでもない。
彼女の実家、八百屋には今でもリョータ・スイカを定期的に納入してる。
「それに――」
さっきまでの歯切れの悪さは何処へやら。
イーナはニヒヒ、って感じで笑った。
「あっちこっちでリョータさんに会ってるから、顔なじみの方が色々やりやすいってね」
「確かにそうだ」
『燕の恩返し』では、エルザの次に関わりが深いのがこのイーナだ。
親密度? 的な要素を考慮して出向相手を決めるのなら、確かにイーナが適任ということになる。
「もう……嘘つきなんだから」
「うん? エルザ今何か言ったか?」
「ううん、何でも無いです」
「そうか?」
まあ、何でも無いならいい。
さて……そういうことなら。
俺は出張所の入り口から顔を出して、大声で呼んだ。
「エミリー、いるかー」
呼びかけると、遠くから「はーいです」とともに、足音がバタバタ聞こえてきた。
俺は顔をだしたまま、エミリーが来るのを待った。
「ちょっと、嘘つきってなにさ」
「嘘つきは嘘つき。私知ってるから」
「な、何のことだかー」
「そのごまかし方がちょっとやだ。責めてるとかじゃないのに」
「……微妙なんだよ、まだ。そうかも、ってくらいだから」
「……うん、わかった」
背後でエルザとイーナが何か言っていた。会話の「意識」がお互いの間で完結してる。
同僚だし親友らしいし、世間話だろうと判断して、気にしなかった。
しばらくしてエミリーがやってきて、彼女にイーナのための部屋を頼んだ。
住む住まないにかかわらず、部屋があれば休憩とかにも使えていいだろう。
パーソナルスペースは大事だ。
「そうだ。イーナ、ちょっと待っててくれるか?」
「うん? それはいいけど、なに?」
「待ってて」
俺はイーナを待たせて、出張所から飛び出した。
屋敷の地下室に飛び込んで、ドロップ弾で黄金の鍵を複製。
一度ハグレモノにした後にドロップした強化版のアイテムは、再ハグレモノ化しても同じものをドロップするだけ。更に強化はしないし、劣化もしない。
まあ、ダンジョンの「外」と「内」、それで分けられてるだけだ。
この場合「内」が錆びた鍵で、「外」が黄金の鍵だ。
黄金の鍵をハグレモノ・リョー様にして、ドロップ弾とリペティションで二本に増やし、複製した。
それをもって戻ってきて、キツネにつままれた様な顔のイーナに渡す。
「はい、これ」
「これは?」
「使い方はこれから説明する、まあ合鍵みたいなもんだ」
「あ、合鍵……」
ちょっと戸惑った様子で、気持ち顔がちょっと赤くなったイーナ。
「もしかしてってレベルじゃないじゃないの」
なぜか傍らで、エルザがちょっと呆れていたのだった。