278.二重に加速した世界の中で
眠りから目覚めると、まだその部屋の中にいた。
外と時の流れが違う部屋。
一度入ったら24時間は出られない部屋の中で、最初は経験値クリスタルの量産をしていたけど、次第に疲労がたまって、眠くなってきた。
まだ何もない空間だから、地面に腕枕して寝たけど、意外にもすっきり快眠だった。
「エミリーのおかげだな」
彼女が手入れをしてくれたこの部屋は暖かくて明るくて、神殿のごとき波動を今も放っている。
そこで床に直で寝ても、腕を曲げて枕にするという寝方でも。
体が痛むことなく、完全に疲労がとれてすっきりした目覚めだった。
「さて、と」
俺は立ち上がって、頭上を見あげた。
仲間達が言っていた、時計がそこにあった。
入ったときは0からスタートのその時計は、間もなく一周しようとしている。
そろそろ24時間経つとこか。
俺は寝起きの体操とばかりに、銃弾からスライムの、経験値クリスタル生産を軽くやった。
休憩も挟んだ丸一日の稼ぎはどれくらいだったんだろう。
外の世界の実時間にして一分。
その一分でどれくらいの稼ぎになったのか、外に出るのが俄然楽しみになってきた。
時計が更に回って、残り一分となった。
「おっ」
目の前にドアが現われた。
部屋に入った直後に消えたドア、鍵をいくら使っても出てこなかったドアは、残り時間一分になったところで再び現われた。
ノブに手をかけて、ドアを開く。
向こうの、元の世界の部屋が見えた。
床に差し込まれる木漏れ日、庭の木々の影が、ものすごいスローペースで揺れている。
こっちの24時間が向こうの一分。
単純計算で、1440倍の時間の流れの差がある。
影は、ものすごいスローペースで揺れていた。
そうこうしている間に時計の指す残り時間が30秒を切った。
「早いけど出るか、この段階で出れるのかも確認したいし」
そうつぶやきつつ、俺はドアを跨ごうとした――その時。
頭の中を白い雷が貫いていった。
某ロボットアニメの新人類の様な、キュピーンとした感覚を覚えた。
三十秒。
異なる時間の流れ。
加速弾。
俺は持ち物の中から加速弾を取りだした。
打ち込まれた相手が30秒間、加速して動けるようになる弾丸。
部屋の中にいるときは、行ってみれば1440倍加速した状態だ。
その状態で更に加速弾を撃てば?
……やってみよう。
俺は弾丸を込めて、加速弾を自分に撃ち込んだ。
世界が加速する。
部屋の中にある時計の進みが遅くなった。
加速した部屋の中で、更に加速する俺。
それはつまり、外の世界が更に遅くなったと言うこと。
影がほとんど動かなくなった、超スローモーションカメラを見たときと同じように、影がたまに思い出したかのようにちょっと動く。
なんだか面白いな……なんて思っていると。
「――ッ!」
唐突の事に俺は目を張った。
目の前、ドアの向こうに一瞬だけ何かがパッと現われて、パッと消えてしまったのだ。
あり得ない事だ。
今の俺は、例えるのなら数千倍まで遅くした世界を見ている。
その超スローモーションの中でパッと現われて消えるなんてあり得ない。
あり得ない……が。
目を凝らす、意識を集中してそこを見る。
やっぱりーーあった。
その「何か」はチラチラと、そこに浮かんでは消えるのを繰り返した。
何となく思った。
それはもしかして、ずっとそこにあって、俺が見えていなかっただけなんじゃないかって。
こうして二重に加速して、初めてそれに気がついたんじゃないかって。
そう思うと、それの正体が知りたかった。
じっと見る、観察する。
間隔が一定だった。
俺は更に集中して、二重に加速した世界の中で、次のタイミングに合わせて手を伸ばす――。
「あった!」
感触を覚える、ほとんど脊髄反射でそれを掴む。
掴んだ瞬間、それまでちらちらしていたそれが、はっきりと形になった。
それは剣。
古めかしく、儀式に使う様な装飾剣。
全くの直感か、あるいは触発されたのか。
俺の頭の中に、鏡と、勾玉の二つの姿が浮かび上がった。
「草薙の剣……」
俺がずっと探していたのか、それともこいつがずっと俺のそばにあったのか。
ニホニウム最後の鍵が、今、俺の手の中にあった。