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267.恋する精霊

「さて……」


 プルンブムの心の氷は溶けた。

 長い髪に十二単。

 昔の日本の姫のような出で立ちをした彼女は、見た目こそ変わらないが、出会った頃よりも遥かに美しく見えた。


 穏やかに微笑んでる姿が、本来の彼女の姿なんだろうな、と思った。


 本来、というキーワードで思い出した。


「なあ、一つ聞いてもいいか」

「なんじゃ? 妾に答えられる事かえ?」

「ああ、お前が世界で一番よく知ってるはずだ。プルンブムって、昔からモンスターが分裂するダンジョンだったのか?」

「うっ……」


 言葉に詰まって、ばつの悪そうな表情を浮かべるプルンブム。

 俺の推測した通りだ。


 プルンブムダンジョンを持つ街、テトラミン。


 到着から時間が経ってないしもうだいぶ寂れたけど、かつては栄えた事もあったんだろうな、と思わせる街の作りだった。


 テトラミンにも景気のいい時代があった――つまり今みたいに分裂分裂でしょっぱいダンジョンじゃなかったはずだ。

 だから聞いてみたら、プルンブムの表情が全てを物語っていた。


 彼女はうつむき、親にしかられた子供の様な顔で、上目使いで俺を見た。


「あの男に裏切られたと思ったのじゃ。黒い何かが妾の頭の中でぐるぐるして、人間ども見ておれ――と思ったらああなったのじゃ……」

「なるほど。それは元に戻せるか?」

「うっ……」


 またまた言葉に詰まってしまうプルンブム。


「難しいのか?」

「正直……。妾にもどうやったのかよくわかってないのじゃ」

「そうなのか、まあいい。それならダンジョンマスターを使ってやるまでだ」

「それは……おそらく無理だと思うのじゃ」

「え?」

「ダンジョンマスターでモンスターの種類を変える話なのであろう?」

「ああ」

「妾がしでかしたのは、このダンジョンのモンスターが分裂する事。どんなに変えても分裂するモンスターしかでないのじゃ」

「……それは困った」


 ダンジョンマスターをつかっても意味はないと言われてしまった。

 だが言いたい事は分かる。


 今まで何回かダンジョンマスターを使ったけど、変化したのはドロップの内容だ。

 内容が変わっても、例えばランタンは酒のままだし、シリコンも野菜のままだ。


 ダンジョンが元々持ってる性質まではかえられてない。

 それが出来るのはダンジョンマスターよりも上位の存在である精霊だということなんだろうな。


 そしてプルンブムは当の本人がどうやったのか分からないから戻す・止めるのは無理だっていう。


「うーん」

「こ、こういうのはどうかえ?」

「え?」

「わらわの体の一部を素材に使った武器ならば分裂を抑えられる」


 プルンブムはそう言って、目の前にカメを召喚した。

 白魚の様な指を揃えた手刀でカメを切り裂いたが、カメは分裂しなかった。


「こんな感じじゃ」

「なるほど。そうなるとこういう場合……髪、かな」


 武器の素材に体の一部を使って作る話の場合、一番多いのは髪を使うパターンだ。

 特にプルンブムは女だ。


 女の髪は不思議な力があると、俺がいた現実世界でもそういう話がよくある。

 更に現実な所でいえば、髪なら継続的にとれて、また生やすことも出来て、武器を量産しやすい。


 それらの事から、プルンブムの髪を例えば鉄に練り込んで、その鉄で武器を作るのがベストだ。


「わかったえ」


 プルンブムはまったく躊躇のない手つきで、地面まで届く、滝のような長く綺麗な髪を、首の根元で一束に掴んで、手刀で刈り取ろうとした。


「待て待て待て!」


 とっさに声を出した、彼女の手刀――手首を掴んだ。


「どうしたんだえ?」

「それは……」


 さすがに気後れする。


 プルンブムは長い髪をなんの迷いもなく切りおとそうとした。

 髪は女の命、その言葉が頭の中に浮かんで、「さすがにこれはない」と思った。


「妾の髪が必要なのではないかえ?」

「それはそうだけど。その綺麗な髪をバッサリ切ってしまうのはもったいなさすぎる」

「綺麗……」


 目を見開き、固まるプルンブム。

 俺は眉をひそめてしばらく考えてから。


「……一本だけでいい」


 と提案した。

 うん、一本でいい。

 これなら一石二鳥(、、、、)だ。


「そ、それで足りるのかえ?」

「足りないけど、一日一本だけくれ。それならせっかくの綺麗な髪が切ない事にならない」

「一日一本……」

「毎日会いに来るんだから、それで十分だ」

「……」


 プルンブムはまたうつむいて、上目使いで俺を見た。

 さっきと同じ仕草だが、今度はなんでだ?


 しばらくして、プルンブムはしっとりした空気をまといながら、口をひらく。


「ありがとう」

「え?」

「わらわはそこまで愚かではない。毎日一本……会いに来てくれるという安心感をくれるつもりであろ?」

「はっきりと言われると恥ずかしいぞ」


 本当に恥ずかしくて、顔から火を噴きそうになった。


 一日一本をもらいに来る。

 こうすればプルンブムが綺麗な髪を切らなくて済むし、彼女も「明日ももらいに来る」という安心感と期待のなかで過ごす事ができる。


 一日一発の加速弾、それを取りにモンスターの村・リョータに通ってた経験から思いついたことだ。


 だから一石二鳥。

 それを指摘されて、気恥ずかしくなった。


「ありがとう……」


 プルンブムは嬉しそうだから、俺がちょっと恥ずかしいくらい、何でも無いことだった。


     ☆


 亮太がいなくなった後の、精霊の部屋。


 一人になったプルンブムは自分の髪を指にとかしながら。


「髪……綺麗だとほめてくれた」


 頬を染めて、恥じらいながらも嬉しそうにつぶやく。


「……」


 ふと、彼女は顔を上げて天井を見た。

 去っていった亮太、明日も来てくれると約束してくれた亮太。


 その亮太の事を思いながら。


「精霊は……人と番えるのだろうか……」


 出会ってから一日足らず。

 プルンブムは、激しく亮太に惹かれてしまった。

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