266.俺を信じろ
階段を降りた先の部屋に、一人の女の子がいた。
見た目は幼く見える、アリスと近い感じで、十四、五歳くらいの女の子だ。
髪は地面まで垂れるほど長く、服装は「和」な感じ――十二単に近いものだ。
ひな人形か昔の日本のお姫様。
そんな感じの女の子。
「プルンブムか?」
「人間が……また妾をたぶらかしにきたのかえ」
その子――ロケーション的に間違いなく精霊プルンブムの女の子は、敵意を剥き出しにして俺を睨んでいた。
が、それで一つわかった。
プルンブムは俺を避けるためにモンスターをなくしたんじゃない。
人間を拒絶する為にそうしたのだ。
「たぶらかし? 昔人間と何かあったのか?」
「しらを切る気かえ?」
プルンブムは手を振り上げた。
瞬間、風圧が俺を襲う。
腕をクロスして踏みとどまる――が。
「がはっ!」
全身の至る所に痛みが走った。
みると、これまでのプルンブムダンジョンに存在していた魚系のモンスターが、どこからともなく現われて、俺に体当たりをしていた。
「待ってくれ! 俺の話を――」
「去ね! 人間と話す事などないのじゃ!」
激高したままのプルンブム、更に手を振りかざす。
二度目の攻撃、意識を瞬時に周りに切り替えた。
複数のモンスターが四方八方にでてきて、俺を取り囲んだ。
地面を蹴って後ろに飛びつつ、二丁拳銃を抜いて成長弾と通常弾を発射。
体当たりしてくるモンスターを迎撃、打ち落とす。
「やったな……」
「くっ!」
このままではらちがあかない。
とっさに特殊弾を撃つ。
撃ったのは拘束弾。
光の縄がプルンブムを拘束した。
手を振り上げようとして、動かないプルンブムは、より激しく怒った目で俺を睨んだ。
かなり強烈な拒絶の意志を持った眼差しだ。
ふつうなら気後れそうになるその目を見つめ返して、聞く。
「何があったんだ? 聞かせてくれ。場合によっては力になれるかもしれない」
「ほざくな人間、どんなに耳に心地良いことをさえずろうとも、結局は裏切るのがそなたらであろう」
「……裏切られたのか?」
「そうじゃ!」
更に激高する、目から火を吹きそうなくらいカッと見開く。
「その話を聞かせてくれ」
「……よかろう。そこまで言うのなら、そなたら人間の罪をとくと思い知るが良い」
プルンブムは激高した瞳のまま、俺の質問に応えて、話してくれた。
「かつて、一人の男が妾の所にやってきた。強くて、勇敢な男じゃった」
手練れの冒険者って事か。
「妾が人間とあったのはそれが初めてじゃ。その男は妾に色々人間の事を話してくれた。妾の知らない世界を教えてくれた。お返しに妾も、このプルンブムでだけ発揮する力を授けたのじゃ」
精霊付きにしてあげたのか。
「男はいったん帰ると言った」
うん?
なんか……話の風向きが変わったぞ?
「またくると言った。絶対にまた来ると約束した。妾はそれを信じて送り出した――じゃが!」
猛るプルンブム、怒りと同調した風圧が俺を襲う。
「ヤツは戻ってこなかった。わらわの与えた力を使うだけ使って、一度も戻ってこなかったのじゃ――そう、死ぬまでな」
「……最近死んだのか」
「そうじゃ。妾が与えた力が戻ってきたのじゃからな。これでわかったじゃろ? そなたら人間は簡単に約束を破る生き物じゃ」
「それは違う」
「何が違う!」
「その人は戻りたくても戻って来れなかったんだよ。人間がここに来るのはすごく苦労するんだ」
「でたらめを! ヤツは『普通にやってたら来れた』と言っていたぞ」
「それは運がよかったのを自覚してないだけ――」
「言うにことかいて!」
ますます怒りのボルテージが上がっていくプルンブム。
嘘は言ってないが、それが逆に彼女を刺激した。
「例えその人がそうだったとしても、俺はそんな事しない。言うことは絶対に――」
「もう二度と騙されたりしないのじゃ、そなたら人間に!」
プルンブムは手を振り上げた。
とっさに身構えた。モンスターは飛んでこなかったが、代わりにカメがプルンブムの前に現われた。
「リペティション!」
最強周回魔法、リペティション。
一度倒したモンスターを無条件で倒す最強の魔法――だが効かなかった。
よく見たらカメの甲羅はさっきのやつと色が違う。別のモンスターか。
違うモンスターだが、能力は似ていた。
カメはさっきのヤツよりも高速に、一秒に一回のペースで倍々増殖した。
銃を撃つ、硬さは勝るとも劣らない。
これは止められない――と思ったその時。
目の前に階段が現われた。
上に戻る階段は、倍々増殖のカメの中に現われた。
「妾の前から消えろ! 人間」
「――っ!」
リペティションが効かない、硬さも同等で、約五倍の速度で増殖するカメ。
それが意味する結果は――。
俺は歯ぎしりして、プルンブムが出してくれた階段を駆け上がった。
階段をでるとダンジョンの外に出た。
ふう…… ひとまず引き上げて対策を練ろう。
そう思って、身を翻して、ダンジョンを背にして歩き出した――が。
「……」
思いとどまる、踏みとどまる。
首だけ振り向き、ダンジョンをみる。
それは……だめだ。
プルンブムは人間に裏切られたと思っている。
ここで引き下がったら、彼女は本当に「ほらやっぱりそうだった」って思ってしまうだろう。
引き下がれない、会いに行かなきゃいけない。
分かってもらわなきゃいけない。
俺はダンジョンに戻っていった。
一気にプルンブムダンジョンを駆け抜けて、最下層にやってくる。
街にのこった二本だけのヤギミルク、一本使ったから、正真正銘の最後の一本になったミルクを置いた。
ハグレモノが孵って、リペティションで瞬殺。
階段がでた。
降りて、増殖するカメがいたけど、それもリペティションで瞬殺。
再び、プルンブムの所に戻ってきた。
「なっ、そなたなんのつもりじゃ」
「話を聞いてくれ」
「ええいうるさいわ!」
プルンブムは再びカメを出した。
すぐに倒せないカメ、ものすごい勢いで倍々増殖するカメ。
階段がまだでた。
「去ね!」
「帰らない」
俺は静かに、しかしはっきりと言い放った。
プルンブムはたじろいだ、迷いが見えた。
その間もカメは増殖を続け、プルンブムの部屋を埋め尽くした。
アブソリュートロックの石、そしてHPと体力SS。
無敵モードを発動して耐えることにした。
ミチッ――。
体の芯からいやな音が聞こえてきた。
無敵モード+HPSS+体力SS。
それでも体が軋むほどの圧力。
「がはっ」
血を吐いた。口の中に鉄の味が充満した。
「な、なぜそこまで……」
絶句するプルンブム。
「お前みたいなのを見過ごせない」
「わ、妾みたいな……?」
「こんな所にいる、会いたい人にも会えない、すれ違いで心を痛める不遇な環境にいるのを強いられる」
プルンブムをまっすぐみる。
「そんなの、見過ごせない」
「――っ!」
「だからどうにかする。それに比べればこんなのなんともない――」
言葉が途切れた。
目の前が霞む、意識が遠くなる。
その間も増殖がつづくカメ、圧力が強くなるのを感じる。
プルンブムはもちろん影響を受けないが、体がぐちゃぐちゃになりそうなくらいの圧力が俺を襲った。
限界が来る、意識を手放し――。
ギリッ!
歯を食いしばる。気力を振り絞って、意識をつなぎ止める。
「俺を、信じろッッ」
「――ッ!」
言い終えた瞬間、ふらっ、と足元の感覚がなくなった。
限界を超えてしまった、ここまでか――と思ったが。
「……本当に?」
プルンブムの、弱々しい声が聞こえる。
「え?」
「ほんとうに、信じて良いのか?」
「……ああ」
「また会いに来てくれるのかえ?」
「来る。俺が来れない日もあるかも知れないけど、そういう時は仲間に来させる」
「なか、ま?」
「ああ、なんだったら外にも連れ出してやる」
「それは……別によいのじゃが……」
そうつぶやくプルンブム。
アウルムと似ているようで、ちょっと違う。
彼女は外の世界に興味はほとんどないみたいだ。
誰かが訪ねてくる。
それだけが望みみたいだ。
「……わか、った」
「え?」
「そなたを……信じてみる」
「……ああ、信じろ」
俺はふらつく足元を必死で踏みとどまって、プルンブムに強く言いきった。
彼女は、まるで雪が溶けたかのような。
やさしい、笑顔を見せてくれたのだった。