265.倍々カメ
「それじゃ、行ってくる」
「何か出来る事は?」
精霊へ続く階段を前に、セレストが聞いてきた。
降りれるのはモンスターを倒し、階段を出した俺だ。
二人は行くことが出来ないが、セレストはそれでも、なんとか力になりたいと俺を見つめてきた。
「そうだな……どっちかが屋敷までひとっ走りしてくれると、万が一の時に助かる」
「屋敷?」
「ゲート開通」
いつもの様に平坦な口調のイヴ。
ファミリーに入る前からベテラン冒険者として名をはせているだけあって、こういう時話が早い。
「ああ、屋敷に戻れば転送部屋とこのプルンブムを開通する事ができる。そうしたら俺も簡単に屋敷に戻れる。一回だけじゃ、あるいは俺だけじゃ解決出来そうにないときに役に立ってくる」
「なるほど、エミリーの時と一緒ね」
「ああ、アルセニックを助けて、月殖を実現したエミリーの時と同じことが狙える」
「わかったわ、それは私とイヴに任せて。どっちかが行ってくる」
「頼む」
二人に目線で別れを告げ、俺は、精霊の部屋へ続く階段を降りた。
すぐに精霊の部屋にいけるわけじゃない。
今までのパターンなら、もう一回難敵が待ち構えているはずだ。
予想通り、まずは真っ白な、何もない空間にでた。
空間はそこそこ狭かった。テニスコートの半分もなかった。
その空間の中心に丸まったカメがいた。
意外にもタダのカメっぽかった。
手足は甲羅の中に隠れて、丸まっている。
銃を抜いた、まずは小手調べに育てている成長弾を撃った。
ダーン! カキーン!
金属音が鳴り響いて、銃弾は甲羅に弾かれた。
なるほど、見た目とおり硬い――と思ったその時。
カメは二体に分裂した。
どうやら通常のモンスターと同じように分裂はするようだ。
なら小手調べはダメだ、大技で倒さないと。
拳銃を両方とも抜いた、蒼炎弾を装填して、同時に撃って融合弾にした。
蒼炎弾の融合、無炎弾。
見えない炎がカメの片方を焼く。
「なに!?」
声を上げてしまった。
陽炎が揺らめく、無炎弾は確実に出来ている。
でも、カメはびくともしなかった。
今までなんでも焼いてきた弾丸がまるで効かなかった。
そして――また分裂。
二体のカメがそれぞれ分裂して、四体になった。
「無炎弾も効かないのか……これは慎重にやらないとだめだな」
とはいえどうするか、と、考え込んでいたら。
四匹のカメが更に分裂して八匹になった!
「なっ!」
目を見張る、目の前の光景に絶句する。
なにもしてないのにカメは更に分裂した。
いや、その前に。
今までの分裂は全部してた。
攻撃してないカメまで分裂してた。
どういうことだ――って思ってたら更に分裂した。
八体から、今度は十六体に。
「倍々ゲーム、か?」
固唾をのんで見守る、数秒後更に分裂して三十二体になった。
更に数秒待って、今後は六十四体に。
ここまで来ると、もう足の踏み場もなかった。
カメが甲羅に隠れてて、攻撃してこないのがせめてもの救いか――いや違う!
俺は気づいた。
自分が、かつてないピンチに陥っていることに。
カメは攻撃してこない、それは多分間違いない。
このカメからは、アルセニックの岩達と同じような、戦闘する気がないという感じがする。
ただ、数秒おきに倍々に増えるだけ。
それだけだが、この部屋は意外に小さくて、そして出口がなかった。
俺が降りてきた途端、階段は消えてしまったのだ。
このペースだとーーあと三十秒もしないうちに分裂カメが部屋をいっぱいにして――俺は圧死する。
「くっ!」
銃をしまい、足元のカメに殴りかかった。
力SS、これならば――ダメだった。
全力で殴っても、亀の甲羅はヒビ一つつかなかった。
そして、更に分裂。
床一面びっしりのカメが倍になって、床そのものが一段階せりあがった。
俺は焦った、全力で殴り続けた。
でも、やっぱり効かなくて、更に倍増。
このままだとあと二回、残り十秒もない。
「加速弾!」
とっさに加速弾を自分に撃って、時間稼ぎした。
加速する世界の中、カメの増殖が体感で遅くなる。
なんとしても、なんとしてもカメを倒さなきゃ。
ギリッ、と歯を食いしばる。
手応えからして、攻撃無効化とかそう言うのじゃない。
ただただ、ものすごく硬いだけだ。
物理も、魔法も効かない、ものすごい硬いカメの甲羅。
ならば、それを上回る攻撃を叩き込むしかない。
カメを一体掴んだ、全力で叩いた。
ドン! ドン! ドン! ドン! ドン――
力SSで繰り出す、一撃一撃が必殺級のパンチを、連続でカメの甲羅に叩き込む。
更に倍増、部屋の半分が埋まった。
残り一回、現実の時間で数秒しかない。
更に叩く、全力で叩く。
拳が裂け、骨が軋むくらい叩く。
「うおおおおお!」
ビシッ!
カメの甲羅が割れた。
割れた甲羅は光を放って、そのまま砕け散った。
「時間が無い――リペティション!」
加速する時間の中、片っ端からリペティションをかけていった。
一回は倒したカメ、リペティションが効いた。
必死に撃って、ハイペースで消していく。
途中で更に倍増!
だが、リペティションで消した分、100%満たすまでは行かなくて、俺一人分収まる程度の空間が残った。
死ななければどうにかなる。
無限回復弾を撃ちつつ、加速する世界のなかでリペティションを乱射。
倍々増殖はエグかったが、加速弾+リペティションはぎりぎりでそれを上回った。
途中で二回増殖をされたが、どうにかカメを全滅させることが出来た。
精霊に繋がる部屋への入り口が出現した。




