261.インサイダーの起点
家に帰ると、エルザが玄関で待ち構えていた。
「お帰りなさい、リョータさん」
「ただいま。どうかした? なんか複雑そうな顔をして」
「ええ、実はマスターがさっきまで来てました」
「マスター? ああ、『燕の恩返し』」
エルザは小さく頷いた。
「さっきまでって事は、もう帰ったのか?」
「はい、状況がものすごい勢いで変わったので、こうしちゃいられない、って」
「状況?」
玄関から上がり、とりあえず落ち着こうとサロンに向かいつつ、ついてくるエルザに聞く。
「まず、マスターは確認に来たんです。リョータさんが本当にテトラミンに行くのかって。本当に行くのなら考え直してって説得しに来たみたいです」
「なんで説得……って、大口顧客だからな」
「はい。リョータさん達がまるまるいなくなっちゃうと、うち、赤字になっちゃうらしいです」
「ええ!? そんなに?」
「利益分がまるまる吹っ飛ぶっていってました」
「そりゃ……止めにも来るよな」
サロンに入り、ソファーに座る。
話が妙に大きくて、自分の事って感じがしない。
「でもかえったのか? 説得もしないで?」
「はい。なんか、もういくつかの買い取り屋がテトラミンに出店する為に動きはじめたらしいです。このままじゃ出遅れてしまう! ってマスターが」
「出遅れも何も……もし俺が向こうに移っても『燕の恩返し』と取引を打ち切るつもりはないけど?」
目の前のエルザがいる限りは。
彼女は『燕の恩返し』から派遣されてきた、いわば出向社員的な存在だ。
とは言え、屋敷に部屋を作って、寝食を共にしてると情が湧く。
名目上の所属は違うが、ほとんど仲間のように思っている。
「ありがとうございます」
エルザは頬を染めて、ややうつむいた感じで答えた。
彼女の反応を見ても、同じような事を思ってくれてるみたいだ。
そのエルザがいる以上、当面は付き合いを『燕の恩返し』だけにするつもりなんだが。
「でも違うんです」
「え?」
「マスターがいってました。『連中! サトウさんがテトラミンを再生させると確信してるから、今のうちに場所取りをするつもりなんだ』って」
「……つまり」
「はい、リョータさんが参戦すると確実に息を吹き返すって見られてます。でも当然だと思います」
「え? 当然って?」
「リョータさん、再生の達人って言われてますから。インドールにサメチレンにフィリン、今まで連戦連勝ですから」
「再生の達人って、そんな風に言われてたのか。って、俺のあだ名いくつあるんだ?」
最近よく、気がつけば新しいあだ名をつけられてる状況になってるんだけど。
「だから、マスターは急いでテトラミンに向かったんです」
「なるほどなあ」
「それ上手く行ってないみたいだよ」
「うわ!」
エルザとは違う声がして、びっくりした。
声の主を見る、エミリーに案内されてきたイーナがそこにいた。
エルザと同じ『燕の恩返し』の従業員、彼女の親友。
前に依頼されて、母親の八百屋の為に特産スイカを納品するようになった事もある。
そのイーナがやってきて、楽しそうに笑っている。
「イーナ、上手く行かないってどういう事?」
「マスターはいってるけど、新しい情報が入ってきたんだよ。もう既に、とある人の手によって、テトラミンの土地の買い取りが進められてるって。買い取り屋達は全員出遅れた状況になってるって」
「だ、誰なのそのとある人って」
「うん。リョータさんならわかるっしょ?」
「俺なら?」
どういう事なのかと頭を巡らせた。
こんな地上げっぽい事、よほど耳が早くて、手が早く、それでいてなにか確信がなければやれない――。
「――あっ。ネプチューン、か?」
「うん、その人」
あいつ……早すぎるだろ。
まったくもう。
「でもすごいですね。リョータさん、行く、って決めただけでこんなに大事になるんですから」
「だね、行く、って決めただけでもう何億ピロかの金が動いちゃってるね」
俺をほめるエルザとイーナ。
わかるけど、なんかちょっぴり複雑だ。