260.(税)金目当て
「ヨーダさん、お客様なのです」
夜、屋敷のサロンでくつろいでると、エミリーが俺を呼びに来た。
「お客さん? 誰なんだ?」
「初めての方なのです、どうするですか?」
「とりあえず会おう」
「分かったです、ここに案内するです」
エミリーはバタバタとサロンから出て行った。
こんな時間に初めての客か、どんな人で何の用だ?
「リョータ、酒場行こう酒場」
エミリー達を待ってると、今度はアウルムがやってきた。
彼女はもはや相棒と化したミニ賢者のミーケを抱いている。
「酒場?」
「うん! あの人が一杯いていろんな話を聞ける所」
「なるほど、そういうのがすきなんだもんな」
「うん! だから行こうよ。ねえ、あたしがおごるから」
アウルムはそう言って、手をかざして、金塊をだした。
ひとつで時価400万ピロの金塊をピラミット積みだ。
さすがアウルムダンジョンの主、黄金の化身。
「いやいやいや多い多い。そんなにいらない酒場に行くのに」
「どうせならみんなにもおごるし! 酒場本当面白いしその価値はあるよ!」
「本当に気に入ったんだな」
「うん! だから、ね!」
「行くのはいいんだけど――」
「ヨーダさん、お待たせなのです」
エミリーが客を連れてサロンに入って来た。
五十代の男で、ちょっとくたびれてる感のある、過疎化した商店街のオヤジって感じの人だ。
「――お客さんが来てるんだ」
「そっか……残念」
アウルムは手をかざして、金塊を消した。
聞き分けがよくてあっさり引き下がったが、シュンとしてるのが見てて可哀想になった。
「代わりに明日行ってやるから」
「本当!?」
「ついでにいろんな人に声掛ける。ただ飯ならみんな食いついてくるだろ」
「――っ! ありがとうリョータ!」
アウルムは俺の首に抱きついて、チュッ、と頬にキスをしてきた。
そのまま上機嫌でミーケを抱きしめ、スキップしてサロンから立ち去った。
「……ゴホン」
俺は咳払いして、改めて、と来客と向き合って。
「変な所を見せて済みません。俺が佐藤亮太です」
初めての人だから、一応敬語になった。
社畜――いやサラリーマン時代の名残というか、当然のマナーだ。
「デールと申します。あの……失礼ですが今の方は、アウルム様……ではありませんか?」
「そうだけど?」
頷くと、デールの目の色が変わった。
「本当に精霊様と住んでいるのですな。しかもさっき金塊を消したのも、精霊様のお力なのですな」
「あ、ああ」
あまりにもテンションが急上昇したから、逆にこっちが若干たじろいでしまった。
自己紹介が一通り済んで、エミリーは来客用のお茶を淹れにいったんサロンを出て、俺はデールと向かい合って座った。
「それで……なんの用でしょう」
「私、テトラミンのダンジョン協会の会長を務めさせて頂いてます」
「おお」
テトラミンか、毒っぽい名前だな。
「単刀直入に申し上げます! 我がテトラミンに活動拠点を移してはいただけませんでしょうか!」
「うん? 活動拠点をって…………引っ越せってことか?」
少し考えてから聞き返すと、デールはおずおずと頷いた。
「はい! リョータ様を迎えるにあたり屋敷を用意させて頂きました、ちゃんと訓練されたメイドつき、買い取りもすぐ近くに買い取り屋を用意させます。これらはもちろんお仲間全員にも――さらに」
「さらに?」
メイドつき屋敷以外のもあるのか。
「我がテトラミンが持っているダンジョン・プルンブム。全階層の免許をもちろん発行させて頂きます」
「プルンブム……鉛か」
「え?」
「いやこっちの話だ。ふぅむ……」
なんか変な話だな。
いきなり来て、屋敷とか用意するから俺らの所に来いって言うのは。
何かがある、なんだろう。
「……即答はできない、何日か考えさせてくれ」
「ありがとうございます! 是非とも前向きにご検討を!」
デールはメチャクチャ体を乗り出してきた。
意図はわからないが、必死さは伝わってきた。
☆
「あはは、それは税金目当てだよ」
翌日の夜、約束通りアウルムを酒場・ビラディエーチに連れてきたら、居合わせたネプチューンと飲む事になった。
昨夜の事を酒の肴で持ち出すと、ネプチューンは楽しげに笑いながら答えてくれた。
「税金?」
「君はもう少し自分の影響力を知った方がいい。リョータファミリーは今何人いるんだい?」
「俺とエミリーと、イヴにセレストにアリス、あとミーケか。ああ、クリフファミリーとマーガレットファミリーも入るのか?」
「後半はともかく、直系だけで6人だね。で、税金は?」
「は?」
「キミたちが一年間払う税金はどれくらいになるのかな」
「税金……どうだったかな」
あまり気にした事なかった。
そもそもこの世界での冒険者の税金は把握し辛い。
買い取りの度にちょこちょこ引かれてるからな。
「10億ちょっと」
「イヴ!?」
隣のテーブルで、ビールとニンジンでほろ酔いしていたイヴが会話に合流してきた。
「低レベル一家の税金は10億行ってる」
「そんなにか?」
「低レベルのくせに高額納税者」
「へえ」
「って事だね。キミたち一家を招ければ、税収で街が潤うって訳だ。しかもテトラミンは最近過疎化が進んでるからね。同じ10億でも、シクロとは比較にならないくらいの大金になるよ」
「なるほどなあ」
謎は全て解けた、って気分だ。
まさかそういう話だったとはな。
「ちなみに君ほどの人間が引っ越すとなると大変な事になるよ。街同士のケンカ――いや戦争になる」
「そんな大げさな……いやそうでもないか」
10億という金はそれだけのものだ。
ネプチューンも言ってた、テトラミンは過疎化が進んでいるって。
俺がデールにもった第一印象、過疎化した商店街のオヤジってのは当ってたんだ。
そういう所からだと、10億は冗談抜きで生きるか死ぬかって話になるだろう。
しかし――。
「テトラミン、それにプルムブム、過疎った原因はなんだ……?」
街から、ダンジョンから人がいなくなったって事だよな。
うーん。
「ふっ」
「……なんだ」
「きみの悪いくせが出たな、って思ってね」
「俺の悪い癖?」
「ああ、予言が必要かい? 君は引っ越さないけど、明日にはテトラミンに向けて出発しているよ。何とかならないかってね」
「……」
俺は苦笑いした、確かにそうだ。
もう、そんなつもりになっている。
過疎ったテトラミン、それにプルムブムダンジョン。
実質助けを求めてきたんだ、なんとかできるのならそうしたいとおもった。