256.リョータはそんな事しない
酒場、ビラディエーチ。
行きつけで、毎日違う種類のビールを出してくれる、いつ来ても違う味を楽しめるいい店で。
一仕事終わった夜、そこにアリス、そしてレベッカの三人でやってきた。
今日は黒ビールがオススメだって言うことで、三人分、まずは黒ビールでのスタートとなった。
「聞きましたわよ」
「うん? なにを」
聞き返すとレベッカはジト目でおれを睨んだ。
いやその聞き方だとこう聞き返すしかないでしょうに。
「この程度の事、覚えておく価値もないと言いますの?」
「いや本当になんの事なのか」
「……ボドレーの事ですわ」
「ああ」
ポン、と手を叩く。
「周回の方法を公開したヤツか」
「ええ、そうですわ。まったく呆れた男。あんな事を二度もだなんて」
「むしゃくしゃしてやった」
「そんな犯人みたいな決まり文句でごまかさないでください」
レベッカは唇を尖らせた。
ドン! からになったジョッキーをテーブルに叩きつける。
よっぽど腹に据えかねているみたいだな。
「といってもな……」
俺は頬を指で掻いた。
今回の事がなくても、攻略法なんて俺の中じゃ公開――というか共有するものなんだ。
ある程度誰にでも出来るように慣らしてからwikiとかに書き込む。
攻略なんてそういう風に扱ってきたから、公開しても別に……って感じだ。
それがレベッカにはどういう訳か気に入らないようだ。
「ええ、ええ、分かってますわ。一泡吹かせたかったのでしょう」
「分かってるならいいじゃないか」
「その余裕も気に入りませんの!」
「そ、そうか」
顔が上気して、すっかりとできあがった感じのレベッカ。
もしや酒癖がわるいのか?
「余裕とかじゃないと思うけどな」
ずっとそばで、仲間のモンスター達とじゃれ合っていたアリスが口を開く。
「なんですって」
「素なんだよリョータのそれって。困ってる――じゃないや、困らせられてる人を見るとほっとけないのって」
「そんなの分かってますわよ!」
「ですよねー」
アリスは楽しげに、ニコニコと笑いながら言った。
その反応に、レベッカはますます唇を尖らせてしまい。
「あなたのその余裕も憎たらしいですわ!」
「あたし?」
「そうですわよ! これ見よがしに精霊をつれて歩いちゃってもう……ええい!」
レベッカはアリスの手からつまみのピーナッツを食べている(!)精霊・フォスフォラスのメラメラを奪い取った。
「ええい、こうして! こうして! こうしてやりますわ!」
レベッカはメラメラをなで回したり、粘土か泥団子にする様に両手で包んで丸める手つきでこねこねした。
メラメラの炎が明るくなったりくらくなったりで、レベッカの手から解放されたときは目がすっかり「@@」って感じでぐるぐる回っていた。
なんというか……酔っ払いだな。
まあこの程度の絡み酒ならまだ可愛い方だから、別にいっか。
メラメラのこねこね事件をきっかけに、レベッカとアリスのやりとりが増えた。
俺を置いて雑談を始める二人。
似たもの同士の二人を一歩引いた形で見守る。
共にダンジョンうまれ、そして共に精霊付きの二人。
性格や口調は正反対だが、こうしてみると微妙に似ているように感じる。
ふと、スケルトンのホネホネがバランスを崩した。
人間用のジョッキを、全身で持ち上げて中身を飲もうとして、ずる! と足を滑らせて後ろ向きに倒れた。
それをレベッカがサッと手を伸ばして下敷きにして助けた。
「危ないですわよ、飲むのならもっと小さいコップになさい」
ホネホネはカクカクとガイコツの頭を揺らして、まるで「ありがとう」といってるように応えた。
「優しいんだな」
「モンスターは特別ですわ」
「ダンジョン生まれだからか」
「ええ。その通りですわ」
レベッカは素直に認めた。
ホネホネが助けられると、ほかのモンスター達もアリスの周りにいるだけでなく、レベッカにも近づくようになった。
モンスターを挟んで、アリスとレベッカは仲良くなっていった。
「……外、騒がしいですわね」
ふと、ポテトフライでガウガウを餌付けしていたレベッカがそんなことを言い出した。
店の入り口――外に向けられた目は超一流冒険者、精霊付きらしく鋭いものに戻っていた。
「言われてみると騒がしいな。あっ、何かあったんですか?」
近くを通る店員を捕まえて、話を聞く。
「なんかハグレモノが出たらしいです」
「そうなのか?」
「はい、でもみんながすぐに退治してるから問題ないですよ。次々と現われてるからなんか騒ぎが続いてるだけで」
「……そうか」
次々と現われている、というのに引っかかった。
街でハグレモノなんて早々出ない、それが次々と現われてる?
もしかしてまた何か事件が?
席を立ち、店の入り口に向かって、外を見た。
夜のシクロの街は普段より数割増しで騒がしい。あっちこっちから、ダンジョンの中にいるような戦闘の音が聞こえてくる。
「おい聞いたか、この騒ぎを起こしてるのあのリョータらしいぜ」
「リョータって、『グランドマスター』のリョータ・サトウか?」
「ああ、アイツがあっちこっちにモンスターをばらまいてるらしい」
道路の向こう、顔もよく見えない所を通り過ぎていく男達の会話が聞こえてきた。
俺がばらまいてる? そんな訳――
「ありえねえな」「ありえませんわ」
声が二つの方向から同時に聞こえてきた。
会話しながら遠ざかっていく二人組の片方と、そして俺の真横。二つとも鼻で笑うような声色だ。
いつの間にか、隣にやってきたレベッカだ。
「レベッカ」
「ばかばかしい話ですわ、あなたがそんなことをするはずがありませんわ」
「うんうん、リョータはそんな事しない。街のみんなもそれを分かってるもんね」
アリスもやってきて、レベッカの言葉に同意した。
まあ、そうだろう。
むしろ「リョータの前で理不尽な事をするな」というのがシクロの合い言葉だ。
街中にハグレモノをばらまくなんて、そんなの信じる人は少ないはずだ。
とは言え、放っておく訳にもいかない。
ハグレモノが実際に出ているのだから、被害が出るかも知れないのは事実なのだから。
「わるい、二人とも、ちょっと行ってくる」
「うん! 行ってらっしゃい」
「勝手になさい」
二人に見送られて、俺は店を飛び出した。
☆
亮太が去った後、店に残ったアリスとレベッカ。
ニコニコ顔のアリスと、つまらなさそうにふてくされているレベッカ。
二人は肩を並べて、亮太の後ろ姿を見送る。
「まったく、なんて男なのかしら」
「えー、そんなのよく知ってるくせに」
アリスは口元を抑えて、むふふ、と意味深に笑う。
「『あんな事を二度もだなんて』、だっけ。よく見てるよね。それとも調べてるのかな」
「――知りませんわ!」
図星をつかれたレベッカはタン! と床を勢いよく踏んで、店の中に戻っていった。
「あははは、照れない照れない」
親近感故の気安さのまま、アリスはレベッカを追いかけて、同じように店の中に戻っていった。