247.フォスフォラス=メラメラ
フォスフォラスへ続く階段。
「……ごくり」
思わず生唾を飲んだ。
空気があきらかに違っていた。
肌にビリビリと突き刺さるような、緊迫した空気。
「こ、ここの精霊って怖い人なのかな」
それをアリスも感じたようで、表情がはっきりと強ばっていた。
「いや、精霊に辿り着く前にもう一つ関門を突破しなきゃならない」
「そうなの!?」
「今まで通りならそうだ。ここを降りたらだだっ広い部屋でモンスターと戦う。ダンジョンマスター級のモンスターだ」
「そうなんだ……」
その事を知っている事に尊敬の様な目を向けてきたが、それも一瞬だけの事。
アリスは憂いを含んだ目で階段を見つめた。
「どうした、何を悩んでる」
「あのねリョータ、あたし……やりたい」
「なにを?」
「そのモンスターを倒すの。たおしたら精霊と会えるんだよね?」
「それはそうだが……」
俺が倒してあとから連れて行くこともできる、セレンやアルセニックのように。
と思ったが、それは言わなかった。
アリスの目がものすごく真剣だったからだ。
やりたい、どうしてもやりたい。
理由があって自分の手でやり遂げたい。
そんな強い意思が瞳にはっきりと表れていた。
「わかった」
理由は分からないが、アリスがそうしたいのならいやとは言えない。
「それじゃサポートだけでも。『オールマイト』のりょーちんはもう使ってしまったから、代わりに俺が『クイックシルバー』でステータスの底上げ。アリスにモンスター達で6人分。それから加速弾を突入前に――」
「リョータ」
「え?」
まっすぐ俺を見つめてくる。
さっきと同じ――いやさっき以上に強く決意した目でおれをみつめてきた。
「あたし、頑張る」
「……」
「頑張る」
「……そうか」
何でなのか、はまったく分からない。
だけどアリスがものすごい強い意思で訴えかけてきてるのがわかった。
危険なことは承知の上でやりたいと主張してる、ただのわがままでは決してない。
ならば。
「分かった」
俺は関与することを取りやめて、全てをアリスに任せる事にした。
「ありがとう♪」
アリスはニコニコ顔と、嬉しさを露わにする声でいった。
そして、肩に乗っかってる仲間のモンスターを一人ずつ手のひらに載せてから、そっと送り出すようにして、元の姿に戻す。
スライムのプルプル。
スケルトンのホネホネ。
小悪魔のボンボン。
ニードルリザードのトゲトゲ。
マスタードラゴンのガウガウ。
主のアリスの意気込みが伝わってるのか、その理由を知ってるのか。
デフォルメされて、愛らしいシルエットはいつになく真剣みがまして、ただ事じゃないオーラを出していた。
「いこう、みんな」
アリスはそう言って、モンスター達と共に階段を降りていった。
彼女が降りた後、階段は何事もなかったかのように消えてなくなった。
俺はそこで待った。
多分――。
「ここにいましたの」
「……レベッカ」
後ろから声を掛けられて、振り向くとレベッカがいた。
そういえば屋敷にきてたんだっけ。
「あなたの仲間から聞きましたわ、ここにいらっしゃると」
「そうか、すまなかった」
「気にしていませんわ。ここで何をなさってるんですの?」
「仲間の帰りを待ってる」
「かえり? ――まさか」
さすがレベッカ・ネオン、精霊の名前を名乗る事を許された「ザ・パーフェクト」。
一瞬で俺が言わんとする事を理解したみたいだ。
「ああ、会いに行ってる、ここの精霊、フォスフォラスに」
「そうですの……それは気が気ではないのでしょうね」
「……いや、そうでもない」
「あら、意外と冷たい方ですのね。あなたも一度は精霊付きになった身。そこにいたるまでのハードルをご存じのはずではなくて?」
一度は。
レベッカの台詞の中で、そこだけほかとちょっとだけ「重さ」が違っていた。
あえて聞かなくてもわかる。
彼女が今日訪ねて来たのは、アウルムが俺からミーケに――別の人間にうつった件を聞きに来たんだろう。
一度は、の言い方にそれが出ている。
それとは別に、彼女も精霊にあうまでの大変さをよく知っている。
だからこそ疑問に感じている。
「冷たい訳じゃない」
「では、なんですの?」
思考が一周した。
レベッカが現われる直前に思いかけてた所に戻ってきた。
「多分、いや間違いなく。アリスが戻ってくる。フォスフォラスを攻略して」
「それはつまり……」
一呼吸の間、レベッカはジト目で俺を見た。
「信頼、してらっしゃるのですね」
「改めて言われると恥ずかしいけど」
そういうことかな。
「その振る舞い、大物感がヒシヒシ伝わってきますが、果たしてそう上手く行くのかしら」
「いくさ」
即答で答えた。
大物感とかそういうんじゃない。
俺はただ信じてるだけ。
アリスのことを信じてる。
そして――
「リョータ! 見て見て! メラメラだよ、メラメラ!」
ハイテンションで戻ってきたアリスの手のひらに青く燃えてる、デフォルメされた火の玉が乗せられていた。
「そいつがフォスフォラスか」
「うん! あっでも今日からメラメラだよ」
「そうか」
ダンジョンの精霊にもかかわらずアリスのネーミングセンスでつけられた名前。
それを予想してた俺はふっと笑い。
「……」
アリスの事をそこまでよく知らないレベッカは、あまりの事に絶句していたのだった。