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243.ボーナスステージ

「あれ?」


 テルルダンジョン、地下一階。

 仕事のために飛んで来たダンジョンだが、冒険者は一人もいなかった。


 ある意味では、はじめて見る光景だ。


 モンスターがうようよいるが、冒険者は一人も見当たらない。

 ニホニウムではよくある光景だが、それ以外のダンジョンでこうなったのははじめて見る。


「なにがあったんだろう」

「聞いてきます」


 周回のために一緒についてきたレイアが近くの休憩所に走って行った。


 シクロダンジョン協会の福利厚生、ダンジョン内の休憩所。

 ドアを開けて中に入ったレイア――そっちには人がいた。


 休憩所のスタッフに話を聞いて、レイアはすぐに戻ってきた。


「マスター、フォスフォラスが現われたみたいです」

「フォスフォラス? 聞き慣れない名前だな、モンスターか?」

「いいえ、ダンジョンです」

「ダンジョン……ああっ」


 すごく久しぶりだから気づくのが遅くなった。

 そうだ、ダンジョンの名前だ。


 大昔に気になって調べたことがある、金がアウルムって言うのと同じように、調べたものの中にフォスフォラスってのがあった。


 テルルとかシリコンとか、ニホニウムとか。

 そう言うのと同じ、ダンジョン(げんそ)の名前だ。


「それが現われて、冒険者がここから姿を消した……新しいダンジョンが出来たのか!?」


 ゴトン!

 重いものが地面におちた音が聞こえた。

 音に振り向くと、セルがフィギュアサイズの銅像を地面から拾ってるのが見えた。


 俺の銅像、二丁拳銃でガン=カタしてる様なポーズの銅像。

 まったく新しい構図の銅像だ!


 それを拾ってるのを見られたセルは、ゴホン、と咳払いして。


「そういう訳ではないのだよ」

「いやいやいや、何事もなかったみたいに言われても!」

「フォスフォラスはボーナスステージなのだよ」


 俺の突っ込みを完全にスルーして、語りはじめるセル。


「移動するダンジョン、不定期にあっちこっちの街に現われるダンジョンだ。現われてから一日で消えてどこかへ移動してしまうため、どの街にも属さない特殊なダンジョンなのだよ」

「完全になかったことにするつもりかよ、まあいいけど」


 俺は苦笑いしつつ、気を取り直して質問した。


「一日だけ現われるのはしってるけど、なんでボーナスステージなんだ? ここに冒険者がいないって事は、よほど美味しいダンジョンなのか?」

(かね)だ」

「かね」


 おうむ返しする俺、発音が平坦な物になってしまう。


「金って……これの事か?」


 ポケットの中からこっちの世界のお金を取り出す。


 紙幣と硬貨。

 単位がピロになってる、価値と額面はほとんど日本円と同じなお金だ。


「うむ。フォスフォラスは直接お金をドロップするダンジョンで、しかもドロップのステータスにほとんど左右されない」

「つまり誰がいってもそれなりに現金を得られるって事か」

「うむ。とても不思議なダンジョンだ」

「……」


 ダンジョンでモンスターを倒してそのままお金をドロップする。

 確かに少し不思議だが、その辺の感覚はゲームで慣れた俺からすれば違和感はすくない。

 それでもすくない(、、、、)で少しはあるのは、この世界に慣れてきたからなんだろう。


「しかし……みんなあっちに行くと、物資が減るよな」

「我が一族がダンジョンを管理している理由でもある」

「うん?」


 どういう事だ? って顔をしてセルを見る。


「今の様に、皆が直接金銭を取りに行けばその分物が減る。直接金銭を獲得すれば面倒もないからな」

「確かに」

「しかしそれをしているとやがて物が足りなくなる、金よりも物の価値の方が圧倒的に上がってしまう」

「……インフレになるな」


 セルははっきり頷いた。


 もう一度ダンジョンの中を見た。

 普段はわちゃわちゃいる冒険者がまったくいない。

 この瞬間、完全に生産がストップしてしまってる状況だ。

 難しい事を考えなくても、これがいい状況じゃないのははっきりと分かる。


「とはいえ一日だけなら備蓄分の物資で事足りるし、一次生産者の手に潤沢な現金があるのは経済が活発になるので、いいことではある」

「そうだな」


「あっ! サトウさん!」

「うん? イーナのお母さん?」


 声の方に振り向く、ダンジョンの外で、入り口からイーナの母親の姿が見えた。

 八百屋経営で冒険者ではない彼女は、戦えないためにダンジョンに足を踏み入れるのを恐れている感じで、外から俺の事を見ていた。


 向こうが入って来れないから、こっちが向かって行き、ダンジョンの外にでた。


「どうしたんですか?」

「あの……今日のスイカって……」


 イーナの母親はおそるおそると、顔色をうかがう、そんな感じの表情で俺を見た。

 セルが人のいないダンジョンから出てくる。


 ああ、そういうことか。

 冒険者がこぞってフォスフォラスにいってしまったから、それを心配してるんだな。


 スイカのように、俺はいくつか契約生産――のような物を結んでいる。

 イーナの実家に納入するスイカがその一つだ。


「大丈夫ですよ、後でいつもの様に届けます」

「ああ! ありがとうございます! ありがとうございます!」


 イーナの母親は何度も何度も頭を下げた。


 フォスフォラスは面白そうで興味深いけど、こっちは前からの先約だから、こっちを優先しよう。


 この日は、ほかの冒険者がこぞってフォスフォラスに入ったので、リョータ・ファミリーが普段通りにドロップ品を納入したらあっちこっちで感謝された。


     ☆


 翌日、フォスフォラスは何故か消えなかった!

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