242.二人分のリョータ
テルルダンジョン、地下一階。
久しぶりに通常の仕事――狩りドロップ換金をやろうと、屋敷の転送部屋を使ってダンジョンに入った。
レイアは既に俺に装着してて、アームで銃を構えている。
そのアームがシャカシャカと動いている。
「微妙に気合入ってる?」
『そんなことないです』
いつもの淡々とした口調からの丁寧な言葉使いだが、やっぱり微妙に気合が入ってる。
まあいい、気合が入ってるのはいいことだ。
さて、早速モンスターを倒していくか。
「うわああああ!」
「や、やってられるか!」
離れたところが妙に騒がしく、冒険者が一斉にこっちに逃げてきた。
一人二人じゃない、フロアにいる冒険者が全員逃げてきた、ってくらいの数だ。
「どうした」
テルル一階なので顔見知りが結構いた、その中の一人に聞いてみた。
「あっ、リョータさん」
「何かあったの?」
「ハグレモノですよ」
「ハグレモノ?」
「昨日無茶をした冒険者がいてさ、モンスターにやられてにげだしたんだ。そいつが装備をダンジョンに落としていったらしいんだ」
「……ああ」
状況が分かった。
この世界の冒険者が無理をしない理由がもう一つある。
冒険者の装備も、突き詰めていくとモンスター達からドロップしたものだ。
それが人のいない所に放置すれば、当然の如くハグレモノに孵る。
例えば強い冒険者が深手を負ってだれも助けられない所で死んでしまうと、その装備はそのままハグレモノの大群になって二次災害を起こす。
そういうこともあるから、この世界の冒険者は無茶は極力しない。
それでも人間だからたまにミスもあって、今回は物を落としたのにも気づかないくらいのケガを負って敗走したことで産まれた事件、ってところか。
こうしてる間にも冒険者達が逃げてくる、よほどの強いモンスターなんだろう。
しかたない、放置してたら仕事にならないから、倒せるなら倒してしまうか。
俺は逃げてくる冒険者の流れを逆走していった。
しばらくすると、慣れたダンジョンの中に見慣れないモンスターが見えた。
珍しい、ほぼ人間型のモンスターだった。
かといって完全に人間かといえばそうでもない。
サイズは人間、しかも年頃の少女とほぼ同じ。
それが背中に一枚だけ、右側だけに蝶々の羽がついている。
髪型も人間の少女と同じ、羽と同じ右側に一本結び――サイドテールで結ばれていた。
「対話はできるか?」
「――――」
モンスターは文字では表現できない様な声を上げて、突進して攻撃をしかけてきた。
速い! とっさに地面を蹴って真横にとぶ。
俺よりも後に動いたのに、ほぼ同じ速さでついてきた。
無造作に手を振ってくる、腕を上げてガード――吹っ飛ばされる。
ガードごと吹っ飛ばされた。
腕がじんじんして、突き抜けていった衝撃で体全体がずきずきする。
肉薄されては銃が使えない、そう思って距離を取ろうとしたが、向こうの速度が速すぎて距離がとれない。
レイアもアームをシャカシャカさせるが、撃つどころかまともに照準も合わせられない。
銃が使えないなら肉弾戦だ。
力SS、速さSS、体力SS。
肉弾戦でもきっと後れを取らないであろうステータスで、切り替えて迎え撃った。
モンスターのしなる腕をかわして、えぐる様なフックを叩き込む、それをガードされたのでガードした腕を掴んで振り回して、地面にたたきつける――が。
すぐに反撃が来た、捕まれた腕を逆に軸に利用して、回転の効いたキックが飛んで来た。
皮一枚で躱す、髪の毛がかすめられてきられた。
速いし、強い。
俺が全部SSなら、むこうは全部Sってくらい強い。
真剣に、本気でやれば負けはしないが、時間がかかる。
「――なら!」
攻撃とほぼ同時に銃を抜いて、自分に突きつけた。
攻撃じゃないのなら肉薄されてもそのまま撃てる――そして撃った。
自分に撃ったのは加速弾、メチャクチャ加速して、違う時間の流れに入る特殊弾。
撃った瞬間、自分以外の全てがスローモーションになった。
速さSほどもあるモンスターも、加速した世界の中ではよちよち歩きの子ども程度の速度だ。
この状態だと銃弾は使えないから、肉弾戦で倒す。
接近し、百烈拳を彷彿とさせる殴り方でモンスターをなぐった。
秒間余裕で100発を越えるパンチを浴びて、モンスターは吹っ飛んでいき、壁にめり込む。
そして、加速する世界のなかで、徐々に消えて行く。
「ふう……強かった」
加速がとけて、モンスターが消えた後、俺は手の甲で額の汗を拭いながらつぶやいた。
名前も知らないモンスターだったが、強さで言えばダンジョンマスター級かも知れない。
周りにはスライムとかがいるから、ダンジョンマスターのような特殊能力はないみたいだが。
なにはともあれ、これで一段落――
「うわああああ!」
「た、たすけてくれ!」
今度は地下二階から冒険者が逃げてきた。
まさか! って思って地下二階に降りた。
するとそこにモンスターがいた。
珍しい人間型、美少女に見えるモンスター。
蝶々の羽もサイドテールもさっきのと一緒だが――。
「左、か」
それらは両方とも左についていた、さっきのヤツとはまるで鏡あわせ、よくある双子キャラ的な感じだ。
それを見て、俺は悪い予感がした。
ものすごく悪い予感がした。
そしてこういう時の予感は当たるもので。
「きゃああああ!」
一階から――倒したはずの上の階からまた悲鳴が聞こえてきた。
☆
テルルダンジョンの入り口近く、ダンジョンの外。
「ユニゾンツイン、というモンスターだわ」
騒ぎを聞きつけてやってきたセレストが言った。
ファミリーの知恵袋は今やシクロのダンジョンにとどまらず、世界中のあらゆるモンスターの知識が頭に入っているらしい。
「再生するモンスターなのか?」
「ある意味そうね。話を聞くとそれが一体いるようね」
「一体? ……ああ、親子スライム」
「そういうこと。親子スライムと同じパターン、複数の個体があるように見えるけれど、一体なのよ」
「ってことは特殊な倒し方をすればいいのか」
「ええ。同時に倒さないといくらやっても復活するのよ」
「同時か」
「それに同じ人じゃないとだめよ」
「そうか、普段は普通に同じ階層にいるから」
セレストは眉をひそめて頷いた。
「普段は同じ階層にいるから同じ人が同時に、ってのはどうとでもなるけど、今回は違う階層だから……」
セレストが言うと、周りにいた、一階と二階から逃げてきた冒険者がざわついた。
「うそだろ……」
「リョータ・サトウでさえ倒すのに手間取ったモンスターを同時撃破だって?」
「リョータ・サトウでも分身はむりだろ」
「どうすんだよ……」
「……危険になるが、ミーケだな」
「ええ、危険になるけど」
ミーケ・アウルム。
ファミリーに新しく加わった仲間で、進化したユニークモンスターで、「触ってるモンスターと階層移動が出来る」能力を持つ。
「あの子が触ってる間は階層移動出来るから、その間にどっちかに集めればリョータさんが倒せるわ」
セレストの言葉に歓声が上がった。
解決の糸口が見えた、事に対する歓声だ。
だがそれはだいぶ危険だ。
ミーケはレベル50、能力はCとBの混合だ。
ユニゾンツインはさっき戦った限り、かなり強い。
ミーケには危険かも知れない。
もっといい方法はないのか? 加速弾を使って限界まで加速すれば……。
「話はきいたよー」
悩んでる俺の元に、アリスが現われた。
彼女は肩に仲間のモンスター達を乗せて、いつもの明るい調子でいった。
「あたしに任せて」
「アリスに?」
「うん、ほら、あたしってさ」
「……そうか!」
俺はその事を思い出した。
試してみる価値はあると思った。
☆
他ダンジョンに入って、テルルの一階と二階の間にアリスと一緒に来る。
アリスは二階に、俺は一階のまま。
「タイミングはどうする?」
「時間を計るのなら加速弾だ。加速弾が切れかかった瞬間に倒す」
「オッケー! りょーちん!」
アリスの召喚魔法「オールマイト」。
使った瞬間、俺のデフォルメされたキャラが現われた。
見た目はぬいぐるみにデフォルメされた俺だが、能力は俺とまったく同じだ。
「それじゃいくぞ――せーの!」
俺のかけ声で、俺と、りょーちんが同時に自分に加速弾をうった。
召喚したアリスを置き去りにした、加速した世界。
俺は一階、りょーちんは二階にいるユニゾンツインをさがして駆け出した。
すぐに見つけた。
ユニゾンツインは加速した世界の中でのろのろと動いていた。
加速弾の効果時間は分かってる。
それが切れるまでに、まずは削った。
肉弾戦で、ユニゾンツインを削った。
時間稼ぎからの「リペティション」は使わなかった。
分身は倒したけど、それはまだ倒した内にはいらないからだ。
けずった、とにかくけずった。
加速した世界の中、ユニゾンツインは反撃すらできずに、一方的にボコられた。
そして、加速弾が切れる瞬間――全力でトドメをさした。
時間が元に戻って、ユニゾンツインが消える。
その場で少し待つ、復活してくることはなかった。
更にまつ、さっきだとあきらかに復活したのが、してこなかった。
「やほー」
下の階からアリスが上がってきた。
俺に親指をたてて、向こうも復活してない事をアピールしてきた。
「ふう……」
やっかいな形になったモンスターを倒して外に出ると、冒険者達は歓声で俺とアリスを出迎えてくれたのだった。