241.宴会
「花見をしようよ!」
朝、みんなが集まった食堂で、アウルムがぶち上げるように言った。
ミニ賢者のミーケを膝に乗せて眼をきらきらさせているアウルムに、仲間全員の視線が集まる。
「花見?」
「うん! 人間って春に花見をするもんだって聞いたの、それをやりたい!」
「こっちにも花見なんてあったのか」
つぶやきながら、何となくエミリーの方を見る。
「あるですよ。私のお母さんはお花見大好きでした。毎年友達のみんなと花見をしていっぱいお酒を飲んでたです」
「あら? エミリーのお母さんって、前聞いた時は一年中ダンジョンに籠もってる様な人だったけど、花見もするのね」
「お友達のみんなをさそってダンジョンの中で花見するです」
「それは……ただの宴会?」
みんなが普通の食事をする中、一人だけニンジンをガジガジかじってるイヴが無表情で聞き返した。
「ハイです! お母さんは宴会が出来る花見が大好きなのです。あっ、ダンジョンスノーが降る階を選んでやってたですよ?」
「そりゃ花見じゃなくて雪見だ」
「なんか楽しそう! ねえ、花見しよう!」
エミリーの母親の話を聞いて、ますます花見に興味をもつアウルムだ。
元々ダンジョンの外の世界を知りたがりな彼女、地上の恒例行事には心惹かれるものがあるのだろう。
アウルムだけじゃない、いつの間にか全員が俺を注目していた。
やりたいけど決めるのはリョータ。
みんなそんな顔をしていた。
もちろんこういうイベントに否はない。
「よし、やろうか」
歓声が上がったのを、ひとまず止める。
「そのかわりちゃんと仕事してからだ。特にアウルムはダンジョンに戻らないとな」
「わかった! 花見のために仕事頑張る! 行こうミーちゃん!」
「わわわ!」
アウルムはミーケを捕まえたまま食堂から飛び出した。
よほど花見がしたいんだな。
「私、お花見の料理を作るです」
「お手伝いします」
冒険者ではない、エルザがエミリーの協力を申し出た。
「花見は……場所取りが必要なのかな?」
こっち世界の花見はまだ分からなくて、それをみんなに聞いた。
するとファミリーの知恵袋のセレストが答えてくれた。
「そうね、ちゃんと場所取りをした方がいいわ」
「あたしがやる」
アリスが乗り気で場所取りを買って出た。
「いいのかアリス?」
「うん、だってあたしが一番退屈しないから」
そう話すアリスの肩で仲間のモンスターがわいわいしていた。
ガチャポンに入っているような、デフォルメされた見た目のモンスターたち、アリスの仲間。
たしかに、アリスがファミリーで一番場所取りの退屈さとは無縁だな。
「じゃあ頼む」
「うん! まっかせて」
「セレスト、イヴ、それにレイア。俺たちは食材を集めよう」
「わかったわ。エミリー、リストを頂戴」
「リストが出来るまで、まずニンジン」
こうして俺たちは花見にむけて、それぞれ動き出すのだった。
☆
シクロの外れにある、普段はほとんど人が通らない場所。
サクラの木が群生していることで、年に一度、この時期だけ人がごった返して賑わっている。
その一角、見晴らしのいい場所に、広いシートを敷いたアリス・ワンダーランドが座っていた。
周りの者と同じく場所取りをしている彼女は、シートの上で仲間モンスターと遊んでいた。
全部がデフォルメサイズになっているモンスターたち。
スケルトンのホネホネ。
スライムのプルプル。
小悪魔のボンボン。
ニードルリザードのトゲトゲ。
マスタードラゴンのガウガウ。
人形劇ができる程のバラエティ豊かなメンツと一緒に、アリスが喋ったりじゃれ合ったりしていた。
そんな彼女のところに、見知らぬ一団が近づいてきた。
「おめえのせいだぞ。出遅れたからほら、もういい場所空いてねえじゃねえか」
「俺だけのせいか? そもそも場所取りするっつったのに寝坊したお前がわるいんだぞ」
「俺もそう思うぞ」
「ちっ、わかったよ。だったら俺がなんとかしてやる」
「なんとかってどうするんだよ」
「まあみてろ」
いかにもガラの悪そうな一団のうちの一人が、周りをぐるっと一通り見回してから、にやり、とした顔でアリスに近づいてきた。
「おいお前」
「うん? なあに?」
「ここ譲れ」
「えー、ダメだよ。ここはあたしと仲間達で花見をするための場所なんだから」
「いいから譲れ、なっ」
男は足を上げて――ドン! と地面を踏んだ。
地面がえぐれて、土があたりに飛び散った。
「おー」
威嚇行為なのだが、アリスは威嚇された様子はまったく無い。
「こっちが優しく話してる内に、なっ」
「ごめんね」
アリスは即答した。
「ここは仲間のみんなと花見をするところなんだ」
「ああん?」
男がドスのきいた声を上げて、アリスを睨んだ。
「お、おい……あの子ってまさか」
「間違いない、リョータ・ファミリーのドラゴンマスターだ。やべえぞあれ」
男の仲間達がアリスをみてひそひそとつぶやいた後。
「お、おい。その辺で――」
と、止めに入った。
「おう、もうちょっと待ってろ。今場所作るからよ」
仲間達の制止と強ばった表情に気づかず、男は再びアリスの方を向く。
「もう一度言うぞ、この場所をわたせ」
「ごめんなさい」
アリスはあくまで平然とした様子で断った――その直後。
男はアリスの襟を締め上げた。
「調子にのってんじゃねえぞガキ女、こっちが優しくしてりゃつけあがっ――ぷげっ!」
男が吹っ飛んだ。
アリスの後ろから突進してきた丸い物体に当たって吹っ飛んでいった。
「プルプル! ってみんな!」
振り向くアリス、そこに彼女の仲間モンスター達がいた。
それは直前までの小さな、デフォルメされた愛らしい姿じゃなく、元のサイズのモンスターであった。
モンスター達は全員が殺気立っている。
アリスが止めるまもなく、スケルトン、スライム、小悪魔、ニードルリザードが飛びかかっていき、男をぼっこぼこにした。
マスターのアリスにした侮辱的な行為に、モンスター達がぶち切れた格好だ。
「みんなもういいから、ちょっとガウガウ!」
当のアリスが止めても止まらなかった、それどころか元のサイズに戻ったマスタードラゴンが、その巨体から業炎をはき出した。
炎が男に向かって飛んでいく、周りから悲鳴があがる。
空間すら焼き尽くす程のマスタードラゴンの炎、だれもが最悪の事態が頭によぎった――次の瞬間。
乾いた音がして、男の前に氷の盾ができあがった。
何重にも渡って張り巡らされた氷の盾はマスタードラゴン・ガウガウの炎を防ぎきった。
それでもぶち切れ状態から戻らないガウガウ、巨体から鋭い爪を振り下ろす。
――どん!
地響きするほどの一撃は、しかし割ってはいった男にとめられた。
「リョータ!」
アリスが叫ぶ。
男の出現に、あたりがざわつき、同時に安堵した。
☆。
手がしびれてズキズキする。
とっさに割ってはいって止めはしたが、ガウガウの一撃はさすがに重かった。
さすがドラゴン種、ダンジョンマスターに匹敵するといわれるマスタードラゴンだ。
その一撃を止めるのに全力を出さざるを得なかった。
「ぐるるるる……」
ガウガウはまだ血走った目で俺を睨み、次の攻撃に入ろうとするが。
「その辺でやめとけ、アリスが悲しんでるぞ」
そう言うと、ガウガウはハッとして、アリスをみた。
仲間モンスターの暴走に悲しむアリス。
ガウガウ、そしてほかの四体はそろって申し訳なさそうな顔をして、デフォルメされた小さな体に戻った。
全員がシュンとして、アリスの前に並ぶ。
アリスは彼らを撫でて。
「悪い子だったね。でもいい子いい子」
そう言って撫でると、モンスター達は全員、一斉にアリスにじゃれついた。
こっちはいいとして――俺はボコボコにされた男の方を向いた。
「悪かったな、大丈夫か?」
「――てめえ何様のむぐっ!」
男は怒鳴ったが、すぐに仲間らしき者に羽交い締めにされ、口を塞がれた。
「あれ? ヨーダさんどうしたですか」
「なんか戦った後みたいになってるわね」
横から声がした。
そっちを向くと、エミリーからミーケまで。
ファミリーの仲間達が勢揃いしていた。
何がどうしたのかって俺も聞きたいところだが――。
「むぐっ!」
「ばかお前やめろ。相手の事を知らないのか?」
「相手はあのリョータ・ファミリーだぞ。三人の精霊付きがいるグループなんだぞ」
「まともならお前今頃消し炭だバカ!」
アリスと絡んでた連中が何か言い合いながら、もつれ合ってそそくさと立ち去っていった。
「なにがあったんだ?」
「んとね、ここの場所を譲ってくれって言われたの」
「ああ……」
なるほどそういうことか。
がらの悪い連中、まだ幼さが残るアリス一人。
何となく話が分かった気がした。
「わるいななんか」
「ううん、大丈夫」
「低レベルの上にチビ、舐められるの仕方ない」
「そうね、こういう時見た目は大事よね」
イヴとセレストがそう言いながら、アリスが席取りしたシートに上がった。
「こうしたら舐められないですむかな」
パチン、と指を鳴らすアウルム。
次の瞬間、シートが黄金になって、それを抑える重しも黄金の像になった。
一瞬でキンキラキンになった俺たちの花見スペース、思いっきり注目を引いた。
「これなら舐められないで済むです」
「別の意味で舐められると思う」
「それよりも花見花見!」
アウルムはハイテンションでシートに上がった。
無邪気にはしゃぐ子どもの様なその姿に、まいっかと思った。
仲間が集まった花見。
花は綺麗で、エミリーの料理も美味くて、初めての花見ではしゃぐアウルムのテンションで、全体的に楽しかった。
「舐められる、かあ。あたしも精霊付きになったら舐められないですむかな」
花見で盛り上がる中、アリスはこっそり、決意を固めていた。