239.ミーケ・アウルム
テルルダンジョン、地下一階。
俺は観戦モードになって、ミニ賢者の戦闘を見守っていた。
レベルカンストしたミニ賢者は強かった。
剣を使った近接戦闘が出来て、魔法も攻撃・補助・回復と、一通り使える万能っぷりだ。
何でも出来るし強いのだが、強いていえば何でも出来るけどどれも「きわめてる」レベルから程遠くて、器用貧乏な感じがする。
そのミニ賢者がスライム相手にもやしをどんどんドロップさせていた。
「驚いたな」
「うん……ああセルか」
いきなり真横から声が聞こえて振り向いたら、ダンジョン協会長のセルが並ぶ様に立っていて、ミニ賢者に視線を向けていた。
「噂を聞いてやってきてみれば、予想以上の光景ではないか」
「そうか?」
「人間に飼われたハグレモノがダンジョンに舞い戻る事が既に前代未聞、それが冒険者と同じように生産している姿など想像すらしたことがない。……下の階にもいけるのか?」
「ああ、ミニ賢者」
俺が呼ぶと、戦闘をちょうど終えたばかりのミニ賢者がこっちに向かってきた。
「なんですか?」
「余の名はセル・ステマ。シクロダンジョン協会の協会長だ」
「えっ? あっ、ミニ賢者のミーケです。よろしくお願いします」
「問いたいことがある、階層移動は出来るのか?」
「はい……」
それがどうしたんだ? って感じで答えながらセルを見る。
「ダンジョンから出たり入ったりは?」
「できます、けど……」
「やってみてくれるか」
ミーケは若干戸惑った表情で俺を見た。
セルがなぜそれを聞くのか俺にも分からないが、とりあえずミーケに言った。
「見せてやってくれ」
「わかりました」
ミーケは歩き出して、ダンジョンの入り口に向かった。
入り口にやってきたミーケは、さっきと同じようにダンジョンの中と外を反復飛びするように出たり入ったりした。
「……凄まじいな」
「え?」
「このようなハグレモノなど聞いたことがない。ダンジョンマスターでさえ階層移動は出来るが外にはでれないのだ」
「なるほど」
ふと、アウルムの事を思い出す。
ダンジョンマスターよりも更に上位の存在であるアウルム、彼女でも自力でダンジョンから出ることは不可能なのだ。
だから毎回金塊に変えては連れ出して孵し、俺が忙しい時は送迎出来なくなったりと。
彼女の願いをかなえてはいるが、完全には……って状況だ。
「それを考えたらミーケはすごいな」
「すごいなどというレベルではない。そして真にすごいのはそうさせたサトウ様である」
「ミーケ、もういいぞ」
「はい」
ミーケはそう言って、ダンジョンの外から戻ってきた。
そこに一匹のスライムが飛びついた。
ミーケの死角から飛び込んだ体当たり攻撃、不意をつかれたミーケはスライムともつれ合った、転んでダンジョンの外に出た。
ダンジョンのそとでもつれ合って一緒に転んだ後、ミーケはスライムを蹴り飛ばした。
そのまま「イラプション!」と攻撃魔法を詠唱して、スライムを一撃で倒す。
「ふう……びっくりした」
「大丈夫かミーケ」
「大丈夫です、いきなりの事でびっくりしただけです。相手ただのスライムだったし」
「なるほど」
パッと見けがもしてないし、本人が自己申告した通りの出来事だったし。
ちょっとしたハプニング、それで話は終わり――
「なぜ?」
――の、はずだった。
ミーケと一緒に振り返り、ダンジョンの中に戻ろうした俺たちを待っていたのは、死ぬほどびっくりしているセルだった。
「うん、どうしたんだ?」
「なぜ、消滅しない」
「え?」
俺はミーケを見た。見あげてくるミーケと目があった。
「いや消滅しないのは説明したし、さっきから見せてるだろう」
「ちがう、ミニ賢者の事ではない。スライムだ」
「スライム? ――あっ」
俺はハッとした。
そうだ、スライムだ。
ミーケはスライムを倒した――ダンジョンの外で。
モンスターはダンジョンから出ると消滅する。
ユニークモンスターで特殊能力がついたミーケはともかく、スライムは出た瞬間消滅したはずだ。
でも消滅しなかった。
ミーケが蹴り飛ばして、呪文を詠唱するまで普通に存在してて――普通に倒された。
「どういうことだ?」
「その子の能力かもしれぬな」
「私の?」
びっくりするミーケ、そうかもしれない。
「テストしてみよう。さっきと同じ状況の再現――いや」
もっと本質的な所を見た方がいい。
「スライムを捕まえて、そのまま外に出てみよう」
「はい!」
「ああまとめてやろう。二匹捕まえて、一匹は外に投げる、もう一匹は捕まえたまま外にでる」
「わかりました」
俺はいつもの能力テストモードに切り替えて、案を出してミーケに指示した。
セルと一緒に再び洞窟の中に移動して、ミーケのテストを見守った。
指示通り、ミーケはスライムを二匹捕まえた。
拘束の魔法を掛けて動けないようにしてから、捕まえてダンジョンの入り口に向かう。
そのまま一匹を投げた――スライムは消滅した。
まるでそこに何かがあるように、入り口をくぐった瞬間スライムは跡形もなく消滅した。
ミーケはおれの方を不安げに見た。
「大丈夫だ、次」
「――はい!」
俺に言われて不安が取り除かれたミーケは気を取り直して、って感じでもう一匹のスライムを捕まえたまま――持ったまま歩き出した。
そのまま入り口をくぐると。
「わああ」
「ふぅむ」
声を上げるミーケ、唸って小さく頷くセル。
ミーケが捕まえたままのスライムは消滅しなかった。
「これってどういう事ですか?」
「つまり、ミーケが触れてるモンスターは外に出ても消滅しない訳だ。多分だけど階層を跨ぐのもセーフだ」
「試してきます!」
ミーケは風の如くダンジョンに飛び込んで、すぐに戻ってきた。
「リョータ様!」
ほめて欲しそうな子犬の様な目で差し出したのは眠りスライム。
地下二階に生息してるモンスターだ。
地下二階からここまでつれてきた、つまり――。
「階層はまたげるってことか」
「はい!」
「すごいな」
「いや、すごいのはサトウ様であろう」
セルが割り込んできた。
「そうか?」
「ユニークモンスター、つまり突然変異種。それは今までもそれなりに数はあった。が、それらは全て『モンスター』の枠内にあった。モンスターである以上ダンジョンと世界の理から逃れられないままだ。その枠を取り払ったのはサトウ様で、真にすごいと称えられるべきはやはりサトウ様だ」
「リョータ様すごいです!」
セルとミーケの二人に称えられて、ちょっとむずがゆかった。
悪い気はしないけど恥ずかしいから話をそらそう。
そう思って話題のためにさっと周りを見回すと、夕焼けが目に入った。
そろそろ一日も終わり、ブラック企業から解放されたおれは夜は仕事しないから、そろそろ帰宅する時間だ。
帰宅して、アウルムを迎えに行って、そして――
「むっ」
「どうしたのリョータ様」
小首を傾げて聞いてきたミーケ。
しばしの間じっと見つめてから、セルに向かって、
「精霊持ち、一人増やすかも知れない」
「ほう」
セルは驚くことなく、「それは誰だ?」って感じで見つめ返してきた。
「ミーケだ」
俺はミーケをアウルムの部屋に連れて行った。
ミーケに手を引かれて、アウルムを屋敷に連れて帰った。
今まで俺に倒され、ハグレモノとして孵る、という手順を踏んでの送迎だったのが。
ミーケだと手をつなぐだけで出来た。
これにアウルムは大いに喜び。
精霊付き、ミーケ・アウルムが誕生したのだった。