237.たった一体のモンスター
フィリンのダンジョン協会、会長室。
マオは俺の膝の上に座ったまま、書類を読みあげていた。
「ボドレー・リョータでテストをさせてみたの。実験だから誰かのペットのハグレモノはつかえなかったの、新しく孵したハグレモノを使ったの」
「それはいいんだけど、なんでこの姿勢なんだ?」
「結果、同じAランクでもユニークモンスターにならなかったの」
「そこは無視なのか」
ぼやきつつ諦めて、マオの報告に耳を傾ける。
「でもあなたのAランクを飲ませたら一晩でユニークモンスターになったの」
「そうなのか?」
「はいなの! 例外なく全部なったの。同じAランクでもあなたのボドレーはどこか違うの」
なるほどな、と俺は思った。
Aランクとマオはいうが、それはSランクという概念がこの世界の人間にはないから。
初めてエミリーとあった時、ステータスをみた事を思い出す。
エミリーは俺のSを見て、Fよりも遥かに下だと判断してた。
順番的にそれは正しいのだが、こういう場合SはAの上だと俺は知ってる。
そしてそれは正しかった。
今回もそうだろう。
マオは常識でAランクだと格付けしたが、俺がドロップさせたボドレーはSランクなんだろう。
Sランクのボドレー、効果はモンスターをユニーク化する事。
「念の為BランクからEランクまでテストさせたの、でも同じだった」
「ふむふむ」
「あなたのは特別……スペシャルなの。だから……その……」
マオは俺の膝の上に乗っかったままもじもじして、なにやら言いにくそうにした。
「うん?」
「あまり、普通の買い取り屋に売らないでくれると助かるの」
「なるほどな。特殊効果のついた酒、ダンジョン協会を預かる立場として広めないで欲しいと思うわけだ」
「はいなの……」
「分かった。ならこの先も、俺が自分で使う分だけを取る。それでいいか」
「はいなの!」
ダンジョン・協会運営の話なのに、マオは無邪気に笑ったのだった。
☆
モンスター――もといユニークモンスターの村、リョータ。
フィリンを出て、転送部屋を経由して、ここにやってきた。
「おはようございます」
村に入るなり、一体のモンスターが話しかけてきた。
頭の部分が極端にでかい粘土人形、愛嬌のある見た目だが、喋ってるのに表情がまったく変わらない、ちょっとしたホラーだ。
「その声は……クレイマンか」
「はい」
「なるほど、お前はそうなったか」
クレイマン、直訳で泥人間。
ユニークモンスターになった彼はこうして粘土人形みたいな見た目になった。
「加速弾は無事再生してます」
「分かった。それよりもみんなの様子はどうなんだ?」
聞くと、クレイマンは深々と頭を下げた。
「リョータ様のおかげでみな、ユニークモンスターになれました」
「みんなって、全員がか?」
「はい」
「なるほど」
やっぱり俺のボドレーだとユニーク化するんだな。
「ユニーク化してスキルや能力の変化があって、最初はみんな戸惑って仕事の効率が下がっていたのですが」
「その言い方だと結果的に上がったらしいな」
「はい。自分の新しい能力を把握した後は軒並み戦闘力があがりました。平均で倍、最高で三倍近くあがったものも」
「なるほど」
「これも全てリョータ様のおかげです」
クレイマンは再び腰を深々と下げた。
語気的にものすごい感謝してるのが伝わってくるが、やっぱり表情が変わらない粘土人形姿はちょっと不気味だ。
「適当に加速弾回収して、村みて帰るから、そっちも自分の仕事に戻っていいよ」
「わかりました」
立ち去るクレイマン、俺は一人で村の中を見て回った。
ついこの間までモンスターだらけだったが、一部かぶってる見た目なのがあった村だが、今日は完全に全員違った見た目をしている。
姫騎士に乱暴しそうなオークがメルヘンな絵本子ぶたになったり、スライムが人間になったりと、バラエティ豊かな村になった。
もちろん、能力も上がっている。
散歩気分で歩きながらざっとみるだけで強くなってるのがはっきりと分かる。
これでモンスター達ももうちょっと過ごし易くなるかな――なんて思っていたその時。
「――あっ」
一体のモンスターと目があって、そいつがいきなり逃げ出した。
「あれは……ミニ賢者か。あれ?」
そう言ってから俺はおかしい事に気づいた。
ミニシリーズ。
プラチナダンジョンに生息しているモンスター。
ゲーム的な「ジョブ」を模したモンスターで、二頭身から三頭身ほどのモンスターだ。
見た目はなんというか、90年代後半の三頭身ゲームキャラって感じだ。
それはいい、まったくいい。こういう世界だから慣れた。
問題なのは、そのミニ賢者が「俺の知ってるミニ賢者」だってことだ。
「ユニークモンスターじゃない?」
気になった俺はミニ賢者を追いかけていった。
そいつは必死に逃げるが、あっという間に追いつかれた。
先回りした俺の足に顔から突っ込んでいく形になって、
「ぷにょ!」
と、変な声を上げて尻餅をついてしまった。
「大丈夫か」
「だ、大丈夫です。あっ――」
ミニ賢者は鼻をさするが、手を差し伸べた俺を見て固まってしまった。
「リョ、リョータ様」
「俺の事をしってる。今日流れてきたモンスターじゃないな?」
「はい……」
「なんでユニークモンスターになってないんだ?」
「……」
ミニ賢者はうつむいてしまった。
「酒飲めなかったのか?」
「…………う」
「う?」
「うわあああああん!」
ミニ賢者はいきなり泣き出した。
わんわんと泣き出してしまって、それが周りの注目を集めた。
俺は決まり悪くなって、必死にミニ賢者をなだめた。
☆
「ぐすっ……ごめんなさい。リョータ様にご迷惑を」
「いやそれはいいんだ」
村の外れ、大岩の上で肩を並べて座る俺とミニ賢者。
俺は普通に足を地面について座っているが、ミニ賢者は足が岩のまん中くらいまでしかなくて、その足をぶらぶらさせていた。
「それよりも落ち着いたか?」
「はい……」
「そうか。気を悪くしたら悪いが聞かせて欲しい。酒を飲んだのに変化がなかったのか?」
「そうです」
「しかしクレイマンは俺に、全員ユニークモンスターになった、といったぞ?」
「隠れてました」
「うん?」
「最初は普通にいたけど、周りのみんなが全員変身して、私だけ変身しなかったので……つい隠れてしまいました」
「ああ……」
いたたまれないのな。
何となく分かる。
周りがみんな上手くいってる時に自分だけそうじゃない時は、その場にいるのさえもいたたまれなくなっちゃうんだよな。
「いくら待っても変身しないし、このままだと村にもいられないって思って……」
そんな事気にするな、というのは簡単だ。
実際そう思うし、別にユニークモンスターじゃないからこの村にいてはいけないなんて事はない。
だが、本人はものすごく気まずく、気後れするだろう。
恵まれない、報われない者を見て見ぬ振りをすることは出来ない。
「もっと飲むか?」
「え?」
「それか俺の所にくるか?」
「リョータ様のところ?」
「ああ、俺の屋敷だ。確かユニークモンスターは、本来なら飼われて、その人の魔力か何かを長年受けて、それで変化したものらしいな」
言いながら、付喪神みたいだって、説明を聞いて抱いた感想を思い出した。
「だったら、しばらく俺の屋敷でくらすといい。それでユニークモンスターになるかもしれない」
「い、いいんですか?」
頷く俺。
むしろ俺がよくない。
こういう相手を放っておくなんて無理だと、俺は強く思ったのだった。
☆
ミニ賢者はみんなにうらやましがられて送り出された。
ほとんどのモンスターが「リョータ様の屋敷で一緒に暮らせるなんていいな」と言っていた。
そんなミニ賢者を連れて、インドールに戻った。
アウルムのダンジョンに入って、転送部屋で屋敷に戻ろう……と思ったけど。
「やべ、やっちゃった」
ミニ賢者はハグレモノ、モンスターだ。
モンスターは自分の階層にしか存在出来ない。
例外としてハグレモノはほかの階層・ダンジョン、そしてダンジョンの外にも存在出来るが、ダンジョンに出入りしたり階層を跨いだりすると消滅してしまう。
それをついうっかり忘れて、いつもの様に転送部屋を使おうとここに連れて来てしまった。
「ごめん、これは俺が全面的に悪い。ケルベロスに乗せるから、いったん村に戻ろう」
ケルベロスなら毎日「散歩」でシクロとリョータの間を往復してるから、それに乗せよう。
そう思ってミニ賢者に言った、が。
「……」
ミニ賢者はアウルムダンジョンの入り口をじっと見つめた。
「どうした」
「……呼んでる」
「え? ちょっと待っ――」
俺が手を伸ばすよりも早く、ミニ賢者がしっかりとした足取りでダンジョンに向かって行った。
そして、なんの躊躇もなくダンジョンに踏み込んだ。
「なっ!」
慌ててダンジョンに入る俺、瞬間、まったく違う場所に飛ばされる。
「そうだった! ローグダンジョンだった!」
アウルムはローグダンジョン、出入りする度にダンジョンの構造が変わる。
それを忘れて入ってしまって、ダンジョン内のどこかに飛ばされたのだ。
うっかりが多いな。
それよりもミニ賢者……いやもう手遅れか。
ハグレモノはダンジョンに再び入った瞬間に消滅する、それはこの世界の理なのだ。
「はあ……」
俺はため息をついて、止められなかった反省をしながら、屋敷に繋がってるゲートを探す事にした。
「イラプション!」
「え?」
離れた所で声が聞こえた、聞き覚えのある声。
それに釣られて走り出した俺、声の場所に辿り着くと、そこにミニ賢者がいて、アウルムのモンスターの小悪魔と戦っていた。
ダンジョンに入っても消滅しなかった?
「……もしかして」
見た目は変わってないけど、既にユニークモンスター?
Sランクボドレーはしっかり効果がでてて、そういう能力を持ったユニークモンスターになったのか?
と、俺は思ったのだった。




