234.亮太のためのルール
シクロダンジョン協会、会長室。
顔をつきあわせて待っている俺とセルのいるそこへ、セレストがやってきた。
秘書に案内されて部屋に入ったセレストは俺の横に座った。
「一通り、シリコンの全階層を回ってきたわ」
「お疲れ、悪いな任せてしまって。知識はセレストの方が俺よりも上だから、確認に向いてると思ったんだ」
俺がそういうと、セレストはちょっとだけびっくりした様な表情をして、頬に赤みがさした。
「……いいのよ。仲間なのだから、こういう時は頼ってくれた方がうれしいわ」
「ありがとう」
「して、どうだった」
セルがセレストを急かす。
ダンジョン協会長、責任者としてシリコンの変化が気になるんだろう。
「結論から言うと、今までのシリコンのままだわ。全階層、物理無効で魔法だけ通るのが確認できた」
「そうか」
「ドロップの種類の変化は二箇所、質の変化は一箇所、他は今まで通りで」
「大勢では変化なし、という訳か」
セルの言葉にセレストが頷く。
「最小限の回数で戻せたのが幸いしたのかも知れない。これは推測なのだけれど」
「なにはともあれ、今まで通りの生産でいいというわけだ」
「ええ、攻略、周回共になんら変化はないわ」
セレストが言うと、セルは俺を見て、静かに頭を下げた。
「これもサトウ様のおかげだ」
「無事戻せてよかったよ」
「早速再開の告知を出そう……それから再発防止の方案も考えねばな」
「禁止するのか? 品種改良を」
「……」
セルは黙ってしまった。
その気持ちはなんとなくわかる。
「変化がないのはよくないもんな」
「サトウ様ならそう言ってくれると思っていた。そう、変化がないのはよくない。サトウ様が常に新しい戦い方を模索するのと同じように、変化がなければ人間は成長しない」
「適度な品種改良は必要ということね」
「今政治的に動かしている、サトウ様に変えてもらおうとしている造幣のダンジョンもそうだ。変化は必要なのだ」
「……そうだな」
俺は頷いた。
俺自身常にダンジョンでトレーニングを続けているから、言わんとする事がよく分かる。
「禁止じゃない制限、それも厳しい制限が必要だな」
「うむ。もっと言えば誰もが納得する制限だ」
「うーん、難しいわね。だれもが納得するとなると」
セルとセレストは揃って難しい顔をした。
俺は少し考えて、一つの案を思いついた。
「精霊付きはどうだ?」
「……そうか!」
一瞬で理解するセル、さすがにできる人は違うな。
「それって、精霊付きの人だけやっていいにするってこと」
「基本精霊付きって実力者、それも飛び抜けた実力者って認識だろ?」
「そうね、それくらいの実力者じゃなかったら品種改良はしちゃいけないって風にすればいいんだわ。今回の事故でみんなそれには納得するはずよ」
「ってことだ。どうだ?」
「……」
「セル?」
セレストとの会話が終わってセルに水を向けたが、彼はなにやら考え込んでいた。
「どうしたんだろう、難しいのかしら」
「さあ……」
セルの様子をしばらく見守ってると、彼はパッと顔を上げた。
「二人にしよう」
「二人?」
「うむ。精霊付きは二人にしよう。二人いなければダンジョンマスターを使っての生態変化は禁止とする」
「ハードルがメチャクチャ上がるな」
「というより……」
「うん? どうしたセレスト、俺をじっと見て」
「今、精霊付きが二人以上いるファミリーってうちだけなのよ」
「そうなのか!」
「うむ。もともと少ないのだ精霊付きは。大抵はそうなった者は独立して、一国一城の主になっていたりするのだ。もっと言えばそれほどの人間、大抵は気が強かったりして他とは協調性が悪い」
「なるほど」
それは何となく分かる。
レベッカ・ネオン。
ちょっとしか会った事はないが、それでも気が……というか我が強い人なのはよく分かった。
「つまり、この条件だと実質、リョータさんしかできなくなるわ」
「それだとどうなんだろうな」
俺は苦笑いした。
一方で、セルはにやりと笑った。
「サトウ様しかしちゃいけないなんて言わない。精霊付きを二人揃えてくればいいのだ」
そうとだけ言ったセルだが、「やれるものならやってみろ」という幻聴が聞こえた気がした。
ルール的にはまったく問題ない、むしろ当たり前の施策だ。
危険なことなのだから、複数の実力者の同意・協力の上で行う。
至極真っ当なはなしだ。
「ではこの方向性で新しい決まりを作ろう」
こうして、シリコンの一件を経て。
実質「リョータ法案」と呼ばれるルールが出来てしまうのだった。