233.五分間クッキング
シリコンダンジョン、地下一階。
がらんとして冒険者がいないダンジョンにやってきた俺とエミリー、そしてセレストの三人。
「モンスターいっぱいなのです」
「見た目は……変わってないのね」
ファミリーの歩く辞書、セレストがモンスターをみてそう言った。
シリコン地下一階の芋虫、ティッシュ箱大の芋虫は、前に地下三階で見たのと同じようなヤツだ。
「そうみたいだな。前に人助けをした時と同じようにみえる」
「あの時は大変だったです」
「エミリーのおかげで助かったよ。さて、とりあえず状況確認。頼めるかエミリー」
「はいです」
エミリーはハンマーを担いで前に出た。
130センチの身長に2メートル超の超巨大ハンマー、相変わらずアンバランスだが。
「風格が出てきたわね」
「やっぱそう見えるか」
「ええ。彼女の場合ここから更にスイッチが入るのよ」
「へえ?」
スイッチが入るというのに興味を惹かれて、エミリーを見つめた。
空気が変わった、エミリーの表情が一変した。
いつも穏やかでファミリーのお母さん的な存在だったのが、一瞬にして歴戦の勇者のような空気を纏う。
エミリー印のハンマーをグルン、グルンと風切り音を立てて回して、芋虫に飛びかかった。
「やあああああ!」
真っ向から振り下ろされるハンマー、ドゴーン! と爆音の後地響きが鳴る。
芋虫の足元の地面が蜘蛛の巣状にひび割れた、が、とうの芋虫にはまったく効いてないようだ。
「――はああああ!」
更に気合を込めるエミリー、蜘蛛の巣状にひび割れた地面が更に一段階進んで、文字通り「粉々」になって、その分の空間がクレーターの様になった。
エミリーは地面を蹴って大きく後ろに跳んで距離を取った、諦めたのかと思った直後にハンマーを軽く一振り――した瞬間。
ドーーン!!!
クレーターを中心にものすごい爆発が起こった。
「魔法を使えたの?」
「いや、あれは粉塵爆発だ。地面をあそこまで粉々にするのってすごいな……」
感心していると、爆炎が徐々に晴れて、芋虫が姿を現わした。
炎の中、這って向かってくる芋虫。
「うう、まったく効かないです」
「仕方ないさ。次はセレスト……頼めるか」
「ええ、やってみるわ」
エミリーと入れ替わりに、今度はセレストが前に出た。
エミリーと違って飛びかかったりせず、手をかざして静かに詠唱した。
「インフェルノ」
「……あれ、何もでないです」
「本当だ、詠唱したのに魔法が発動してない。まだ魔力嵐中なのか?」
俺とエミリーは同時に首をかしげた。
一方で魔法が不発のセレストは動揺することなく、魔法詠唱を続けていた。
「インフェルノ!!」
さっきよりも気合の入った詠唱の後、業炎が渦巻き、芋虫を呑み込んだ。
「ちゃんとでたです。ってすごいです、ちょっと前よりも魔法が強くなってるです」
「なるほどそういうことか」
「どういう事なのです?」
「二回目のインフェルノを唱えた直後に、わかりにくいが炎の発生が二回あった。多分一回目の発生を遅らせて、タイミングを合わせるやり方なんだろう」
みたままの事と感想を口にすると、セレストが振り向き、顔を赤らめながら言ってきた。
「さすがね。一目でそこまで見抜けるなんて」
「タイミングを合わせると火力がより上がるのか?」
「ええ、1+1で2倍じゃなく、10倍くらいになるわ」
「200ってことか」
セレストとエミリーはきょとんとした。
元の世界の小ネタは通用しないのはいつもの事だから、俺は適当にごまかした。
業炎の中、芋虫がケロッとした様子で姿を見せる。
「魔法もだめね」
「これは大変なのです」
セレストとエミリーは困った表情をした。
もともとシリコンは物理無効、魔法特効のダンジョンだったが、昨日の事故で両方とも無効になってしまった。
向かってくる芋虫に向かって消滅弾を撃った、こっちはきいて無事たおせた。
ドロップは紫キャベツ、相変わらず葉物のようだ。
「さすがヨーダさんなのです」
「そうね。でもそれじゃだめね」
「ああ、俺しか倒せないダンジョンじゃ生産力ががくんと落ちてしまう」
「戻すには……もう一回同じことをすればいいのね」
「そうだな」
俺はシリコンのダンジョンマスターがドロップした指輪を取り出した。
「それがダンジョンマスターのドロップなのです?」
「ああ」
「それを孵して、環境変化を起こすのね」
「そうだ。そこで頼みたいことがある。俺がダンジョンマスターと戦ってる間に芋虫を燃やし続けて欲しい。環境に変化が起きて、まだ魔法が効くようになったらすぐにダンジョンマスターを倒す。ランタンでやった事の再現だ」
「え? でもダンジョンマスターがでてるうちはモンスター消えるのよね」
「それなんだが……」
俺はドロップさせたばかりの紫キャベツを持って、ダンジョンをでた。
入り口のすぐ外に置いて、離れて、ハグレモノに孵す。
そして二人に言う。
「多分だが、ダンジョンの外なら大丈夫のはずだ」
「なるほどなのです!」
「考えたわね……」
「だめならダメで、生態が変わったタイミングは分かるんだ。くり返しかえす作戦に切り替えればいい」
「わかったわ」
「私が抑えてるうちに燃やすです」
「ええ、任せて」
ここは二人に任せて、俺は再びダンジョンに足を踏み入れた。入り口で二人と芋虫が見える場所でダンジョンマスターを孵す。
ここでもう一工夫。
ダンジョン全体が停まってしまうのは街の生産そのものが停まってしまう事でもある。
二人に芋虫のテストを同時にやってもらうのは少しでも早く戻すためでもある。
そのための手立てをもう一つ。
「レイア」
『わかりました』
俺と合体して、ずっと黙っていたレイアがアームを伸ばして、指輪に向かって「リヴァイヴ」を唱えた。
次の瞬間、モスラのダンジョンマスターが即座に孵った。
俺はまず自分に加速弾を撃って、それからダンジョンマスターにも加速弾を撃った。
しばらく使ってなかったから大量にストックのある加速弾を使う。
多分……これで生態変化も加速するはずだ。
ダンジョンマスターが孵って、そいつと戦った。
一度真っ向から倒した相手、そもそもが最弱のダンジョンマスター。
俺は適当に戦って、時間稼ぎをした。
その間も絶えず外を見る。
エミリーが抑えて、セレストが燃やしている芋虫を見る。
そっちの状況を常に確認しながら時間稼ぎをする。
最初の加速が切れた、すぐにまた俺と向こうの両方に加速をいれた。
そうしたのは、加速が有効だと判断したからだ。
すでに洞窟型のダンジョンの中が変わっている、壁やら天井やらがダンジョンマスターの影響でボロボロになってきてる。
そうして更に時間を稼ぐ。そして繰り返す事加速弾の9セット目……実時間で5分経過の所で――
「来たっ!」
芋虫が燃えはじめた。
セレストが放った業炎、今まで効かなかったのが、加速する俺の世界の中でもかなりのハイペースで芋虫が燃やされていく。
「リペティション!」
魔法を使って、一度倒したことのあるダンジョンマスターを瞬殺した。
ダンジョンマスターが倒れ、指輪をドロップし、ダンジョンの雰囲気が変わる。
「ヨーダさん!」
「リョータさん!」
「確認、頼む」
「はいです!」
「わかったわ」
二人はそれぞれのスタイルで、再び現われた芋虫をたおした。
エミリーの豪快なハンマーは相変わらず効かなかったが、セレストの魔法は前のように、芋虫を燃やす事ができるようになった。
「ふう、とりあえず戻ったか」
「ヨーダさんすごいです」
「ものの五分でダンジョンをまた変えてしまうなんて……」
ホッとした俺を、仲間達がほめて、ねぎらってくれた。