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231.ボドレー・リョータ

 一夜明けて、俺は泊まっている宿を出て、フィリンの街中をぶらついていた。

 相変わらず活気のあるいい街だ。


「やんのかおら?」

「てめえのその面が前から気に入らなかったんだよ!」


「おーやれやれー」

「さあ張った張った。『酒弁慶』ゴイスーと『酔剣使い』レックスのストリートファイトだよー」


 多少酔っ払い的なダメな盛り上がり方をしているようにも見えるが、それを含めて周りが楽しんでるから、やっぱいい街なんだろうな。


 エリックの依頼、品種改良も終わったことだし、そろそろシクロに戻らないと。

 観光とかは屋敷の転送部屋とランタンと開通させてからみんなを連れてくるとして、ひとまず別れの挨拶をと思って、ダンジョン協会に足を向けた。


「ん?」


 協会に近づくにつれ、違う種類の熱気を感じた。

 さっきの酔っぱらい達の熱気とは違って、しらふだが期待半分、そして不思議半分。

 そんな空気が満ち満ちて。


 更に近づくと、ダンジョン協会の建物の周りに観客が集まっているのが分かった。


 ダンジョン協会の建物の表に舞台らしきものが設置されている。

 そこはまだ無人だが、周りに観客が集まっている事もあって、これから何かがおきるというのは分かる。


「お疲れ様ッス」

「うん? テールじゃないか。ちょうどよかった、今から何が始まるんだ?」

「え?」


 目を見開いて、きょとんとしてしまうテール。


「しらないんッスか?」

「俺が知ってないとおかしい事か?」

「はいッス、だって――」


 テールが説明しようとしたら、その声は大勢の観衆の歓声にかき消された。

 歓声が向けられたのは設置された舞台、そこに幼い少女――フィリン協会長のマオが姿を現わした。


「今日は新酒発表会に集まってくれてありがとうなのー」


 両手を「わーい」って感じで上げるマオ、幼い外見と相まって愛らしさしか感じない。

 が、そのマオの言葉に歓声が更に大きくなった。

 新酒発表会……ああ、俺が品種改良したランタン二十階の新しい酒の事か。


 よく見れば集まってきてるのは冒険者がほとんどだ。

 なるほど、みんな新しい稼ぎが何になるのか気になるんだな。


「今日発表するのはランタン地下二十階のお酒なの。新しいワインなの」


 マオの発表に歓声半分、ざわざわ半分になった。


「ワインか」

「どんなのなんだろうな」

「何にしろ水ビールよりはマシだ」


 周りがざわざわする中、職員っぽい男が一人、ワインを瓶ごと持って舞台に上がり、マオに手渡した。

 マオはそれを受け取って、みんなに見える様に掲げて。


「これが新しいワイン、名前はボドレー・リョータなの」

「ぶほっ!」


 思わずふきだしてしまった。

 新しい酒の名前、まさかの俺の名前が使われていた。


「リョータはあのリョータ・ファミリーのボスだよな。ボドレーは?」

「たしか古い言葉で『絶対神の血』って意味だよ」

「すごい名前だな。そんなにいいワインなのか?」


 周りが名前にざわざわして、期待感が膨らみ上がってるのが強く伝わってきた。

 隣にいるテールも「すごいッス、ものすごくすごいッス」と語彙力がものすごい勢いで衰退している。


 マオの目配せで、ダンジョン協会の職員が一口大の紙コップにボドレー・リョータを注いで、その場にいる観衆達に配った。

 もらったものから口をつけはじめるが――歓声がそこから波のように広がった。


「すげえ」

「何これ……何これ……」


 観衆達もテール同様、語彙力がてきめんに低下していた。

 その波が広がりきったのを待って、マオが更に口を開く。


「このワイン、マオの採点で120点なの」

「「「おおおおお」」」

「ボドレー・リョータの買い取りは特殊な免許でする事になったの、市販の解禁日は一ヶ月後、みんなふるって免許を取って欲しいの」


 マオの言葉に更に沸いて、何人かの冒険者が我先争ってダンジョン協会の中に駆け込んだ。

 すごく……大人気だな。


     ☆


 協会室、マオと向き合って二人っきり。

 協会長の部屋だが、部屋の外からざわめきが聞こえてくるほど、冒険者達が盛り上がっているままだ。


「いろんな人にボドレー・リョータを試しに生産してもらったの」


 マオがニコニコ顔でいった。


「幅はあるけどどんな人でも100点以上を出せるすごいものなの。今までのワインがみんな時代おくれになったの。全部あなたのおかげなの」

「力になれてよかったよ」

「お礼にボドレー・リョータの売り上げの一部はあなたにあげるの」

「それは嬉しいけど……名前はどうにかならなかったのか?」

「何かおかしいの?」


 キョトン、と小首を傾げるマオ。

 小柄な姿と相まって愛らしく見えるが……。


「いや、自分の名前をこういう風に使われるのは恥ずかしいというか何というか」

「そこも含めて協力して欲しいの。このワインはブランド化したいの」

「ブランド化か」

「なの! 今だからはっきり言うの」


 マオは何故か眉をひそめて、不機嫌な表情になった。


「リョータ・タケノコは普通すぎるの。あなたの名前を使うならこんな風にもっと強くしなきゃなの。エリックおじさんはセンスゼロなの」


 いやボドレーもどうだろうか。

 絶対神の血……いや確かに強い事は強いけど。


「お願いなの。あのリョータが品種改良を手掛けたもの。だから最初から人気が出るの。『飲めば分かる』から『飲まなくてもわかる』になるの」

「そう言われると断りつらいな……」


 会社員を長くやってたから痛いほどよく知ってる。

 いいものでも――本当にいいものでも、知られないで埋もれていく事がよくある。

 今回のボドレー……ワインは間違いなくいいワインだ、それでも埋もれてしまう可能性はゼロじゃない。

 そのために「リョータ」を使いたいってことをマオはいってる。


 問題はない、そもそも俺が関わった事だ。

 後は俺が気恥ずかしさに耐えればいいだけだ。


「わかった。好きに使ってくれ」

「ありがとうなの!」


 マオは無邪気に笑い、抱きつかんばかりの笑顔を見せた。



 こうしてフィリンの一件は大成功に終わった。

 俺の名前を冠した新種のワイン、ボドレー・リョータはフィリンダンジョン協会の徹底的な管理によって、三ヶ月に一度の解禁日に良質のものだけを売り出すことで。


 ますますブランド化していき、常に発売日即完売という人気ワインになっていくのだった。

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