229.エンドレスワルツ
次の日の朝、フィリンダンジョン協会。
会長室で、俺はエリックとマオとの三人で顔をつきあわせていた。
「ダンジョンマスターが現われる時間が分かりましたの。明日のお昼なの」
「階層はどこですかな」
エリックがマオに聞く。
「予想通りランタンの20階なの。闇の忍びがいる階なの」
「やはり水ビールの階。この上無い格好なロケーションですな」
「うん、これなら失敗はゼロなの」
マオとエリック、二人の表情は明るかった。
ダンジョンマスターを利用して生態系壊しを企んでいるのにしては気楽すぎるんじゃ? ってちょっとだけ思った。
「水ビール? それに失敗がゼロってどういう事なんだ?」
「ご存じないの?」
「水のようなビールって事か?」
「さよう。ビールの風味はしますが、いくら飲んでも酔わないという哀しみに溢れた代物ですな」
「へえ」
ノンアルコールビールって事か?
「水ビールは売れないしただでも誰も飲みませんの。それが何に変わるのかわからないけど……水ビール以下はありえないの」
「なるほど、既に最低って事か」
「実をもうしますと、20階にでると知ってこの計画を立てたのです」
エリックがいう。
なるほどな、失敗がないと言うよりは、意味のない階層をせっかくの機会に変えてしまおうってことだな。
「変化にどれくらいかかるかはわかりません。ですので、明日はダンジョンマスター出現後ランタンへの出入りを一切禁ずることにいたしました」
「その分セリウムに頑張ってもらうの」
「我々は入り口近くに待機、ダンジョンマスター討伐を確認したら20階へ赴きます」
「一緒に来ないのか」
聞き返すと、エリックとマオは申し訳なさそうな顔をした。
「我々は戦いに向いてませんので」
「二人ともレベル1で足手まといなの」
「そうなのか」
例の経験値クリスタルを使うかと思った。
シクロのダンジョンマスターからドロップした指輪。
装備している間に、倒したモンスターの経験値がクリスタルになって、それを使うほど経験値を一気に得られるというアイテムだ。
この世界では冒険者はほとんど安定周回をしてて、99%がいつの間にか自分の最高レベルに到達する様な世界なので、便利なアイテムだけど、いまいち使い道がない。
溜まってる経験値クリスタルを二人にあげるか、なんて思った。
「一発勝負ですな」
「どんなお酒になるか楽しみなの」
冒険者ではない、戦う必要がない二人はレベル1である事に不便を感じてないようだから、申し出るのをやめといた。
でもそうか、一発勝負か。
俺がレベッカみたいにどのタイミングで倒せば最高のドロップがでるって分かればいいんだがな。
いや、それにしたって一回限りだ。
俺が思う最高のタイミングが、最高の酒になるとは限らない。
酒の事はマオほど分からないのだ。
まあ、ドロップSだし悪い結果にはならないだろう、たまにでるダンジョンマスターで一発勝負でも問題ない……。
……ん?
たまにでるダンジョンマスター?
俺は、使おうとしたシクロのダンジョンマスター、その指輪を思い出した。
☆
更に次の日、ランタンダンジョン、地下20階。
忍者屋敷の様なダンジョンには既にもう冒険者の姿はない。
そのせいで倒されてないモンスターがうようよいる。
ランタン20階のモンスター、闇の忍び。
文字通り闇のような黒い忍び装束を纏った忍者だ。
まともに戦えばかなりやっかいなモンスターを、俺は適当にあしらっていた。
そうこうしてるうちに予想時刻になった。
空気が変わる。もう何回も経験してきた、ダンジョンマスターが出ている時の空気だ。
ダンジョンマスターがでているとモンスターは消えてダンジョンマスターだけになる……のだが。
闇の忍びは消えてなかった。
全員がマネキンのように棒立ちになったが、消えはしなかった。
どういうことだ? って不思議がってる暇もなく、本命が現われる。
足軽や侍大将と一線を画す、あきらかに一点物の特殊で豪華な鎧を纏った人型のモンスター。
大名。
ランタンのダンジョンマスター・大名だ。
こいつをこの20階に足止めするんだな。
大名はのっしのっしと向かってきた。
腰に下げてる刀を抜いて向かってくる。
成長弾を撃った、まずは小手調べ、肩を打ち抜く。
大名はのけぞって、足が止まった。
撃ち抜かれた肩、よく見ると再生が始まっている。
大名のすぐそばにいる闇の忍びが分解され、それを大名が吸収して、傷を修復。
回復しきったところで、大名は再び歩き出した。
「ふむ」
もう一度、今度は冷凍弾と火炎弾、融合した消滅弾で片足を消し飛ばした。
さっきよりもかなりの大ダメージ、足一本丸ごとなくなった程のダメージ。
大名はまた足を止めた、そして近くにいる闇の忍びを吸収して、傷を回復する。
なるほど、モンスターが存在してるのは何故かって思ったが、ダンジョンマスターの回復源だったんだな。
再び歩き出した大名の片足と片手を吹っ飛ばす。
ケガは二箇所、しかし修復するのに必要なのは闇の忍び一体だった。
どうやら一回の回復につき一体で十分みたいだ。
回復しきった大名は向かってきて、刀を振り下ろした。
刀の長さ=射程を見極めて、後ろに飛んでよけようとした――
「――っ!」
その瞬間、背筋が凍った。
勘が「ヤバイ」って全力で叫んできた。
俺は後ろにじゃなく、真横に飛んだ。
振り下ろされた大名の刀、地面が十メートル以上にわたって裂け目が出来た。
危なかった、刀の長さだけで下がってたら斬られてた所だった。
大名は更に刀を振ってきた、今度は横一文字の斬撃だ。
これもヤバイ――そう思ってしゃがんでかわす。
刀が振り抜いたあと、横一文字の十メートル以上の裂け目が屋敷――ダンジョンの壁に出来た。
見えない斬撃か、それとも刀そのものが見えない刀身になってるのか。
どっちなのかは分からないけど、受け身だとまずい。
時間稼ぎ、これはだいぶしんどいかも知れないぞ。
俺はとにかく距離を取った。
足止めに成長弾を撃ったが、学習したのか、大名はそれを刀で弾いて前進してくる。
途中で闇の忍び――自分の部下を蹴散らしてなおも進む。
蹴散らした瞬間ちょっと速度が落ちたが、ほとんど差は無い。
こうなったら積極的に、攻撃的に足止めした方がいい。
「むっ!」
ふと、ある事を思い出した。
まったく動かない闇の忍びを蹴散らしつつ前進する大名の姿を見て、俺はある事を思いついた。
火炎弾、そして蒼炎弾。
二つを打ち出して、融合させて見えない炎を作る。
前進をつづける大名、それに触れた瞬間体の半分が瞬時に焼き尽くされた。
大名は足を止めて再生をはじめた。
闇の忍びを取り込んで、燃え尽きた体を再生する――が。
再生中は動かない、ということは見えない炎がある空間での再生って事だ。
再生した瞬間、大名はまったく同じ箇所を焼き尽くされた。
そのまま再生――そして焼き尽くされ。
再生した瞬間から焼き尽くされて、大名はその場にとどまって無限の再生を繰り返した。
俺は銃を下ろした。
もはや何をしなくても、足止めは完成した様なものだ。
後はこの状態のまま待つだけ。
再生と消滅、それを数百回繰り返したあと、ダンジョンに変化が起きた。
周りにいた回復の源だった闇の忍びが一瞬消えて、炎を纏うようになった。
格好も忍びと言うよりは露出の多いもの、さらには体つきもエロスティックに。
炎のくのいち、今までの傾向から間違いなくそう名付けられるモンスターだ。
「なるほど、こうやってモンスターの種類がかわるんだな」
そうなっても大名は再生と消滅を繰り返した。
ここからどうするか、と思ってると、エリックとマオが現われた。
「おお、やっぱり変わってるの」
「さすがでございますな」
二人は俺の所にやってくるなり、感動した表情で言った。
そんな二人に聞く。
「これでいいのか?」
「うん、後はダンジョンマスターを倒せば新しいモンスターからもドロップするの」
「わかった」
俺は銃を構えて、連続で消滅弾を撃った。
再生と消滅を繰り返し、足が止まってる大名の全身をくまなく覆うように消滅弾を撃った。
大名は消えて、指輪をドロップした。
それを拾い上げる。
「早速新しいお酒の味を確認するの」
「お願いできますかな」
エリックとマオに見つめられて、俺は頷き、動き出した炎のくのいちを成長弾で撃ち抜いた。
たいして強くはなく一発で倒せた。
用意した瓶に酒が入って、同時に枝豆もドロップされた。
「これは……どういうことですかな?」
「ああ俺の特殊能力だ、これをつけてると酒とつまみの両方が同時にドロップする」
「なるほど」
納得するエリック。
つまみがドロップされるのは普通にあるから、それで納得してくれた。
瓶の栓を抜いて、二人はあたらしい酒を確認する。
「これは……バナナ酒ですな」
「ですの、味は……そこそこなの」
「よくないのか?」
「そうですな。これ自体はさほど高価にはなりませんが、水ビールよりはマシかと」
「ならもう一回だ」
「「え?」」
驚いて声を上げる二人。
「もう一回ってどういう事ですかな?」
「そこで見ててくれ」
そういって二人を待たせる。
まず安全を期すために、リペティションで周りの炎のくのいちを一掃した。
そうしてがら空きになった洞窟の中、離れた所に指輪を置いて、離れる。
キツネにつままれたような顔をする二人と一緒にまった。
しばらくして、ダンジョンの空気が再び一変し、ダンジョンマスター・大名が孵った。
早速火炎弾と蒼炎弾の融合弾を撃って、足を止める。
再生と消滅を繰り返した足を止めた後、二人に言う。
「これで二回目だ」
「なるほど、ダンジョンマスターのドロップを利用して再チャレンジですな」
「すごいの、さすがなの」
大喜びするマオ。
その状態のまましばらく待って、炎のくのいちが氷のくのいちになった。
それを確認して、ダンジョンマスター・大名もリペティションで倒す。
指輪が再びドロップした、それを拾い上げると、エリックとマオが驚いたのが見えた。
「ダンジョンマスターを出す、倒す、変える――いいのがでるまでリセマラだな」
「これは……驚きですな」
「すごいですの! 予想より遥かにすごいですの!」
驚き、感動する二人。
そんな二人と一緒に、くり返し、この階の生態系を変えて、品種改良を続けて行った。