226.S+の男
試しにペンダントをつけたまま炎の足軽を倒した。
ビールと枝豆、両方がドロップした。
今度はペンダントを外して、別の炎の足軽を撃ち抜く。
ビールだけがドロップして、地面にぶちまけられた。
「……」
「どうしたっすか」
「なあ、例の瓶、持ってないか」
「これッスか?」
テールは酒の瓶を取り出す。
モンスターから酒がドロップした瞬間に納めてしまう、出荷箱と似た効果を持つ瓶。
「ああ、持ってるだけくれ」
「分かったッス」
テールは若干首をかしげながらも、言われた通り持ってる瓶を全部渡してくれた。
全部で三つ、まあ足りるだろう。
それを持ったまま、ペンダントを掛けて、次のモンスターを倒した。
枝豆が地面に落ちて、ビールがすっぽり瓶の中に収まった。
更に別の瓶で倒す、またビールが収まる。
三本目はペンダントを外したら、瓶に収まらずに破裂した。
やっぱりそうか。
ペンダントをつけてるとき、枝豆の分だけ量が若干少ないかもしれないって思ったが、どうやらその通りだ。
ペンダントを掛けてる時は瓶に収まる程度の量で、かけてないときは破裂するくらい大量にでる。
その後テールに頼んで更に何本か瓶を調達してきてもらったが、間違いなくペンダントのありなしで量が変わった。
ヴィンテージワインの生産を約束している、このペンダントがあればすんなりと約束分を生産できそうだ。
☆
ペンダントのせいで時間掛かったが、それの性能チェックが無事に終わったので、テールに案内されてフィリンのダンジョン協会にやってきた。
協会の人間に連れられてやってきた会長室、ドアを開くと――。
「うっ」
思わず呻き声を上げてしまうほど、酒くさい部屋だった。
それに慣れてるのか、案内してくれた男は躊躇なく部屋に入る。
「会長、リョータ・サトウがお見えになりました」
「どうぞなの」
やけに幼げな声だと首をかしげながら中に入ると、中にいたのは声通り幼い女の子だった。
幼げな顔、未発達の手足、背丈と同じくらいの二つ結びの髪。
どうひいき目に見ても年齢一桁台の女の子だ。
「ちょっと待つの」
女の子はそう言って、酒瓶を開けて臭いを嗅ぐ。
スンスンと鼻をならした後、俺たちを案内してくれた男に言った。
「ちょっと薄いの、Bランクのを1割足すの」
「はい、そのように」
「こっちはビールの中にトマトジュースが混じってるの、タルごと廃棄するですの」
「担当者に懲罰を与えます」
酒瓶を次々と開けて、臭いを嗅いでは薄いとか濃いとかを言って、指示を出していく。
それが一通りすんだ後、協会の職員が退出して、俺とテール、そして女の子の三人が残った。
俺たちが待たされているソファーの所にやってきて、向かいのソファーに座った。
幼い体つきで、よじ登るようにしてソファーに上がったのはちょっと和んだ。
「はじめましてなの、マオがフィリンダンジョン協会長、マオ・ミィなの」
「佐藤亮太……だ、よろしく」
どういう言葉遣いをすればいいのか一瞬だけ迷った。
見た目は幼げだが、ダンジョン協会の協会長だ。
敬語を使うべきか、一瞬だけ迷ってしまった。
「無理をしなくていいの、マオは見た目通りの年齢だから言葉遣いは好きにするといいの」
彼女がそう言ったのとほぼ同時にドアが開いて、別の職員がトレイにグラスを乗せてやってきた。
高い足のグラスにワインレッドの液体、それを俺たちの前に置いて。
「ごく……ごく……ごく……」
「見た目通りの年齢なら飲んじゃだめー」
「ぷはー。大丈夫ですの、これはジュースなんですの」
「ジュース?」
「おお、このぶどうジュースめっちゃ美味いっす」
グラスに口をつけて感激するテール。
ってぶどうジュースかよ。
「紛らわしい……」
「もしかして麦茶のほうが好きなんですの?」
「いや麦茶は麦茶ですきなんだけど……」
そういう問題じゃない……が。
それを突っ込むとどっかでやぶ蛇になりそうで、コンプライアンス的に問題ありありな展開になりそうな予感がしたので、話をそらすことにした。
「今のはなんだったんだ?」
「今の?」
「臭いを嗅いでたけど」
「あれがマオの仕事ですの。フィリンで生産するお酒の品質管理ですの」
「品質管理?」
「冒険者によって、ドロップしたお酒の品質にばらつきがありますの」
「そりゃ……そうだろうな」
酒に限らず、この世界の生産品はみんなそうだ。
冒険者のドロップステータスによって品質が大きく変わる。
「フィリンのお酒はすごくいいものと、すごく悪いものをのぞいたものを混ぜて出荷するの」
「もしかしてドロップしたときからランク付けをしてるのはそれを管理するためか」
「正解ですの。そしてその混ぜたものの品質を管理するのが、フィリンの協会長の仕事ですの」
「なるほど……ってそれを臭いで!?」
「マオは子どもだからお酒はダメなんですの」
「いやいや」
そういう問題じゃない……って思ったが。
「?」
マオは「じゃあどういうこと?」って顔で首をかしげていた。
子どもが飲んじゃいけないって話をしてない、臭いを嗅いだだけで分かるのすごいぞって意味だったんだが。
マオはそれが分からず、キョトンとしている。
子どもだがさすがダンジョン協会長、すごい女の子だ。
「ところで、さっきからすごくいいビールの臭いがするですの」
「え? ああこれか」
俺は瓶を取り出した、さっきランタンでテストがてらドロップさせたビールだ。
テーブルの上に置くと、マオはそれをじろじろと見つめた。
「どうした……ってえ?」
マオは瓶を取って、無言で蓋を開けて、臭いを嗅いだ。
こっちが驚くのも無視して、俺が持ってきた瓶を全部開けて、臭いを嗅いだ。
「これは混ぜた後なの?」
「え? いやそんな事はない」
「封がしてあったっすよ」
テールが横から言った。
封がしてあった。
ここに来るまでだったら分からなかっただろうが、今は分かる。
この瓶は開封したかどうかが分かるように、瓶の口に仕掛けが施されている。
品質管理のため、どの品質をどれくらい混ぜるべきか、っていうのを確実にやるために開封してるかどうかがわかる様になってるのだ。
俺が持ってきたビールは未開封……だったんだが。
「それはおかしいの」
「どういう事だ?」
「全部のビールが同じ臭いなの」
「同じ?」
「……もしかして、Aのマックスなの?」
「マックス?」
次々と分からない事が出てくる。
「同じドロップのステータスでも細かい違いがあるんですの」
「ああ……たしかに」
ドロップステータスじゃないけど、俺はニホニウムで種で能力を上げている。
その関係で、同じAとか同じFとかでも、細かい数値が見えないようになっていることが分かる。
多分、ドロップも同じってことだ。
「あなたのは……」
マオはビールの瓶に描かれた「ランクA」の文字を見て。
「Aのマックスだと思いますの。だから全部同じ品質なの」
「高いからてっぺんに張り付いてるって事か」
「エリックおじちゃんがお願いする人だけあって、すごい人なの」
マオは憧れに近い瞳で俺を見た。
無邪気な瞳、純粋にすごいって思ってる目。
ちょっとだけむずがゆかった。
なぜなら彼女は半分当たっていて、半分間違っているから。
マックスはマックスでも、俺はAじゃなく、Sのマックスだから。
「めちゃくちゃすごいですの」