223.ヴィンテージワイン・リョータ
フィリンの街、買い取り屋『ぽふぽふ山』。
ランタンでドロップしたビールを持ち込んでその査定待ちをしている。
同じ買い取り屋だからか、シクロの『燕の恩返し』とよく似ている店内で、やってくる冒険者と対応する店員の動きとかも似ている。
ぽふぽふ山の中、俺はカウンターの前に座って待った。
ちなみに案内役のテールは俺の横に座ってて、さっきからずっと感激した眼差しを向け続けてくる。
それがちょっと気になって、聞いてみることにした。
「どうした」
「俺、メチャクチャびっくりしてるッス。リョータさんのドロップの量が半端なかったッス」
「俺も驚いてる。あんな事よくあるのか?」
あんな事、というのは瓶が割れた……爆発したように割れたことだ。
ランタン地下一階のモンスター、火の足軽を普通に倒せたのはいいが、ドロップのビールが手に入ったのは最初の一回だけだ。
二回目以降は全部量が多すぎて、ドロップした瞬間瓶の容量を超えてしまい、入りきらずに爆裂してしまったのだ。
「そんな事滅多にないっす、あの瓶はどんな冒険者のドロップでも余裕に収まるように作られてるッス。だから余計にびっくりしてるッスよ」
そう話すテール。びっくりと言うよりは尊敬、感動してるって顔だ。
なるほど……普通は余裕で収まるのか。
となると俺はここではあまり稼げないのかもな。
フィリンの二つのダンジョン、ランタンとセリウムは全部が酒のドロップだ。
酒はつまり液体で、固体と違ってドロップした瞬間に容器に収めないと地面にこぼれ、染みこんでしまう。
覆水盆に返らずってことわざ通り、いったんぶちまけた酒は売り物にならないのだ。
瓶に収まらない理由は推測ついてる。
あの瓶はドロップAの冒険者まで対応しているが、俺のドロップSだとキャパがオーバーしてしまうみたいだ。
能力が高すぎて、量産品が使えない。
ドロップの質は高いし量も多いが……多すぎて逆にダメという、笑うしかない状況だ。
まあ、どのみちエリックの依頼をこなしたらシクロに戻るつもりだし、問題はない。
「お客様!」
しばらく待ってると、俺の持ち込みを査定しに奥に戻っていった女店員が戻ってきた。
なにやら慌てている様子だ。
「こちらのお客様です、マスター」
女店員の後ろから一人の男がついてきていた。
ボサボサの頭に無精ヒゲ、鼻は真っ赤っかで血管が浮き出ている。
俺がいた元の世界でいう着流しにすごく似ているものを纏っている。
半開きの目は、その格好と相まってかなりの雰囲気を醸し出している。
「これ、あんたが持ち込んだものか」
男は手に持ってる瓶を掲げた。
俺が持ち込んだ酒の入った瓶だ。
「ああ。何かまずかったか?」
「これはどこでドロップしたものだ?」
「ランタンの地下一階だが?」
正直に答えると、男はきつく眉をひそめた。
本当に何かがまずかったのか? って心配になってくる程の反応だ。
「ランタンの地下一階だと……馬鹿な……ありえん……」
「何がありえないんだ?」
「……中で話そう」
男は身を翻して奥に戻った。
女店員はカウンターの仕切りを解放して、俺が通れるようにした。
何が起きたのか分からないが、何かがあるのははっきりしてる。
それが気になったので、俺は男の後について中に入った。
テールも慌ててついてきた。
奥の部屋に入って、応接間のようになっているそこで男と向き合って座った。
「すごい場所だな」
部屋の中を見回して、俺は苦笑いした。
飲んべえの部屋だ。
あっちこっちに酒瓶が転がってて、部屋の中はメチャクチャ酒臭かった。
そしてテーブルの上に小皿があって、塩が盛られていた。
作りは応接間だが、完全に飲んだくれの私室だ。
俺は塩を盛った皿を眺めながら、男に聞く。
「塩か」
「ついさっきまで蒸留酒を飲んでた。蒸留酒は塩さえあれば美味しく飲める」
「上級者だな」
そういう飲み方をする人間がいるというのを聞いたことはあるが、会うのは初めてだ。
「俺はディオ・バッカス」
男――ディオは名乗ったので、俺も名乗りかえした。
「佐藤亮太だ」
「むっ? あのリョータ・ファミリーのボスか」
驚くディオ、俺は頷いた。
「ああ」
「さもありなん」
ディオは俺が持ち込んだ酒瓶を見て、しきりに頷いた。
「いったいどうしたんだ?」
「美味いのだ」
「は?」
「このビール、一口味見をさせてもらったが、俺が生涯飲んで来た酒の中で一番美味い。ビールの命とも言える苦みはまったく無いが、飲んだ後「苦い」と感じるのだ。何を言ってるのかわからんと思うが」
「ああ、分からない」
苦いって味がしなかったけど苦いって思った?
それがどういう状況なのかも分からないし、いいことなのか悪いことなのかも分からない。
「とにかく史上最高のビールだと言うことだ。酒の格付けはAランクまでしかないが、これは誰が飲んでも分かるくらい、はっきりとAランクを超越している味だ」
「すごいッス! さすがッス」
真顔で俺を褒め称えるディオ、横で更に目を輝かせるテール。
「いつもの様に鑑定の味見をしてたらそうなったんでな、これを持ってきたのがどんな人間なのか慌てて外に飛び出したってわけだ」
なるほど。
その行動は理解できる。
「そこで相談なんだが、これだけじゃなく、これからも定期的に――」
「悪い」
俺は苦笑いして、断った。
「今回は別件の依頼でフィリンに来ただけだ、終わったら本拠のシクロに戻らないといけない。定期的に納品するのは難しいと思う」
事情を説明してきっぱりと断ったが、ディオは引き下がらなかった。
「ならば、年間契約を結ばせてくれ」
「年間契約?」
それは何が違うんだ? って首を傾げる。
「ああ。そうだな……ワインがいい。ランタンのいくつかの階層でワインがドロップするのだが、それを年間五十……いや十でいい。それを持ってきてくれないか」
「年間十本? 何でまた」
「ああ、ヴィンテージとして売り出したい」
「……ああ、なるほど」
希少なのを逆手に取って商売をする訳か。
身を乗り出し、半開きながらも熱烈な視線を送ってくるディオ。
俺は考えた、年間十本ならいま受けているいくつかの定期的な依頼と似てる。
シクロに戻ったら屋敷の転送部屋が使えるし、毎日じゃないなら負担にはならない。
そういうことなら――
「金はいくらでも出す!」
思考の途中で、ディオが更に言った。
何が何でも俺にやって欲しいって感じの勢いだ。
「すげえ……」
そんなディオに当てられ、隣でテールが「ッス」も忘れて感嘆していた。
「……わかった。数は少し考えさせて欲しいが、年間で小ロット、ってのならうけよう」
「ありがとう!」
ディオがパッと立ち上がって、俺の手を強く握ってきた。
体力SSなのに手がちょっと痛くて、その痛みがディオの熱意のように感じた。




