222.Sランクはない、ただし……
エリックが手配してくれた馬車に乗って、丸一日掛けて、フィリンという街にやってきた。
ちなみに今回は一人で来た。
ダンジョンマスターと持久戦、結構危なさそうだったから、仲間達に危険を冒させたくなくて、一人でやってきた。
町に入るなりすぐに感じたのは、この街は総じてテンションが高いことだ。
あっちこっちからテンションの高い笑い声が聞こえてくる。
まるで酒場の様なテンションが街全体を包んでいる。
馬車から顔を出すと感じたイメージが正解だったと分かった。
なんと、あっちこっちで街の住民達が乾杯して、酒を飲んでいる。
酒を飲んでれば当然つまみも必要になる。
フィリンの街は、至る所に軽食を売ってる屋台がある。
住民達はつまみを買って、酒を飲んで、笑い合って――そんな街だ。
「リョータ・サトウ様ッスか」
「うん?」
横から声を掛けられたので視線を向けた。
馬車を見あげてきたのは10代の半ばって感じの少年だ。
手入れの必要がないくらい髪を短く刈り込んで、頬は年相応にそばかすが散らばっている。
「お前は?」
「テール・アンガスって言うッス。エリックさんに言われてリョータさんの案内をするッス」
「なるほど」
俺は少し考えて、馬車から跳び降りた。
「どうしたんッスか」
「馬車はもう飽きた。ダンジョンの方を見たい、案内してくれないか」
「分かったっす」
テールは馬車の御者に何か耳打ちすると、空になった馬車は遠ざかっていった。
「ご案内するッス。どっちの方がいいッスか?」
「どっちって?」
「フィリンにはランタンとセリウムの二つのダンジョンがあるッス、どっちから見るッスか?」
「そうだな……ランタンで頼む。エリックさんに頼まれたのはランタンだ、ダンジョンマスターの出現予定日までダンジョンを把握しておきたい」
「分かったッス」
テールが先導し始めて、俺はその後についていった。
フィリンの街を横断する様な形だが、どこへ行っても街の人達は飲んでいる。
酒盛りじゃなくても、普通に働いたあとのいっぱいをちょこちょこやってる感じだ。
「みんなすごく飲むんだな」
「はい、何だってフィリンッスから。あっ、あれみて下さい」
「あれ? あの井戸の事か」
テールに言われて、道ばたの井戸を見た。
特色の無い井戸に見えたが、中年の男が一人おもむろに近づいていき、井戸の中から水を汲んだ。
汲みあげた水に口をつけて――。
「ぷはぁ!」
と、一気に飲み干した。
「ちょっと待って、今の水の色おかしくなかったか?」
「あそこはビールッスね」
「ビール?」
「フィリンはお酒が売るほどあるんッス。他の街じゃ売り物にならない安いお酒はこうしてただで飲めるようになってるんッス」
「すごい街だな」
言葉を失いそうになった。
酒がただ、井戸から汲んで適当に飲める。
蛇口をあけたらみかんジュースが出てくる某県の事を思い出してしまった。
「他の街の水みたいなものなのか」
「そうッスね、外れがやっぱり多いっすから」
「外れ?」
「ドロップのステータスが高いほど品質の高い酒がドロップされるんッスよ。低かったり外れだったりしたときはあんな安酒になるんッス」
「なるほど」
つまり他のダンジョンで言う空気や水だったり、売り物にならない規格外の野菜だったり、そんな存在なんだな。
って事は、ドロップSの俺は品質の高い酒をドロップさせられるわけか。
どんなのがでるのか、ちょっと楽しみだ。
「あっ、ダンジョンに行くならアレを買っとくといいっす」
テールは道具屋の前で立ち止まった。
指さす先はまっさらなラベルの瓶が大量に並んでいる。
「アレは?」
「集荷箱って使ったことあるッスか?」
「ああ」
集荷箱どころかその改良型のパンドラボックスもよく知ってる。
ドロップした物をドロップした瞬間、箱に吸い込む便利なアイテムだ。
それを利用して、マーガレットは「マーガレット姫謹製の空気箱」を売っていた。
「それのフィリンスペシャルバージョンッス。これを使えばドロップしたお酒がその場でランクがつけられるッス」
「どんな風に表示されるんだ?」
「ランクがABCDEF……って感じででるっすよ」
「なるほど」
そういうことならば、と、俺は瓶をとりあえず五本くらい購入した。
テールの案内で、街を突っ切って、ダンジョンにやってきた。
人の出入りがかなり多い、盛況なダンジョンだ。
「到着ッス、ここがランタンッス」
「醸造酒オンリーのダンジョンだって話だな」
「はいッス」
ダンジョンに入るとちょっと驚いた。
今まで様々なダンジョンに入って来たが、今回のは今までのとはっきりと違うダンジョンだ。
それどころかダンジョンっていうのもはばかられるくらいの造り。
ランタンダンジョン、地下一階。
中はまるで忍者屋敷のようだった。
和風な室内に見えるそこで、冒険者達がモンスターと戦っている。
そのモンスターというのも。
「……足軽」
「うっす、地下一階のモンスター、炎の足軽ッス」
答えるテール、俺は複雑な笑みを浮かべた。
モンスターの外見は戦国時代の足軽そのものの外見だ。
それが大勢いて、和風な屋敷の中で冒険者達と戦っている光景は、天守閣に押し入った合戦の最終段階の光景に見えてしまう。
唯一違うのは、モンスターの足軽が体に炎を纏っていて、攻撃に使う槍も燃え盛っているという点だ。
「どうしたっすか?」
「ああいや、初めてのモンスターで面食らっただけだ」
「なるほどッス」
納得したテール。
俺は気を取り直して、銃を取り出した。
片手は銃を構えて、もう一方の手にはさっき買った瓶を。
まずは小手調べ、使うのは通常弾じゃなくて成長弾。
だいぶレベルアップした成長弾は今や通常弾に取って代われる程度の威力を持っていた。
それを狙い澄まして……足軽の鎧の間を狙った。
槍を構えて近づいてくる炎の足軽は撃たれてよろめいた。
更に撃つ、次々と鎧の間を狙って、最後にトドメの一撃を放って、炎の足軽を倒した。
さほど強くはない、まあ地下一階程度のモンスターだ、こんなもんだろ。
炎の足軽が消えた途端、持っていた瓶になみなみと液体が注がれた。
それだけじゃない、空白だったラベルも「ランク:A」って表示が出た。
うん、思った通りだ。
やっぱりドロップSの俺は、普通に倒しただけで高いランクの酒をドロップさせられる。
今までもそうだったから、予想通りで驚きはしなかった。
が、振り向いたらテールが絶句しているのが見えた。
「どうしたテール」
「そ、それを見せるっす。本当にランクAが満タンッスよ!?」
「それがどうしたんだ?」
「どうしたんだ? じゃないっす。ランクの高い酒はドロップが少なくなるものッスよ」
「え?」
「特質ドロップAの人でも、ランクAは普通いっぱい分しかドロップしない物ッス……それが一回で満タンって……あり得ないっす……」
瓶を見つめ、また絶句するテール。
どうやら……知らずのうちにやってしまったらしい。