221.品種改良
夜、行きつけの酒場、ビラディエーチ。
今日もここに来て、日替わりのビールを楽しんでいた。
いま飲んでるのは柑橘系の香りがするビール。
「これは何の香りだろう」
「これはきっとグレープフルーツなのです」
向かいに座る、エミリーが味わいながら俺の疑問に答えた。
130センチの身長で酒場はミスマッチというかやや犯罪臭がするというか、元の世界だとおまわりさんが来て補導をするような組み合わせだが。
「あの! 俺エミリーさんの大ファンです! サインください!」
やってきたのはおまわりさんじゃなくて若い冒険者だった。
エミリーのファンだと力説する彼はエミリーに武器の鉄球にサインをしてもらって、その上握手までしてもらって、夢心地の顔で去っていった。
「相変わらずだな。俺と一緒にいないときもこんな感じでファンが来るのか?」
「ダンジョンによく来るのです」
エミリーは照れたような、それでいて困った様な表情で答えた。
「なるほど。まあアルセニックはモンスターが全部岩、冒険者は自然とパワー系が集まる。そうなればエミリーに憧れる人が集まっても不思議はないな」
「みんなもち上げすぎなのです」
「そんな事ないさ」
そう言った俺はちらっと周りをみた。
サインをねだってくるほどではないにしろ、酒場の中でも何人かエミリーに好意的な目を向けてる冒険者がいる。
俺は少し考えて……彼女と出会った日のことを思い出した。
「エミリー、ちょっと立ってみてくれるか?」
「はいです……こうなのです?」
「で、片足立ちしてみてくれ……その状態でハンマー持ち上げられるか?」
「上げられるですよ?」
エミリーは片足立ちの状態で、テーブル横に立てかけていたハンマーをひょいと持ち上げた。
彼女の身長を遥かに超える2メートル級のハンマー。
それを軽々と持ち上げるエミリーの姿はぱっと見可愛らしく、しかしよく考えたらとんでもなくすごい姿だ。
当然、見とれる人が続出する。
彼女のその姿は注目を集めていた。
「これがどうしたですか?」
「それがエミリーの魅力の一つさ。パワー系の女神。俺が同じ系統だったら死ぬほど憧れるね」
「ヨーダさんが……なのです?」
「ああ。マッチョな力持ちと小さい子の力持ち、どっちがより魅力的なのかは言うまでもないだろ?」
「うーん、よく分からないのです」
エミリーはクビをひねりつつ、ハンマーを置いて座り直した。
本当に分かってないみたいだな。
まっ、そこも彼女の魅力の一つなんだが。
「俺なんかサインをしてって迫られた事はほとんどないからね」
「当たり前なのです」
エミリーはニコニコ顔で、両手でビールグラスを持って、言った。
「ヨーダさんがすごすぎてみんな気後れするのです」
「気後れ」
「ハイです。すごすぎる人に話しかけるのは勇気がいるのです。自分にも自信がないと話しかけられないのです」
「そういうもんなのか?」
「思い出すのです、ヨーダさんに親しく近づいてくる人達の事を」
「俺に親しく……?」
エミリーに言われて、思い出そうと試みる。
俺に親しく近づいてくる……セルとか、ネプチューンとか、ニコラスとか?
「なるほど、確かに自分に自信のある人達ばかりだ」
「なのです」
「ついでに変人がおおいな」
「ある程度すごい人はみんなそうなのです」
「……ってことは、俺に近づいてくるのはこの先も変人ばかりか?」
「類は友を呼ぶのです。普通の人は自腹でハグレモノのための村を作るなんて思わないです」
「むっ」
それを言われるとつらいな。
俺的にはちゃんとした理由があるんだが、周りからはそう見えてしまうかも知れない。
「これからも変な人が集まってくるのです」
「……第一号が言うと説得力があるな」
「私なのです? 私は普通――」
「普通の人間はダンジョンをメチャクチャ掃除して、モンスターをほっこりさせたりしないぞ」
「はぅ!」
エミリーは家事がメチャクチャ上手い、彼女のおかげで、俺たちが住んでる屋敷は温かく、明るく、実家以上にくつろげる温もり溢れる空間になった。
その力はダンジョンでも発揮される。
一度ダンジョンで同じように掃除をした結果、モンスターがほだされて、掃除で疲れ果てたエミリーと一緒に居眠りをしてたのを見た事がある。
ある意味「ダンジョンマスター」のエミリー。
彼女こそ普通じゃない。
そんなエミリーと一緒にビールを飲みながら、あれこれ世間話をする。
益体もない世間話だが、ものすごく楽しい一時だ。
「失礼」
「ん?」
声を掛けられたので、顔を上げた。
俺たちのテーブルの横に、恰幅のいい紳士が立っていた。
知ってる顔だ。
「エリックさんじゃないか。どうぞどうぞ」
俺は席をずらし、紳士――エリックが座れるように席をあけた。
彼はシルクハットを取って座った。
エリック。
俺がこの世界に来て間もない頃に知り合ったグルメ。
俺のドロップの品質がいいという噂を聞きつけて、タケノコを取ってきてと依頼した人だ。
思えばこの一件からだな、リョータ・ブランドができあがったのは。
「奇遇ですね、エリックさんもビールですか」
「サトウ様を探しておったのです」
「俺を?」
「ええ、またお願いしたい事がございまして……引き受けていただけますかな」
「ええ、いいですよ」
俺はほぼ即答した。
あの一件の後、エリックの話をいろんな人から聞かされた。
生粋の、とも言うべきグルメな紳士だ。
人生のほとんどを美食に捧げている男。
その生き様は尊敬に値するものだし、依頼は他と違って誰かを傷つけるものじゃない。
だから即答した。
「で、何をとってくればいいのです」
「とるというのとは少し違いますな。品種改良、を手伝っていただきたいのです」
「品種改良?」
この世界に来て初めて聞く言葉だ。
こっちの生産は全てダンジョンで行われる。
肉も魚も野菜も、空気も水もあらゆる物がダンジョンからドロップされる。
品種改良という言い方はこっちに来てから初めて聞くが、ダンジョンで何か特殊な事をするのはすぐに分かった。
「ランタン、はご存じですかな」
「この店にいたらな。フィリンの街にある醸造酒専門のダンジョンだろ」
「さようでございます。ビールからワイン、ブランデーなど、ありとあらゆる醸造酒をドロップするダンジョンでございます」
「そのランタンがどうしたんです?」
「その一階層を買い取りました」
「え?」
さらっと言うエリックに驚く。
「買い取ったって、ダンジョンを?」
「そんなに驚くことですかな? サトウ様も実質アウルムを所持しているようなものだと認識しておりますが」
「ああ……そっか……そうなるのか」
「買い取ってどうするのです?」
「サトウ様にはそこで品種改良をして頂きたく」
「具体的には?」
「ランタン地下20階。次のダンジョンマスターが99%の確率で現われると予測されております」
「……なるほど」
話が見えた、そして――。
「そういう方法があるのか」
「あらかじめ根回しが必要ですが」
察した俺、にこりと人のよさそうな顔で微笑むエリック。
一方で、話について来れてないエミリー。
「どういう事なのです?」
「つまり、20階に現われる予定のダンジョンマスターを、倒さず一定の期間その階に閉じ込めておけ、って依頼だ」
「その階に……です?」
「ああ、ダンジョンマスターが居続けるとダンジョンの生態系が変わるだろ?」
「はいです――あっ、一つの階だけ変えるのです?」
「そういうことらしい」
「これはサトウ様にしかたのめないことなのです。ダンジョンマスター級を相手に戦闘を引き延ばせて、かつ任意の時に倒せてしまう程の力の持ち主。世界広しといえども、サトウ様を措いて他にありませんな」
ものすごく持ち上げられた。
「一つだけ聞かせて欲しい。品種改良はこれまでにもやった事はあるのか?」
「偶然にそうなったことでしたら」
「なるほど。生態系が変わった直後に倒せばいいんだな」
「さようでございますな」
はっきりと頷くエリック。
グルメの紳士、曇りのない瞳。
「分かった、引き受けよう」
品種改良自体は良いことだし、と。
俺はエリックの依頼を引き受けることにしたのだった。