220.子どもをあやすように
次の日、リョータの村。
早速アントニオが手配した業者が入って、あっちこっちで家を建てはじめた。
家は複数立てる事にした。
ダンジョンのタイプが色々あるからだ。
地下道っぽいものだったり、鍾乳洞っぽいものだったり、土の中に穴を掘っただけのものだったり、忍者屋敷っぽい感じだったり。
ダンジョンはいろんなタイプがあって、そしてこの村にはいろんなモンスターがいる。
なるべく全部のパターンを網羅して、余さず全員がなじめる、きっちり休んで回復できる空間を揃えたい。
そう思って、複数建てることにした。
加速弾の回収ついでに工事開始を眺めていると、クレイマンがやってきて、話しかけてきた。
「リョータさん」
「クレイマンか。しばらくの間工事でうるさくなるけど、我慢してくれ」
「とんでもない! みんなのためにしてくれてることです、我慢なんて。むしろみんなわくわくしてますよ」
「……そうみたいだな」
俺はクスッとわらった。
何カ所かでもう骨組みを作り始めてる横にモンスターたちが集まっていた。
彼らは大いにはしゃいでいた。
鳥っぽいモンスターはパサパサ羽ばたいたり、ゴリラっぽいのは胸をどんどん叩いてドラミングしたり。
何体かいるスライムはニヘラ顔で半溶けになって、見た目が例のゲームのバブルスライムっぽくなっていた。
みんな喜んでるのは傍から見ててもよく分かる。
「でも本当にいいんですか」
「うん?」
「モンスターだけど、いい加減分かってきます。これ、ものすごくお金がかかるんじゃありませんか」
「それなりにな」
「そこまでしてくれるなんて、どうお礼をいえば――」
クレイマンにデコピンをして、彼の台詞を止めた。
「そこは気にするな。俺は自分のためにやってるんだ」
「はあ……」
よく分からないって顔をするクレイマン。
分からないのも無理はない、だが真実だ。
そう、自分のためだ。
ダンジョンの外にいる彼らが「ハグレモノ」って名前である以上、俺が見過ごす・見捨てる事なんてあり得ない。
彼らが置かれた現状と、かつてブラック企業にいた自分の状況と重ねて、ついつい助けてやりたくなってしまう。
これは俺が自分のためにしている事。
だから、大はしゃぎしているハグレモノのモンスター達をみると、俺も嬉しくなるのだ。
☆
「サトウ様」
午後、アントニオと更に打ち合わせをした後で店を出ると、通りかかったセルと遭遇した。
俺にはいろんな呼び方があるが、「サトウ様」で呼ぶのはセル一人だけ。
慇懃無礼ではない、セルのその呼び方からは本物の敬意を感じる。
「おっと」
通行人にドン、とぶつけられたセルは袖の中にあるフィギュアを落っことした。
彼は澄ました顔のままフィギュアを拾い上げた。
一瞬だけどよく見えた。
俺のフィギュア、手を出してデコピンをしてるポーズのフィギュアだ。
「仕事が早すぎる! 彼にデコピンしてから数時間もたってないぞ!」
「なんの事かわからぬな」
すっとぼけるセル。
俺が何かする度にそれをフィギュア化(ちなみに監視? も含めて何をどうやってるのかは未だに知らない)するこの癖さえなければな。
敬意は本物、むしろ敬意じゃなくて「信奉」ってレベルで感じる……フィギュアの件も含めて。
そんなセルに呆れながら、軽くため息をついた。
一方でセルは何事もなかったかのように言ってきた。
「話は聞いた。サトウ様一門がますます隆盛を迎える。喜ばしい事である」
「一門? ファミリーじゃなくて?」
リョータファミリーという呼び方にようやく慣れてきたところに、あたらしい呼び名だ。
「うむ、一門だ。要のリョータファミリー、事実上直系のマーガレットファミリー、クリフファミリー。黄金の街インドールに百鬼の村リョータ」
数え上げる様に言っていくセル。
黄金の街は納得だけど、百鬼の村なんて呼び方初めて聞いた。
「これらが全てサトウ様の下に集っている、サトウ様一門。もはやあのネプチューンファミリーに匹敵する程の勢力といえよう」
「むしろアイツがそんなにすごいのにびっくりだ」
セルが数え上げる様に言った五つの「団体」、それでようやくネプチューンファミリーと互角らしい。
「ご安心を、向こうはとうにピークを迎えたが、サトウ様はむしろこれからであろう」
「いや別に張り合ってはいない」
言葉通りだ、組織の大きさ勝負とか割とどうでもいい。
それが近頃は「抑止力」になってるから、大きいのに越したことはないけど。
しかし、一門か。
一門ってよりはグループって言った方がなんとなくしっくりくるけどな。
そんな事を考えつつ、セルと立ち話をした。
「おい!」
いきなり真横から大声を出された。
何事かと思って振り向くと、見知らぬツンツン頭の若い男がまっすぐ俺を見ていた。
「俺に用か?」
「ああ! お前、リョータ・サトウだな」
「そうだけど……」
「よし、俺と勝負だ!」
「……え?」
あまりにも意外な要求に頭の理解が遅れた。
「勝負って……何を?」
「決まってんだろ。男なら拳よ」
「つまり決闘しろって事か」
「おうよ。お前をプチッと倒して俺の名を世間にとどろかせてやる」
ああ、そういうことか。
つまり道場破りみたいなもんかな。ここ俺の家じゃないけど。
「悪いけどそんなのに付き合う義務は――」
「逃げんのか腰抜け野郎」
ビシッ!
ゴゴゴゴゴゴ……。
瞬間、空気が固まって、重さを増した音が聞こえた気がした。
背中がぞわっとして、それで怖くなって真横をちらっと見ると――セルが笑っていた。
一番怖い笑い方だ、怒りメーターが一瞬で振り切って笑いしか出てこない、そういう笑顔だ。
まずい、セルが動いたらこの男ミンチよりもひどい死に方をしそう。
「俺がお前のバケの皮を――」
未だにだらだらと口上を述べる男の後ろに一瞬で回って、肩をポン、と叩いた。
「――え?」
男は驚き、絶句した。
「な、ど、どういう事だ?」
パッと振り向き、俺からサッと距離を取る。
が、俺は更に動いて、男の背後に回って、ポンと肩を叩いた。
「なっ!」
そいつは更に距離を取ったが、もう一回先回りして背後から肩を叩く。
速さSS。
加速弾がなくても、男の背後を簡単にとれた。
「な、なななな……」
背後から肩を叩く。
「どんなトリック――」
背後から肩を叩く。
「うそだろ!?」
背後から肩を叩く。
「も、もうやめてくれ」
背後から肩を叩く。
男が泣き出してもやめなかった。
背後に一瞬で回って肩を叩き続けるのを、男が悲鳴を上げて逃げ出すまで続けた。
さすがに逃げ出すのを追いかける事はなかった、必要がないし目的はもう達したからだ。
周りから拍手と歓声が上がった。
道ばたでやってたせいで、いつのまにかかなりの野次馬が集まっていたのだ。
その野次馬の中から進みでて、俺の方に向かってくるセル。
「さすがサトウ様。圧倒的な力で子ども扱いをしてやったのだな」
「街中でケンカは一応まずいしな」
のは建前で、放っておいたらセルが「なにか」しそうだったから。
「さすがサトウ様だ」
「……それはいいんだけど」
俺はある事を思い出して、ゆっくりとセルに近づいて、普通に真ん前から肩を叩いた。
すると、セルの袖の中からフィギュアがポトッ、と地面に落ちた。
俺のフィギュア、さっきの男の肩を叩くポーズをした――三割増しで格好良く作られたフィギュアだ。
「だからどうやって作ってるんだよ! はやいよ!」
「全て部下がやった事だ、余は知らぬ」
セルは政治家みたいなすっとぼけ方をした。
まったくもう。