217.レイア・セレン
夜、屋敷のサロン。
世間話で、今日起きたことをアウルムに話した。
「へえ、あたしらが力を貸した人ってそういう扱いされるんだ」
「精霊付きとしてな。その事を知らなかったのか?」
「今まで二回以上会いに来れた人いないし、そういう話を聞いたことなかったもん」
「そりゃそうか」
「……」
何を思ってか、アウルムは急に黙り込んで、俺をじっと見つめた。
「ねえリョータ」
「うん?」
「リョータもあたしの名前を名乗っていいんだよ?」
「レベッカ・ネオンみたいにか?」
「うん! 例えば……えっと、サトウが名字だっけ? だったらリョータ・アウルムだね」
「まるで婿養子にいったみたいだな」
なんかちょっと面白いかもしれない。
「いや?」
「いやっていうか、それを名乗ると多分――」
噂をすればなんとやらだ。
サロンの外を風呂上がりのセレストが通りかかった。
彼女はものすごく複雑そうな顔でこっちを見て。
「リョータさん……彼女と……?」
とつぶやいた。
セレストを呼び込んで、状況を説明して誤解をといた。
「な、なるほど。そういうことだったのね」
「うちだと他にエミリー・アルセニック、レイア・セレンとかがいるな。もちろん精霊の方が許可すればだけど」
「そうなったらすごい事だわ」
状況が分かったセレスト、微笑みを浮かべて言った。
「確かにすごいかもな」
「というかさ、リョータはコンプを目指せばいいじゃん?」
「コンプ?」
「うん、元の名前のままでいいから、後ろにあたしらの名前をつけるんだよ」
「リョータ・サトウ・アウルム……ってことか?」
「それを増やしてくの。話を聞くとそろそろニホニウムと会えるみたいじゃん? だったらリョータ・サトウ・アウルム・ニホニウム、って感じで」
「大貴族みたいな感じになるわね」
「むしろ佐藤亮太水兵リーベ僕の船になりそうだ」
「なにそれ」
「いやこっちの話」
というか全部コンプしたらアトム名乗っちゃった方がいいのかもしれない。
しないけど。
それはしないけど……。
「うん? どうしたの?」
「いや、なんでもない」
アウルムも、アルセニックも、セレンも。
俺と関わりのある精霊はみな何かに飢えていた。
名前はともかく、全員にそれぞれあって、その何かを解消していくのは――。
「やらなきゃな……」
と、思ったのだった。
☆
次の日、セレンダンジョン、セレンの部屋。
レイアと一緒にセレンにあいにきた。
「外には興味は無いね」
「そうなのか?」
「うん、別に外の世界どうでもいいわね」
実質ダンジョンに閉じ込められてる精霊の「飢え」を解消したいと思って、まずは知っているセレンの所にやってきたのだが、彼女はあっさりと言い放った。
「本当に興味なさそうに聞こえる」
「実際興味ないしね。あたしは――」
セレンはしなを作って近づいてきて、服の上から指で俺の胸板をなぞった。
「こ・う・い・う・の、が好きだから」
ゾクゾクとした。
服の上から触られただけなのに妙にゾクゾクした。
「そ、そうか」
「あはは、怯えなくても大丈夫。あたしは童貞か処女にしか興味ないから。ああでも、あたしの名前ほしいんだっけ」
「いやそういうわけじゃ――」
「よし、じゃあこうしよう」
セレンがポンと手を叩く。
なんか勘違いされたまま話が進む。
「たまに来てあたしのおっぱい揉んでくれたらいいよ」
「それでいいのか?」
「あんたのを揉ませてくれてもいいよ」
「その絵面は想像もしたくない!」
三点ビキニの美女が俺のおっぱい――というか雄っぱいを揉む。
そんな光景、当の本人である俺でも想像したくないもの。
それならまだ彼女のを揉んだ方が100億兆倍いい。
「マスター、一つ提案があるのですが」
一緒に来たはいいけどずっと黙っていたレイアが口を開いた。
「提案ってなんだ?」
「前にマスターから聞いた、ぱふぱふと言うものをしてもらってはどうでしょう」
「ぱふぱふ? なにそれ」
セレンが食いついてきた。
あー……ぱふぱふか。
普段の世間話で仲間達に話した事があったっけ。
ステータスがあってダンジョンでモンスターを倒すっていうこの世界があまりにもゲームっぽくて、その流れから雑談の話題で出したのがぱふぱふだ。
「マスターはたしか、男のロマンといってた」
「ロマンだけど……」
ちらっとセレンを見た。
「エロとは違うんだよな、ぱふぱふは」
そう、エロとは違う。
俺の中ではぱふぱふはロマンであってエロではない。
歩く十八禁、純潔を汚したがるエロいセレンが気に入るのかどうかは分からない。
だけど彼女が興味を示したので説明した。
「おっぱいで相手の顔を挟んでむぎゅむぎゅするのをぱふぱふっていうんだ」
「おっぱいで顔を……」
セレンは自分の胸を両手で挟んで押しつけながら想像した。
すると。
「それいいじゃん、いいじゃん」
「二回言った、そんなにいいのか」
「すっごい事考えるねあんた、それすっごくいいよ」
いや考えたのは俺じゃないんだけど……っていうかものすごく気に入ったっぽいな。
エアぱふぱふというか、素振りっていうか。
セレンは相手の顔もないのに、自分で胸をムギュムギュしている。
よっぽど気に入ったんだな。
「セレンさん。私が毎日ぱふぱふさせてあげます」
「本当に!?」
食いつき方もすごい、いやあなたする方だよ?
「だから、私にセレンの名前を名乗らせて下さい」
真顔でセレンを見つめて、抑揚のすくない敬語で申し出るレイア。
「オッケー、それで決まり。じゃあ早速しよう」
「はい」
ノリノリで屈伸して準備運動をするセレン。
レイアは俺の方を向いて。
「では、マスター」
「え?」
「精霊の名前、いただいてきます。これで私はレベッカと同格になります」
……ああ。
なんとなくレイアの考えてる事がわかった。
レイアと俺は一応主従関係にある。
「従」の格が上がれば、「主」の格も自然とあがるって考えてるんだ。
彼女は、俺をレベッカよりも格上にするために精霊の名前をもらおうとしてる。
俺はとめなかった。
むしろちょっと嬉しかった。
魂を抜かれて、今でも感情や口調の抑揚が乏しいレイアだけど。
そういう「感情」が出てくる事は嬉しかった。
だから彼女の好きにさせた。
こうして、俺がアウルムの送迎と同じように。
レイアもセレンとのぱふぱふを日課にして。
レイア・セレンと名乗る事になったのだった。




