215.世界一位の本気
酒場、ビラディエーチ。
夜、一人でぶらっとやってきて、本日のオススメって言われたビールを注文した。
ついでにソーセージの盛り合わせも頼んで、晩酌の一時。
ビールもソーセージも美味しくて、ほろ酔いでいい気分になっていたところに。
「リョータ・サトウ」
フィリップが仲間を引き連れて登場した。
外から店に入ってきて、一直線に俺の所に向かってきた。
「探したぞ」
「まだ何か用があるのか?」
「この前の勝負、負けは負けだ、素直に認めてやろう」
やろうって……負けたのに威張りすぎでないの? 別にいいんだけど。
「だが、あんなの何の意味もない! 俺たちは冒険者、本当の勝負はダンジョンの稼ぎで決まるもんだ」
「はあ……」
ビシッと鼻先に指を突きつけられた。
ファミリーのみんながいたらまたキレそうだな、フィリップのこれに。
「そしてダンジョンでの稼ぎは負けん」
「そうか、わかった。勝負だ」
へたに刺激すると話がややっこしくなるから、俺はフィリップが好みそうな台詞で返事した。
多少棒読みになったのは仕方がない。
「ふっ、そうこなくっちゃな!」
狙い通りフィリップは満足そうに笑って、身を翻して仲間を引き連れて去っていった。
それを目で見送った――瞬間。
「――っ!」
おもわず息を飲んだ、酔いが一気に覚めた。
意気揚々と立ち去るフィリップとすれ違う一人の女。
パーティーにでる様なドレスを纏う大人の女性。
しかし雰囲気が違った。
分かる、あきらかに違う。
俺と多分同じ……ステータス以外でも強さを求め、それを身につけている女性。
まったく感づかなかったフィリップとすれ違って、彼女はまっすぐ俺の席に向かってきた。
そして俺の前に立ち止まって、優雅に、そしてにこやかに微笑んで。
「初めまして、レベッカ・ネオンと申します」
「あ、ああ」
「アウルムの人、ですわね」
「――っ!」
二度驚く。
そして気づく、彼女にもう一つある事を。
「あんたは……」
「ネオンに名前を頂戴いたしました」
「……ネオンか!」
あまりにも普通に名乗ったので気づかなかったが、アウルムの人、そしてネオンからもらったという言葉で気づいた。
原子番号十番、ネオン。
間違いなくダンジョンの名前の一つで。
「精霊とあったのか」
レベッカは再び、静かに微笑んだ。
☆
レベッカ・ネオン。
またの名をザ・パーフェクト。
彼女が使ったポータブルナウボードで異名の意味が分かった。
―――1/2―――
レベル:50/50
HP A
MP A
力 A
体力 A
知性 A
精神 A
速さ A
器用 A
運 A
―――――――――
―――2/2―――
植物 A
動物 A
鉱物 A
魔法 A
特質 A
―――――――――
「まさにパーフェクトだな」
「恐れ入ります」
「ちなみに最初からこんな感じのステータスだった?」
「ええ、レベル1の時から」
「ますますすごいな」
酒場の中、同じ席で向かい合って座る俺とレベッカ。
彼女が見せてくれたステータスに俺は舌を巻いていた。
マーガレットの上位互換だ。
マーガレットは一枚目オールFで二枚目がオールAだが、レベッカは一枚目も二枚目もAがずらっと並んでいる。
「そのパーフェクトさんがなんで俺に?」
「最初お聞きした、アウルムの方ですわね、と」
「ああ」
「同じ精霊にあい、加護を受けたもの同士、どのようなものなのかと気になりまして。噂を聞く限りではかなりアウルムに気に入られているようですから」
「ああ……なるほど」
確かにそうかもしれない。
アウルムダンジョンのルールを俺は数回変えた。
精霊とよほど仲良くなってなければそうはならない。
「そっちこそかなり気に入られてるみたいじゃないか。名前までもらってるし」
「気が合いました。まるで実の姉妹かのように」
「そうか」
相当器が大きい人間だな、この人。
ほめられたときに無駄に威張らず、かといってへりくだることもなく振る舞える人間はそうはいない。
ほめる理由となったのがこの世界で最上級に近い存在、ダンジョンの精霊でもそれが出来るのだから、かなり器が大きいと俺はおもった。
「でもよくダンジョンの精霊に会えたな」
「恵まれました。実は私、ダンジョン生まれなのです」
「……いつ倒せば道が開くか分かるのか」
「はい。もっともそのタイミングが来るのに、ダンジョンで3ヶ月寝泊まりしましたが」
マーガレットの上位互換だと思ったら、アリスの上位互換でもあったようだ。
アリスはダンジョン産まれ故に、ドロップ能力こそ低いが、どのタイミングで倒せばドロップするのかが分かる。
いわばくじ引きでとかルーレットとかで、あたりを確実に読める能力だ。
ドロップA、そしてダンジョン産まれ。
その二つが合わさって、ネオンと会えたってことか。
「すごいな」
「恐れ入ります」
「それに、強い」
「ネオンに特化しすぎて、もうあそこに骨を埋めるしかないですけど」
にこりと微笑むレベッカ。
やっぱり相当な人間だ。
「そういえば、ネオンの加護に何をもらったんだ?」
「オンリーワン」
「オンリーワン?」
「ネオンでは、私だけがドロップする事になってますの」
「……おぅ」
予想以上にすごかった。
「それってつまり、ダンジョンを一つ独占しちゃってるって事か」
「ええ。ネオンとは気が合いましたので」
さっきも言われた言葉だが、まったく違う意味を持った。
合うにも程がある。
「アウルムの事もありますし、来年私の事を脅かす方がどのような方なのかが気になりましたの」
「脅かす?」
「買い取りランキング」
「ああ、アレか……俺が世界三位になったっていう……ってまさか!?」
目を見開いてレベッカを見た。
彼女は相変わらず穏やかにニコニコしている。
世界三位、脅かす、ダンジョン独占。
「あんた、世界一位か」
「ええ」
平然と頷くレベッカ。
予想外だ、まさかここで世界一位に会えるとは。
それも向こうから来るとは。
相当な人間だろうなと推測してたけど、予想以上だ。
「あって、どうするんだ?」
「なにも。強いていえばアウルムの事を聞ければと。他の精霊はどうなのか、実の所興味津々ですのよ」
本気で興味本位に聞こえる。
なんというか、世界一位と知ってから彼女への見方が変わった。
超然とした、ワンランク上の存在に見えてきた。
そんな彼女が、不意に目を見開いた。
びっくりした顔で、俺の後ろを見つめた。
どうしたんだろうか、って思っていると。
「ヨーダさんみーっけ、なのです」
「探しました、マスター」
独特な呼び方で俺を呼ぶ二人の女。
エミリーとレイアが背後から現われた。
「どうした、何かあったのか?」
「なにもないのです。ヨーダさんが飲みに来てるって聞いたので私ものみたいって思ったのです」
「そうか」
「私は付き添いです。マスター達が万一つぶれたときちゃんと家まで送ります」
「そういうのはいいよ。何なら一緒に飲んでってくれ。その方が楽しい」
「……はい、では少しだけ」
エミリーとレイアが現われた事で二人と普段通りに話したが、レイアの視線でレベッカと同席している事を思い出した。
紹介はした方がいいな、と思って振り向くと、レベッカは更に目を見開かせていた。
そういえばエミリーとレイアを見てこんな顔になったんだっけ……でもなんでだ?
「あなた達も……精霊の加護を?」
「……ああ」
ポン、と手を叩く俺。
そういえばそうだ。
エミリーはアルセニック、レイアはセレンの加護をそれぞれ受けている。
精霊の加護を受けたもの、と言う意味ではここにいる四人全部そうだ。
「紹介する、エミリーとレイア、俺の仲間だ。推測はその通りだ」
「初めまして、エミリー・ブラウンって言うです」
「レイアだ」
二人が自己紹介すると、レベッカは更に驚き――それが限界を超えて、表情が元に戻った。
「予想を遥かに上回っていましたわね。まさか精霊付きが三人も。そして……それを従えるあなた」
レベッカは優雅に立ち上がった。
「今日は来てよかったですわ」
といって、やっぱり優雅な足取りで立ち去った。
「どう、どうしたですかヨーダさん。私何かまずいことしたです?」
「警戒されてました。マスター、アレは敵か?」
警戒されてた、か。
世界一位に目をつけられるのはあまりいいこととは言えないんだけどな……ま、しょうがないか。