166.黄金怖い
夜、屋敷の中にある「燕の恩返し」出張所。
俺は緊張したままエルザをみていた。
エルザは手元の台帳に書き込まれた数字を集計している。
今日、俺の稼ぎの集計だ。
その結果に久しぶりに緊張している。密かに祈りつつ待っていると、エルザが笑顔で顔を上げた。
「おめでとうございますリョータさん」
「おっ? ってことは?」
「はい! 今日の合計100万ピロ越えました」
「うっし!」
喜びそのままにガッツポーズした。
一日――というか実働半日で稼ぎ100万ピロは今までもしょっちゅうあった、それでも嬉しいのは、今日はテルル15階で桃のみを狩って、それで100万越えしたからだ。
「強者殺し」のテルル15階、モンスターの行動を体で覚えて、対処法を詰め将棋の如く最適化していった結果、最初の77万から大きく伸びて100万を超えた。
今さら100万ピロ越えただけだとそれほどじゃないけど、「強者殺し」でそれをやれたのは達成感があった。
「すごいですよリョータさん、多分世界初だと思います」
「世界初?」
「はい、テルル15階を一日でこんなに稼ぐのって。ダンジョンで稼ぐってドロップ高い人じゃないとダメですけど、ドロップ高い人は9割9分他の能力も高いですから」
「そっか……」
「さすがですリョータさん」
エルザにそう言われて、ますます達成感が高まる。
「それを半日だけって言うのがますますすごいです」
半日、それは俺が自分に課したマイルールだ。
元の世界で社畜を長らくやってきたせいで、俺はよほどの事が無い限りは夕方以降ダンジョンに入らないようにしている。
言い換えれば昼間だけダンジョンに入るってことだ、その上半分の時間をニホニウムでの能力あげに使ってるから、稼いでるのは元の世界でいうところの12時から18時くらいだ。
半日どころか四分の一日っていってもいい。
買い取り屋「燕の恩返し」から出向している形になってるエルザはもちろんその事をよく知っている、それが彼女の感服する表情に繋がっている。
ただのごますりならいやにもなるが、自分が成し遂げた事に対する褒め言葉は素直に嬉しいものだ。
達成感とエルザの言葉で二重に嬉しかった。
「よし、今日は飲みに行くか」
「はい!」
☆
なじみの酒場、ビラディエーチからの帰り道。
俺はエルザとアウルムとの三人で歩いていた。
他のみんなは用事があってつかまらなかった。打ち上げで一緒に飲んだのは集計してくれたエルザと、俺が定時で迎えにいったアウルムの二人だけだ。
「美味しかった、美味しかった、すごく美味しかった」
ビラディエーチのビールをよほど気に入ったのか、アウルムは店を出た帰り道でも興奮しっぱなしだ。
今も俺とエルザのまわりをぐるぐる走り回っている、まるで子供の様な反応だ。
「お酒ってこんなに美味しいものだったんだね」
「酒が気に入ったのか」
「うん! ふわふわして気持ちいい」
「そうか。今度は別の酒も飲んでみるか」
「他の酒もあるの?」
「ああ、ワインやらシャンパンやらウイスキーやら色々あるぞ」
「おおぉぉ……」
アウルムは感動した目で唸った。
ダンジョンの外に出てきたばっかりだから、未知のものにはこんな純真な子供の様な反応をする。
それを見てると色々と経験させ、教えてやりたいって気分になる。
「そんなにいろいろあるんだ」
「ああ、あるぞ。そういえば金箔入りの酒ってこっちにあるのかな」
「金箔? 金をお酒にいれるの?」
「ああ。酒だけじゃなくていろんな料理にもいれるぞ。滋養強壮にいいって話だ――あくまで俺がいたところでの話だけどな」
「へえ。うん、じゃあエミリーの手伝いをして、明日から料理に金をいれるね」
「うん? そうか、金は普通に出せるんだ」
「うん! 食べ放題だよ!」
「いやいや」
その言い方が面白かった。
金――金箔の食べ放題ってのはちょっとだけツボった。
黄金の精霊アウルムからすれば金は無尽蔵にだせるんだろう。
金の食べ放題。
なんか面白いかも知れない、とおもった。
「あれ?」
「どうしたエルザ、いきなり立ち止まって」
「あそこ……家を建ててますね」
「ん?」
同じように立ち止まって、エルザの視線を追って行った。
夜の暗闇の中で、夜間だから動きはないが、それでもはっきりと分かる。
結構大がかりな工事をしているようだ。
「本当だ、すっごい規模の工事だな」
「みた感じお屋敷ですね。商業施設じゃないみたいです」
「屋敷、か。…………このタイミングでこの規模の屋敷、セルかな」
「ちょっときいてきます」
エルザはそう言って走って行った。
聞くって誰に? って思ったけど彼女が走って行った先に現場の夜番をしている人間がいた。
エルザはその男に話しかけて色々聞いてから戻ってきた。
「セル・ステムさんの屋敷みたいです」
「やっぱりそうか」
「お屋敷っていうよりお城みたいな見た目になるらしいっていってました」
「へえ……まああれだけの金持ちならお城もおかしくはないな」
城は別に王とかじゃなくても持てる、ヨーロッパの貴族とかだとよくある話だって聞くし。
あの有名なドラキュラの元ネタになった貴族も城を持ってたっていうしな(子孫が売ろうとしてるニュースを前に見た)。
しかし、城か。
…………。
「どうしたんですかリョータさん」
「ああいや、城って言われて銅像って言葉を思い出してさ」
「銅像? 確かにお城にはありそうなものですけど、それがどうしたんですか?」
「いや考えすぎだ」
そう言って、浮かび上がってきたものを振り払った。
いくら何でも、な。
「ちょっと待ってください」
エルザはまた夜番の男のところに走って行って、色々聞いてから戻ってきた。
今度はものすごく微妙な表情で――まじか。
「あの……リョータ、さん」
「まさか」
「はい……、作ってるらしいです、リョータさんの銅像」
「本当に作ってるのかよ!」
「しかも、可変式銅像、だそうです。魔法でいろんなポーズにかえられる銅像っていわれました」
「なんていう技術の無駄使い!」
セル改めストーカーのやった事に軽く戦慄した。
明日会いに行って銅像をやめさせるように言わないと。
「で、でも、すごく立派なお屋敷になりそうですね」
エルザは話題そらしにそう言った。
「ん? ああそうだな。権力とか金のある人間はそういうの作りたがるな」
「そうなの?」
アウルムが小首を傾げて聞き返してきた。
「そういうものだ。例えば……金ぴかの城とか作ったヤツもいたな。ん? 城じゃなくて寺だっけ」
大阪城はどうだったかな、と記憶を探る俺。
「金ぴかだとすごいの?」
「まあ威圧感あるし、パッと見てすごいって分かるからな。うーん、かっこいい、かもしれないな」
「そっか、分かった」
「わかったってなにが――おい!」
呼び止める間もなく、アウルムは風の如く走って行った。
「どうしたんでしょう」
「…………まさかっ」
アウルムが直前に言っていた事が、頭の中である光景になって再生された。
俺は彼女の後を追って駆け出した。
まさか――やめてくれ。
そんな事を思いつつ懸命に走ってアウルムの後を追いかけた。
やがて、家に戻った俺が見たのは。
金ぴかの――形は従来のまま、しかし完全に金になっている屋敷の姿だった。
その前にたっているアウルムは俺に振り向き、腰に手を当てて得意げな顔で振り向いた。
「どう、リョータ。これですごくなった?」
アウルムダンジョンの精霊、黄金のアウルム。
彼女の力で屋敷を金ぴかにかえたのだ。
「す、すごいけどこれはやめてくれ」
「えー、どうして?」
「落ち着かないから、いくら何でも」
「でもすごいんでしょ? かっこいいんでしょ」
「いやいや……」
俺は冷や汗をかきつつ、必死にアウルムを説得してどうにか金ぴか屋敷だけはやめさせた。
「じゃあリョータの銅像じゃなくて金像をつく――」
「それはもっとやめてくれ!」
セルの悪影響で更にとんでもない事を言い出したアウルム。
富の象徴である黄金が、トラウマに早変わりしそうな、そんな出来事だった。