164.桃
転送部屋でダンジョンに入った瞬間すぐにそれに気づいた。
他のダンジョンと違う、しかしとあるダンジョンとよく似ている。
冒険者がいなくて、まるでダンジョン全体が一つの闘技場になっている様な作り。
あのサルファと似たような作りだ。
「ソロ強制ってことか……まあ、そうじゃなかったら強者殺しって言われないか」
俺はその場で少し待った。
ほとんど遮蔽物がなくて、一目で見渡せる広大な空間。
サルファと同じなら、そのうちモンスターが現われるだろう。
そう思って銃に弾を込めて、ウインドウカッターで魔法が使える事を確認しつつ待った。
やがて、モンスターが現われる。
闘技場の反対側に二体のスライムが現われた。
サイズはバランスボール程度、色はそれぞれ金と銀だ。
二体のスライムは何もないところからすぅ……と姿を見せたあと、その場でイチャイチャし出した……いちゃいちゃ?
自分で思っておいて首をかしげたが、改めて見てもやっぱりイチャイチャだ。
体をすりあわせて、ハートマークをあっちこっちに飛ばしていくのが見えてきそうなくらいの勢いでイチャイチャしている。
親子スライムとかそう言うのと同類、恋人か夫婦スライムってところだろうな。
まずは小手調べ、二丁の銃で同時に通常弾を連射した。
変哲のないただの鉛玉が空気を裂いて二体のスライムに当たったが、ほとんど効いてないみたい。
それだけじゃない、銃弾の当たり具合が微妙に違う。
金色のスライムは当たったけどほとんど効いてないって感じで、銀色のスライムにはそもそも当たってなかった。
体の外に薄い膜のようなものがあって、それに当たって弾かれた感じだ。
スライムはこっちに気が付いた、イチャイチャをやめて向かってくる――。
「うおっ!」
思わず声が出て、とっさに腕をクロスにしてガードした。
二十メートル近くある距離を一瞬で詰めてきて、金色のスライムがスライムらしく体の一部を変形させて殴ってきた。
重い一撃がガードを、体の芯を突き抜けていった。
たまらず後ろに吹っ飛び、どうにか体勢を立て直して着地。
「くっ!」
手がしびれる、震えていて上手く動かない。
ゴールドスライムが更に肉薄してきた!
とっさに避ける。
地面がえぐられて石つぶてが飛び散る中、震える手でどうにか自分に回復弾を撃ち込む。
ダメージが一瞬で消える。全快したのとほぼ同時に反撃に転じる。
着地、ぐっと踏み込んで肉薄。
全力のパンチをスライムの体に叩き込む。
手応えあり、ゴールドスライムは吹っ飛んだ。
二十メートルくらいバウンドしながら吹っ飛んで、シルバースライムのところに戻った。
ゴムボールの跳ねるような効果音をしながら、ゴールドスライムは普通に着地する。ほとんどダメージはないみたいだ……マジかよ。
舌を巻いていると今度はシルバースライムが飛んできた。
ゴールドスライムとほとんど同じ速度で飛んできて、同じように体を変形させて攻撃してくる。
それを真っ向から迎え撃った。
地面をぐっと踏み込んで、腰を落として迎撃のパンチ。
シルバースライムの攻撃と打ち合った。
パーーーーーン!!
ダンジョン全体が震える程の爆音と衝撃波が走る。
シルバースライムは無傷、俺はたまらず二歩三歩後ずさった。
打ち合ったのにゴールドスライムの時以上のダメージを受けた。
それだけではない、このダメージは知ってる。
「魔法ダメージか」
かつて精神がまだFだった頃に自分のもろさを実感したときのダメージと同じだ。そして、ゴールドスライムとは違う。
ゴールドスライムの攻撃は物理ダメージ、そしてシルバースライムの攻撃は魔法ダメージ。
なるほどな、と妙に納得した。
そして――再びすっ飛んできたゴールドスライムの攻撃をあえて受けてみた。
しびれる腕、用意していたからすぐに回復弾で回復。
ゴールドスライムのパワーは俺とほぼ同じくらいだ。
エミリーの言うことはこういうことだったんだ。
強者殺し、冒険者の強さに合わせてモンスターの強さも変動する。
ゴールドスライムのパワーも、そして二度肉薄してきたスピードも俺とほぼ同じだ。
それはやっかいだ、やっかいだ――が。
肉薄を続けるゴールドスライムを掴んで投げ飛ばす。
反対側に投げ飛ばして、追尾弾を連射する。
時間差のホーミング軌道を描いてゴールドスライムを狙う追尾弾達。時間稼ぎだ。
そのわずかな時間を無駄にしないようにシルバースライムの方を向いた。
銃を片方だけ構えて連射。
強化弾マシマシに詰め込んだ雷弾――無限雷弾をシルバースライムに連射した。
雷が次々とシルバースライムを襲う、鈍色に輝くスライムの体を焼く。
スライムは苦しそうにもがく――推測通りだ。
ゴールドスライムは俺の物理系の能力とほぼ同等、ならば魔法ダメージを与えてくるシルバースライムは俺の魔法系の能力とほぼ同等なんだろう。
そして俺は、精神がまだまだ低い。
現時点で唯一の穴とも言える精神にマシマシの無限雷弾をしこたま撃ち込んだ。
シルバースライムは苦しそうにもがき、やがて黒焦げになって燃え尽きて。
よし、後は――。
振り向こうとした瞬間、手の中から銃が消えた。
「なっ――」
驚く暇もなく、ゴールドスライムが更に肉薄してきた。
SS相当の力と速さで接近戦をしかけてくる。
必死にガードし、避けてやり過ごそうとする。
銃が消えたことで俺のメンタルに少なからずダメージを与えた、遠距離攻撃の要、回復や補助も出来る銃が消えたことは戦力が半減する事を意味している。
その動揺を立て直す暇もなく、スライムの攻撃が横っ面にクリーンヒットして、俺は真横に吹っ飛んだ。
久々の大ダメージ、ダンジョンマスターと戦った時以来だ。
膝に手をついて立ち上がる、今の一撃であごに来た。
容赦のないSS相当の一撃がこんなに重かったのか。
ゴールドスライムは更に襲ってきた。
心なしか獰猛さが上がってる――いや確実にあがってる。
シルバースライムが消えた直後から攻撃の激しさがワンランク上がっている。力も速さも変わらないが、激しさが上がって攻撃が恐ろしくなった。
それをしのぐ、避けて受け止めてしのぐ。
同等だからこそ、一度劣勢に追い込まれた後なかなか立て直せない。俺はゴールドスライムのラッシュにいい様にされた。
このままじゃじり貧――ならっ。
防戦一辺倒になりながら、俺は完全に割り切った。
立て直しをやらないで、主導権を取り戻すことを諦めた。
そのかわり狙った。意識を研ぎ澄ませてチャンスをうかがい、狙った。
腕がしびれて言う事を聞かない、ダメージが体の芯に蓄積していってる。
「がふっ」
こみ上げてくる何かを強引に飲み干す、口の中に鉄の味が広がる。
それでも狙う、意識を研ぎ澄まして。
「――はああっ!」
ゴールドスライムの大ぶり、これでトドメ! と言わんばかりの一撃が飛んできた。
それに合わせるカウンター、全力のクロスカウンター。
拳がゴールドスライムに突き刺さる――いや貫通する。
串刺しになったゴールドスライムはびくん、びくんとけいれんして、やがてポン! と消えていなくなった。
消えた後の地面に大ぶりの桃と、消えてなくなった銃が姿を見せていた。
「――がふっ!」
今度こそ吐き出した鮮血を、俺はとっさに首を振って、モモにかからないように横にはいたのだった。
☆
屋敷の中、アウルムの部屋。
ベッドの上で体を起こしたパジャマ姿のアウルム。
上着を肩にかけて血色もちょっと悪い、いかにも病人って感じの見た目だ。
そんな彼女にエミリーがモモを手渡した。
シロップと一緒に盛った、半分に切り分けられたモモだ。
「これは?」
「モモなのです、風邪の時はこれを食べるとすぐによくなるのです」
「魔法薬……ってこと?」
「違うのですよー」
エミリーがニコニコして言う。アウルムは首をかしげるが、それでも受け取って、フォークでモモを刺して、口に運んだ。
直後、瞳が輝く。
目を見開いて瞳を輝かせてよろこんだ。
「おっっっっっいしーーーー!」
「大分ためたな」
「だって美味しいんだもんこれ、すごくすごくおいしいんだもんこれ」
「そうか」
「これはヨーダさんがとってきたモモなのです」
「そうなの?」
「まあな」
「……ありがとう、あたしのために」
「気にするな。モンスターを一体倒してきただけだ」
「ありがとう、リョータ……」
「どうした」
「風邪を引いたらまたこれ作ってくれる――」
ぴしっ、アウルムにデコピンした。
「そういうのはなしだ、ちゃんと治せ」
「はーい。ありがとうリョータ、エミリー」
アウルムは病人姿のまま、ベッドの上でモモを頬張った。
桃缶のようにつくったモモの効果だろう、アウルムは口にしながら、はっきりとわかるくらいにやけていた。
俺はエミリーと視線を交換して、密かに親指を立て合ったのだった。