134.骨と腕
屋敷の中、誰のものでもない空き部屋にエミリーとケルベロスを連れてきた。
「ここは何の部屋ですかご主人様」
「倉庫部屋だ。普段使わないものがまとめて放り込まれてる。ここに置いてあるんだよなエミリー」
「ハイです、ちゃんとここに集めてるです」
「よし。その前にチェックだ」
何が何だか分からないって顔をするケルベロスに向かって、あるものを差し出す。
手のひらに載るサイズの消耗品、ステータスをチェックするポータブルナウボートだ。
ダンジョンに行けばいくらでもただでチェック出来るが、それ以外だとこうして消耗品を買ってやるしかない。
とは言え大して高くもないから、何かあったら使える様に常にいくつか常備している。
それをケルベロスに差し出す。
「これを使ってみろ」
「わかりました、こうですか」
ポータブルナウボートを使って、ステータスをチェックするケルベロス。
―――1/2―――
レベル:1/50
HP D
MP F
力 E
体力 F
知性 F
精神 F
速さ E
器用 F
運 F
―――――――――
―――2/2―――
植物 F
動物 F
鉱物 F
魔法 F
特質 F
―――――――――
ケルベロスのステータスはかなり低かった。
レベルも上限はそこそこあるが今はたったの1だ、ステータスも相応に低い。
ぶっちゃけ銃弾一発を撃ち込めば倒せそうな弱さである。
「レベルは上がってないのか。今まで何か倒した事もないのか?」
「倒すって人間さんをですか? そんな事をしたら人間さんに返り討ちにあっちゃいますよ」
「なるほど、隠れて生きてきたっていってたしな」
話してる間にエミリーがドアを開けて中に入った。
倉庫部屋の中は様々なものが収納されているが、それらはきっちり整理整頓されてて、ほこりもまったくない。
どれだけ意地悪な姑や小姑が来ても文句のつけられない程綺麗に片付けられている。
「すごいな」
「ハイです?」
「いや、さすがエミリーだなって思ったんだ」
「そうなのです?」
エミリーはいまいち分からないって顔をした。
おれは壁を指でなぞってみた。するとほこりが指に付着するどころか、逆に指が壁をよごすことになった。
さすがエミリーだよなあ。
そんなエミリーは部屋の奥から箱に入ってる、大量のクリスタルを持ってきた。
「大分たまったな」
「ヨーダさんが毎日ものすごい勢いで送ってくるからこうなったのです」
「これは何ですかご主人様」
「説明するよりもやってみた方が早い。それを持ってみろ」
ケルベロスは言われた通り、箱からクリスタルを口でくわえて持ち上げた。
すると、持ち上げた瞬間クリスタルが溶ける様になくなった。
「あわわ、ご、ご主人様。触ったら消えてしまいました」
「うろたえるな、そういうものだ。さあどんどん行くぞ。エミリー、ありったけを持ってきて」
「ハイです!」
きょとんとするケルベロス、生き生きと更に部屋の奥からクリスタルを持ってくるエミリー。
何なのかまったく分からないって顔をするが、それでもケルベロスはご主人様である俺の命令に従って次々とクリスタルに触れて、それをけして――体に取り込んでいく。
それをやり続けて、ちょうど二十箱になったあたりで。
「ご主人様、とっても消えなくなりました」
「カンストかな? じゃあもう一回これを使ってみろ」
さっき使った消耗品のポータブルナウボートをケルベロスに渡す。キツネにつままれた表情のままそれを使う。
すると。
―――1/2―――
レベル:50/50
HP B
MP F
力 D
体力 C
知性 F
精神 F
速さ B
器用 F
運 F
―――――――――
―――2/2―――
植物 F
動物 F
鉱物 F
魔法 F
特質 F
―――――――――
「はうぁ! ご主人様、レベルが一気に上がっちゃいました」
「ちゃんとカンストしたか」
そう、ケルベロスにあげたのは経験値が結晶化したクリスタルだ。
ニホニウムのダンジョンマスターからドロップした指輪の効果、それはカンストした後の経験値をこうして結晶化して溜めておけるようになると言うもの。
今まではそんなに活用出来る場面がなかったけど、はじめて役に立った。
新しく仲間になった飼い犬のケルベロス、レベル1だったのを一瞬でカンストにした。
仲間になった者はこうして一瞬でレベルカンストにする。
これからはこれがリョータ・ファミリーのスタンダードになるなと思った。
「はわ……ご主人様すごいです……」
「だってヨーダさんなのです、すごいのは当たり前なのです」
「ぼく、ご主人様に拾われてよかった」
感激するケルベロス、巨体に似合わず可愛いことを言ってくれる。
「ケルベロスはダンジョンにいけないけど、その分この屋敷を守ってくれ。その名前に恥じないファミリー最強の番犬になってくれ。外敵になら攻撃してよし。ご主人様命令だ」
「うん! ご主人様の敵は全員かみ殺すよ!」
意気込むケルベロス、実際能力は低くない。
その辺の冒険者なら返り討ちに出来る程度には強そうな能力だ。
「じゃあ次は……俺を思いっきりかんでくれ」
俺はそう言って袖をめくって、腕を差し出した。
「え? ご、ご主人様を?」
「そうだ、思いっきりやれ」
「でも……」
「いいから」
そう言ってケルベロスに迫る、ケルベロスは困った顔で俺とエミリーを見比べたあと、おずおずと俺の腕を咥えた。
噛んだ――はいいが全然力が入ってない。単なる甘噛みだ。
「もっと力を入れて」
「ご主人様を噛むなんてできませんよ」
「必要な事なんだ。エミリーに頼んでもいいけどエミリーはちょっと強すぎるから」
「ケルちゃん。ヨーダさんがそう言ってるのならやるです。ちゃんと理由があるです」
「でも……」
「ちゃんと全力で噛んだらエミリーが死ぬほど美味しいご飯をつくってあげるって」
――ガブ!
腕にちょっと痛みがはしった。
ニンジンを鼻先にぶら下げた瞬間ケルベロスが俺にかみついた。
「――はっ! ご、ごめんなさい」
「食いしん坊め」
慌てて口を離して謝るケルベロスの頭を撫でてやった。
そのまま自分の腕をみる、ケルベロスに噛まれたところは皮膚がへっこんで、白くなってなかなか戻ってこない。
皮膚は裂けてないが、へこんでいる。
「こんなもんか。よし、ちょっといってくるから待ってな。エミリー、ケルベロスに美味しいものを」
「ハイです。ケルちゃん何が食べたいです?」
「え? えと、あのあの……」
まだ困惑してるケルベロスとニコニコするエミリーを置いて、俺は倉庫を出て転送部屋に向かった。
☆
一回りした後、屋敷に戻ってくる。
一通り探して回ると、庭でエミリーとケルベロスを見つけた。
ケルベロスはエミリーのそばで尻尾をぶん回しながら、ぶっとい骨をかじっている。
骨は焼いたものなのか、ちょっとだけ焦げ目がついてて、焼肉の様なものすごく食欲をそそる香りを放っている。
「お帰りなさいですヨーダさん」
「お帰りなさいご主人様」
「ただいま。いいもの食べさせてもらってるな」
「ケルちゃんはやっぱりお肉とお骨が好きみたいなのです」
「ワンコだからな。骨を焼いたのか」
「素材をいかした調理方法なのです。わんちゃんに調味料はあまりよくないのです」
だから焼いたのか。
俺だったら生の骨をそのまま与えてたな、その一工夫がさすがエミリーってところだ。
「骨をかじってたのなら丁度いい」
そういってケルベロスの前に立ち、さっきと同じように腕を差し出す。
「もう一度噛んでみろ」
「分かりましたご主人様」
まだちょっと躊躇が見えるが、それでもさっきに比べて大分慣れた感じのケルベロス。
俺が差し出した腕にガブ、っとかみついた。
「あれ?」
「どうだ」
「全然かめません。ご主人様の腕さっきよりずっと硬いです」
「だろうな」
「ついでにあげてきたです?」
「上限だけあげてももったいないだけだからな」
「なるほどなのです」
きょとんとするケルベロス、納得するエミリー。
エミリーは知っている。
俺は勾玉を持ってニホニウムにいって、能力の上限をあげてきたことを。
前に鏡をもっていった時、HPと力と速さの上限がSからSSになった。
そして今回の勾玉は、予想通り体力とMPと知性の上限がSSになった。
上限をあげた後、地下四階のマミーを狩って体力をSからSSにあげた。
Sだとケルベロスの全力噛みが皮膚にめり込んでいたのが、SSだとそれすらなくなった。
「ヨーダさんがまた強くなったです」
エミリーは、まるで自分の事のように喜んでくれた。




