133.犬の本能、ここ掘れワンワン
ホモ疑惑のネプチューンと分かれて、サーベラスをひとまず屋敷に連れて帰った。
「こ、ここが人間さんのおうちなんですか?」
「ああ」
「すごい……人間さんってもしかしてすごい偉い人間さん?」
「どうだろうな」
偉くはないと思う、異世界の住民にはないオンリーワンのスキルを持ってて、最近はちょっと有名なだけだ。
「それより中に入ろう。誰かいてくれるといいんだけど」
この時間はみんなダンジョンにいってるかもしれないな、と思いつつサーベラスを連れて屋敷の中に入った。
「あれ? ヨーダさんどうしてこっちから帰ってくるです?」
玄関に入るとエミリーと遭遇した。
エミリーはハンマーじゃなくてホウキをもっていた。
「ダンジョンじゃなくてシクロの街をぶらついてたんだ。エミリーこそどうしたんだ?」
「転移部屋のおかげですぐに家に帰ってこれるようになったです、だから余った時間で掃除をしてるのです」
「そうか。ありがとうなエミリー。エミリーのおかげでいつ帰っても暖かい家があってすごくうれしい」
「私は好きでやってるのです」
「それでもありがとう」
エミリーは照れくさそうにうつむいた。自己申告通りに好きなことをやってるだけなのに褒められるのが照れくさいって感じだ。
その姿はかわいいのでもっと褒めてやりたかったが、背後でこそこそしているサーベラスの気配を改めて感じて、こっちをまずなんとかしようと思った。
「エミリーがいるのならちょうどいい、俺はちょっといくところがあるから、それまでこの子を預かっててくれるか?」
「預かるですか? ヨーダさんの頼みならどんとこいなのです」
「ありがとう。こっちこいわんこ」
「わんちゃんなのですねーーでかいなのです!」
「説明不要のでかさだな」
俺に呼ばれて玄関口に現れたサーベラスは所在なさげに小さくなってたが、エミリーの言葉でさらに縮こまってしまった。
「でっかいわんちゃんなのです」
「は、初めまして……」
「しかもしゃべれるですか?」
「ああ。実はこの子モンスターでハグレモノなんだ。だからほかの誰かにやられないように守っててやってくれ」
「なるほどなのです、私にお任せなのです」
エミリーはホウキを持ったまま小さくガッツポーズした。
それまで家庭的でかわいかったエミリーだったが、ガッツポーズした途端ホウキがハンマーに空目して途端に頼もしくなった。
「ぼ、ぼくのこと怖くないの? ハグレモノなんだよ」
「モンスターはうちにほかにもいるのです」
アリスの仲間たちだな、あれは事情がちょっと違うけど。
「じゃあ任せた、できるだけ早く戻る」
「はいです」
サーベラスをエミリーに任せて、俺は屋敷をでてダンジョン協会に向かった。
☆
諸々の手続きは一時間くらいかかった。
クリントに事情を説明して、ネプチューンから聞いた話を申し出た。
ハグレモノを飼うための手続きをして、その証拠になる首輪をもらって、再び屋敷に戻ってきた。
屋敷の中に入って、探して回る。
すると厨房にエミリーとサーベラスの姿があった。
サーベラスはエミリーのそばに座って、尻尾を思いっきり振っている。
図体がでかいこともあって、尻尾振りの勢いは相当のもんだ。
大人でも当たれば骨折しかねない、そんな勢い。
「ただいま」
「お帰りなのですヨーダさん」
「お帰りなさい人間さん」
エミリーとサーベラスは俺によってきた。
エミリーはいつも通りのニコニコ顔だが、サーベラスは俺のところに来た途端尻尾ふりが止まった。
別に丸まってて警戒してるとかじゃないんだが、エミリーと違って一切ふってくれない。
なんでだろう、と思ってると。
「聞いてください人間さん、人間さんのご飯すごくおいしかったんです」
「ご飯?」
エミリーに視線を向けつつ、小首をかしげた。
「はいです。ヨーダさんが出かけた後わんちゃんのおなかがぐるぐる鳴ったのでご飯を作ったです」
「夢のような味でした」
「ああ、なるほど」
謎はすべて解けた。
そう言ってエミリーを見たサーベラスがまた尻尾を振り出したからだ。しかも勢いはさらに増し、今度はうっとりした顔つきで。
尻尾を振ってエミリーになついたのは餌付けされたからだ。
それは仕方ない、エミリーのご飯のうまさは麻薬級だからな。
ただうまいだけ、ただただ暖かくてうまいだけ。
なのにいつまでも食べてたい、ずっとずっと食べてたい。
例えるのなら基本を極めて奥義級になったような。
それがエミリーのご飯だ。サーベラスがちぎれるほどの勢いで尻尾を振るのも納得だ。
「それよりヨーダさんはどこ行ってたですか?」
「ダンジョン協会にな。わんこの飼育許可を申請してきた。ハグレモノだからダンジョン協会の管轄らしいんだ」
「そうだったですか」
「で、この首輪をつけるんだけど……その前に名前を決めないといけない。名前を付けるとここに魔法で名前が表示されるんだ」
俺は首輪を取り出し、真ん中にある白い部分を指した。
「おまえ名前ないだろ?」
「はい。つけてくれるんですか人間さん」
「ああ。その前に確認したいことがある」
「確認?」
「名前を二種類用意してるからどっちにするのかの確認だ」
「どうするんですか?」
「ついてきて」
そう言って身を翻して歩き出した。ついてくるエミリーとサーベラスを連れて、屋敷から庭に出た。
そしてきょとんとする二人に振り向いて、あらかじめ街で仕入れてきたボールを取り出した。
野球のものとほぼ同じサイズのボールだ。
「それをどうするですかヨーダさん」
「投げるだけ。そーれ」
俺は無造作にボールを投げた。
何かテクニックがあるわけでもスピードがのってる訳でもない、山なりに適当に投げた。
すると、サーベラスは一瞬目を輝かせた後、ボールを追いかけていった。
「わんちゃんなのです」
「ああ、どうやら犬みたいだな」
「どういうことなのです?」
「根っこが犬なのかオオカミなのかをはっきりさせたかったんだ。それでつける名前が変わるからな」
「なるほど、本能でボールを取りに行ったからわんちゃんなのですね」
「そういうことだ」
エミリーに説明し、彼女が納得したところでサーベラスがボールをくわえて戻ってきた。
俺の前にやってきて、ボールを咥えたまま顔を上げる。
ちなみに尻尾を振っていた、うれしそうに。
ただし、エミリーにしたときほどじゃない。
犬の本能を超越したエミリー飯はやっぱりすごいな、と密かに舌を巻く。
「よくとってきた。偉いぞ」
ボールを受け取って、サーベラスの頭をなでる。うれしそうな顔をされて、尻尾ふりの勢いがちょっと速くなった。
「ってことでおまえの名前はケルベロスだ」
俺がそう言って、首輪を掲げた。
瞬間、首輪は光って、ケルベロスと文字が現れた。
「ケルベロスですか?」
「地獄の番犬って意味だ。サーベラスにも『ス』がついてるし、音も近いしな」
「ありがとうございます!」
うれしそうにするケルベロスに首輪をつけてやった。
「ところでヨーダさん、もしオオカミだったらどんな名前になったのです?」
「ロキかホロだな。どっちも伝説のオオカミの名前だ」
「なるほどなのです。わんちゃんとオオカミって『ロ』が多いのです」
別にそういうわけでもないけど、エミリーが納得してるならいっか。
俺はサーベラス改めてケルベロスに向き直って、いった。
「その首輪はずっとつけてるんだ。つけてる限りほかの人間はおまえに攻撃しない」
「はい」
「そんなにすごい首輪なのです?」
「俺が飼ってるって証だからな。これをつけててケルベロスが暴れたら俺の責任問題、そしてつけててほかの冒険者に倒されでもしたら敵対行為ってことになる」
「じゃあ安心なのです。今のシクロでヨーダさんに宣戦布告する冒険者は存在しないのです」
そうだといいな。
「ほえ……人間さんってすごい人だったんですね」
「ヨーダさんはすごいのです、シクロ最強ですし、一番儲かってるし、一番事件を解決した三冠王なのです」
「おぉ……」
ケルベロスは俺のことを見上げた。目がすっかり尊敬の色に染まってる。
「そんな人間さんに拾ってもらったんですね僕は」
「せっかくだから呼び方も変えるのです。ヨーダさんに飼われるわんちゃんだからいつまでも人間さんじゃおかしいのです」
「そ、そうですね。えっと……どうしよう、どうよべばいいのかな」
「何でもいいぞ、俺は佐藤亮太って名前だから、サトウでもリョータでも」
「ご主人様って呼ぶのです」
エミリーが食い気味でいった。
「ご主人様?」
「すごい人のわんちゃんなんだから、ご主人様って呼ぶのがいいのです」
「いやいや、ご主人様って」
「ご主人様……ご主人様……」
舌の上で転がすかのように何度も繰り返すケルベロス。
本気にしなくていいぞ、って思っていおうとしたが、俺は気づく。
ケルベロスの尻尾がすごい勢いでふられていることに。
左右にぶんぶんぶんぶん、ホームランバッターのフルスイング以上にものすごい音を立ててふっていた。
「ご主人様!」
俺に向けて無邪気な顔をしながら呼ぶと、勢いがメーターを振り切って尻尾が地面にたたきつけられた。
ドーン! と轟音を立てて、地面がちょっとめり込んだ。
そんなにうれしいのかご主人様。犬ってアルファ思想が強いから立場が高い人に飼われるのはうれしいのか。
まあ、別にかまわないか。
むしろご主人様って呼ばれる方が都合がいいかもしれない。
しゃべれるモンスターだから、外で俺のことをご主人様って呼んだ方がいろいろアピールできて、ほかの冒険者に討伐されないようになるからな。
これがイヌミミの獣人とかで、さらに幼女的な姿をしてたら「ご主人様」呼びは事案だったんだが、モンスターの外見なら何の問題もない。
「ご主人様!」
「おう。も一回とってこい」
そう言ってボールを投げた、ケルベロスは風のような早さでボールを追いかけていった。
「ご飯をあげたとき以上にうれしそうなのです。さすがヨーダさんなのです」
「あとでみんなにも紹介しないとな」
「ファミリーが増えてみんな喜ぶと思うです」
「そうだな」
仲間たちの反応を予想しつつ、ボールを追うケルベロスの姿を眺める。
庭の端っこまでいったケルベロスはボールをいったんくわえたが、何を思ったのかそれをおいて、地面をクンクンと嗅ぎ始めた。
「何かあるのです?」
「行ってみるか……おーいケルベロス、どうしたんだ」
「ご主人様。ここを掘ってください」
「ここを?」
「はい」
大きくうなずくケルベロス。
なんかそんな昔話あったなあ、と思いつつ地面を掘った。
「こんなとこになにかあるわけがないだろ。あったらハグレモノになってるはずだ」
「それは大丈夫なのです。人が住んでないけど店で登録されてる家は、ハグレモノにならないように人を派遣して維持するのです」
「なるほど」
この世界の不動産の常識に納得しつつ、さらに掘る。
五十センチくらい掘り下げた時点で、それが見つかった。
ゲームとかでたまに見かける特徴的なフォルム、勾玉だ。
「――って勾玉!?」
掘り出したものはずっと探してる、ニホニウムに関係してるアイテムかもしれなかったのだった。




