12.ドロップしないものがドロップしない場所で
今日も冒険者で賑わう買い取り屋「燕の恩返し」で、おれはさっき見た光景をエルザに話した。
「知らなかったんですか? ドロップアイテムを人気のないところに放置しておくとそこからモンスターが生まれちゃうんですよ」
「あっ、ごめん……」
こっちの世界に来たばかりのおれには知るよしもないが、エルザの口ぶりだとあたり前の常識だから思わず謝った。
「ってことは、ハグレモノってほとんど人災のようなもんなのか?」
「そうですね、そうなります。もちろん例外もありますけど」
「例外?」
「嵐が来て、ものが野外に吹っ飛ばされたとか」
「あー……なるほど、なるほど……」
その場合もハグレモノが生まれてしまうか。
要は、ダンジョンからドロップしたものが、人気のないところに放置すると元のモンスターに戻るんだからな。
「ダンジョンの中でも?」
「ダンジョンの中でもです」
「そうか」
今聞いた話を頭の中でまとめた。
そういうことなら――。
「あの、リョータさん。もしよろしければ、今夜一緒にご、ご飯に行きませんか! わたし、すっごく美味しい店をみつけた――」
「ありがとうエルザ! またくる!」
おれは気づいたことをすぐにでも試したくなって、わくわくする気持ちで店から飛び出した。
今思ってることが実現可能なら――と、興奮しきってまわりが見えなくなっていた。
☆
亮太がいなくなった店の中、切なげに出入り口を見つめるエルザのそばに同僚のイーナがやってきた。
「ざーんねん、ふられちゃったね」
「別にふられてないもん。リョータさん大事な事があっただけだもん」
「あはは、すねないすねない」
「すねてないし! リョータさんが生き生きしてる方がいいってだけだもん」
「わーお、こりゃごちそう様だ。あっ、いらっしゃいませー」
エルザは切なげな目をしたまま、亮太が出て行った扉を見つめたのだった。
☆
テルルの地下二階で眠りスライムを倒したニンジンをドロップさせて、地上に持ってきた。
カボチャにしないのは、事故を防ぐため。
流石に三度目はない、カボチャでやったらエミリーがなぜか通りすぎるのが目に見えてるからだ。
だからおれはニンジンにした。
やる事はニンジンでもカボチャでも、まあもやしでもいい。
ようは、ハグレモノを意図的に作り出すことだ。
ハグレモノを倒したらこの世界にないものがドロップする。
ゴリラを倒して銃をゲットして、コクロスライムを倒して銃弾が補充された。
銃弾は消耗品、常に補充が必要。
ハグレモノを意図的に作り出せれば自分の意思で補充できる。
そう思って、おれはニンジンを人気のないところにおいて、ギリギリ、それが目視できるところでまった。
さあ、どうだ?
そうして、しばらく待っていると。
「ニンジンだいしゅき」
「お前が釣れるんかーい!」
どこからともなく現われたイヴは、落ちてるニンジンを拾い食いした。
齧歯類を彷彿させるかじり方でニンジンを食べるイヴだった。
「なんで食べるの!」
「低レベル、だ」
「その呼び名やめて! ってなんで食べてるのそのニンジン」
「そこにニンジンがあるから」
「ああそうだね、ニンジンでお前が釣れるって想定出来てなかったおれが悪かったね」
「どんまい。ニンジン食べりゅ?」
「食べないよ!」
「あげないけど」
「くれないのかよ!」
「このニンジンはうさぎのもの。たとえ天と地がひっくりかえようともだれにも決して渡しはしない」
「初めて聞いた長台詞がそれでいいのかお前は!」
バニーガールのイブは満足げにニンジンをガジガジする。
自前のウサミミがぴょこぴょこする。
「はあ、多めに取ってきてよかった」
おれは予備のニンジンを置いた。
びくっ、とイヴの耳が跳ねた。
ニンジンを凝視してる、よだれが垂れてきた!
「ちょっとまってそれはやめて」
「でもニンジン――」
「わかったこれあげるから」
更に予備のニンジンをイヴに渡す。
イヴはもってるニンジンと地面に置かれたニンジンを交互に見比べた。
「あれもニンジン、これもニンジン」
「マジかよ……そうだ、そのニンジンをエミリーのところに持っていくといいよ」
「エミリー……」
「彼女ならすっごいニンジン料理を作ってくれるはず」
「ニンジン……エミリー……神が生まれた」
「そこまでかよ!」
おれのツッコミを気にすることなく、イヴは新しいニンジンを持って去っていった。
ふう、これで何とかなったか。
ニンジンをみて考える。
何となく地面に穴を掘って、ニンジンを埋めた。
そして離れる、距離をとってニンジンを埋めた地面をみる。
そうして、待つことしばし。
だめか――って思ったその時。
ポコッ。
と、地面からスライムが生まれた。
テルルのダンジョン地下二階に生息するあの眠りスライムだ。
「待ってましたーー!」
銃を握って、眠りスライムに飛びかかる。
パン! ポン!
眠りスライムが撃ち抜かれて、銃弾が10発ドロップされた!
「やったぜ!」
思わず声が出た。
実験は大成功だ。これでいつでもハグレモノを意図的に出して、この世界にはない銃弾を安定して補充することができる。
大きな一歩だ。
何もドロップしないハグレモノを待つのは大変だと思ったが、このやり方が発見できてよかった。
「ん? ちょっと待ってよ……なにもドロップしない……?」
頭のなかで、何かがひらめいた気がした。
☆
ニホニウム、地下二階。
奇襲してきたゾンビをヘッドショットで沈める。
頭が吹き飛ばされ、種をドロップするゾンビ。
種を拾って、力が1あがった。
このゾンビも「ドロップしない」モンスターだ。
この世界の人間じゃドロップしないモンスターで、おれが倒したら種をドロップする。
ハグレモノと同じだ。
だからおれは思った。
ゾンビがハグレモノになったら?
そう思ってニホニウムに来たのだが、困った。
ドロップアイテムの種は拾い上げると消えてしまうのだ。
アイテムは外に持ち出さないとハグレモノを生ませられないけど、ここの種は取ると効果が出てすぐに消える。
上の地下一階に戻った。
少し探して、スケルトンを見つけた。
骨だから狙える部分は少なかったけど、落ち着いて銃で倒した。
種がドロップした。
ーーHP最大値が0あがりました。
困った結果になった。
HPはもう最大のSまで上がったから、もしかして種を持てるんじゃないかって思ったけど、とっても0あがるだけで、種はやっぱり消える。
種を外に持ち出せないのだ。
だめか……ドロップしないモンスターがドロップしないハグレモノになったらどうなるのか、面白い事になるんじゃないかって思ったんだけどなあ。
しかたない。そんなうまくはいかないって事だ。
銃弾も補充したし、テルルにもどって今日の稼ぎ頑張ろう。
そう思って、ニホニウムから離れる。
出口にやってきて、Sで種とったからHPはSSとかにならないかな、とか思ってたその時。
壁が崩れて、スケルトンが奇襲してきた。
「お前もかよ! ニホニウムのモンスター奇襲好きだな!」
掴んでくるスケルトンを蹴り飛ばした。
スケルトンはすっ飛んでいき、ダンジョンの外に飛んでいった。
「やべ、ハグレモノに――あれ?」
スケルトンは消えてしまった。
ダンジョンから出た一秒後、霧になって消えてしまった。
どういう事だ? とおれは首をかしげたのだった。
☆
テルル、そしてニホニウム。
二つのダンジョンでいくつか実験して、更にもう一つシンプルな原理を発見した。
モンスターは全部、その階でしか生きられない。
違う階に自ら足を踏みいれないけど、吹っ飛ばされたり別の階に出されるとすぐに消えてしまう。
ハグレモノになるのはあくまで外でドロップアイテムが放置された場合で、モンスターが普通に出ればすぐに消える。
別の階に行ったり、地下一階から外に出たりしたら消える。
モンスターは例外なくその原理に従っていた。
☆
ニホニウム、地下一階。
入り口のすぐそばでおれは待っていた。
じっと、ずっと、待っていた。
こっちから待ってるとかえって出ないもので、一時間くらいしてようやく、地面からスケルトンが現われて、待ち構えたおれに奇襲した。
「うおおおお!」
スケルトンの細い首の骨を掴んで、外に放り投げる。
そして外に投げ出されたスケルトンに向かって銃を撃つ。
神経を研ぎ澄ませて、わずか一秒の間、骨の間を狙って連射した。
銃弾はスケルトンをばらばらに砕いた。
そして――。
ポン!
銃弾が一発ドロップされた!
本来ならドロップしないモンスターが、本来ならドロップしないダンジョンの外で!
アイテムをドロップした。
それを拾い上げて、銃に込める。
確信がある、これは違うものだと。
ダンジョンの外、一本の木に狙いをつけて、トリガーを引く。
弾丸が木に命中し、そこを中心に魔法陣が広がる。
直後、木が大きな氷の塊になった。
冷凍弾……魔法の弾丸。
頭の中に、そういう表現が自然と浮かび上がってきた。