113.ひとりじゃない
夜、シクロの街。
酒場・ビラディエーチ。
世界各地のダンジョンから毎日日替わり様々なビールを仕入れてくる、シクロで一番お気に入りの店。
昼間の一仕事が終わって、エミリーと二人で飲みに来ていた。
「ヨーダさんと二人っきりは久しぶりなのです」
「そういえば久しぶりだな。最近は仲間も増えたし、こうして二人っきりなのは中々なかったな」
ビールをぐいっと一気飲みして、店員に追加注文する。
ビールだけで10種類あるから、利き酒気分で順番に飲んでいくのが俺の好みだ。
「イヴは相変わらずニンジンしかいらない、アリスはあまり飲めないから誘わなかったけど、セレストはどうしたんだ?」
「セレストさんは家でお休みなのです。ちょっと頭がズキズキするって言ってたです」
「頭痛が? 大丈夫なのか?」
「熱もなかったし大丈夫だと思うですけど、一応何かあったらすぐに連絡してって言ってあるです」
「そうか」
俺の向かいにすわり、同じビールをひたすらちびちびと飲む130センチの女の子。
こう見えてちゃんとした大人で、家の事はよく気が利く女性。
まさに一家のお母さんである彼女が大丈夫っていうのなら、きっと大丈夫なんだろう。
「うふふ……」
「どうした」
「ヨーダさん、気づいているです?」
「なにをだ」
「さっきからみんな、ヨーダさんの事を見てるのです」
「俺を?」
ビールのグラスを置いて、酒場の中をぐるりと視線で一周した。
言われてみると注目を集めている様な気がする。
男も女も――女は何故か目が合うとすぐそらしてしまうが、エミリーの言うとおり大半の客が俺をちらちら見ている。
「ヨーダさんはもうすっかり有名人なのです」
「有名人か」
「はいです。そんなヨーダさんと一緒にいて鼻高々なのです」
「案外俺の方じゃなくてエミリーの方を見てるのかもしれないぞ。最近ますます増えたじゃないかエミリーハンマー。アルセニックをたまにのぞくと9割近く同じものを担いでるぞ」
「そ、それはハンマーがいいからなのです」
エミリーは盛大に照れて、赤面してうつむいてしまった。
俺もそこまで慣れてるって訳じゃないけど、エミリーは俺以上に、自分が有名人である事に対して免疫がない。
そんな風に照れるエミリーが可愛かったから、ちょっと意地悪しようと思った。
「謙遜するな、なんたってリョータ一家のナンバーツーだからな」
そんなセリフを、わざとらしく、そして大声で酒場の人達に聞こえるようにいった。
瞬間、ざわざわが増した。視線があきらかにエミリーに集まった。
「あの子がナンバーツーだって? そうは見えないぞ」
「馬鹿、あの子じゃなくてあの人! エミリー・ブラウン、『小さな巨人』『豪腕の聖母』『一振りで岩が粉々になったんだけどマジで』って言われてる人だぞ」
「そんなスゴイのか。人は見かけによらないもんだな……それをナンバーツーに据えるリョータ・サトウの見る目、いやセンスか……」
一部まだ俺に残っているが、それでも大半の視線がエミリーに集中したのは間違いない。
それでエミリーはますます照れて、顔だけじゃなくて腕やつま先まで真っ赤になって。
それがものすごく可愛いと俺は思ったし。
俺が知ってる「エミリーのすごさ」をもっともっと知ってもらいたいと思って。
彼女のすごいところを、これ見よがしに大声で喧伝しまくったのだった。
☆
酒場でエミリーをほめ殺した後、二人で一緒に帰路についた。
夜のシクロの街、ダンジョンが24時間モンスターが出現することから、それを相手にする冒険者も、さらにその冒険者を相手にする繁華街もちょっとした不夜城のようになる。
今通り過ぎているところも、夜だというのにまるで現代日本の様な明るさと賑やかさを誇っている。
全ての物がダンジョンからドロップする世界は、ダンジョンがある限り繁栄していくだろうと信じるに足る賑やかさだった。
「ん?」
「どうしたです?」
立ち止まった俺の横で、不思議そうな顔で見あげてくるエミリー。
俺の視線はある露店に釘付けになっていた。
正確にいえば店に並んでいる商品、装飾のついた鏡にだ。
「あの鏡がどうかしたですか?」
「エミリーには見えないのか、やっぱり」
「何か見えるですか?」
「ああ」
頷く俺、露店の前にやってきて、しゃがみ込む。
鏡をじっと見つめる、間違いない。
目を擦る、酒で変なものが見えてるって訳じゃないみたいだ。
鏡の前に人が正座していた。
着物を着た、小さな女。
魔法の実、リペティションに導いてくれたあの留め袖の女。
彼女が鏡の前に正座していた。
無言だが、「これを」って言ってるように見えた。
俺は彼女を「ニホニウム」だと思っている。
ならばこの鏡も、間違いなくニホニウムに関連する素材だ。
そして、彼女は困った顔をしている。
鏡の前で正座して、ものすごく困った顔をしている。
「お客さん、それがほしいの?」
「……ああ」
何故なのかは分からないが、どっちにしろ鏡を入手しなければと思った。
「いくらだ」
「1500万ピロ」
「……は?」
一瞬耳を疑った。
「1500万ピロ?」
「そうだ、これはさるお貴族様の屋敷にあったものでね、由緒正しい物なんだ」
「アンティーク、ってことか」
「そういうことだ」
にしても1500万ピロか。
いやまあ、貴族の屋敷にあったアンティークならそんなもんだろう。
1500万円の骨董品なんて、金持ち連中からすれば入門代わりに買ったり手放したりしそうなイメージだ。
「分かった買う」
「毎度あり」
「ただし一日だけ待ってくれ、明日のこの時間に金を持ってくる」
俺の口座は1000万を超えた頃だ、そして今の俺はリペティションを全力で使えば半日で500万は稼げる。
今はないけど、明日のこの時間までなら金を作れる。
「いいよ。でも俺明日でこの街を離れるから、それまでしか待てないよ」
「わかった、問題無い」
「じゃあまた明日」
「ああ」
俺はそう言って、もう一度留め袖の女をみた。
彼女は少しだけホッとした顔で、俺に手を振った。
その反応で、ますます手に入れなきゃならないと思った。
☆
翌朝、起きた俺は伸びをした。
今朝もいい天気だ、そしてエミリーが維持しているこの家の住み心地は相変わらず最高だ。
この体の調子なら、リペティションをMPのSで二セット撃てば500万に届く。
そう思って部屋を出て、二階のリビングに降りてきた。
「あれ?」
食卓のところでセレストがへばっているのが見えた。
「おはよう。どうしたんだセレスト」
「あぁ……おはようリョータさん」
「本当に大丈夫か? 顔色めちゃくちゃ悪いけど」
「大丈夫よ、いつもの事」
「そう? いや体調が悪いのなら無茶はするな? 仲間なんだから何かあったらフォローするぞ」
「ありがとう……やっぱりリョータさんは優しい……でも大丈夫、ただの魔力嵐だから」
「ああ、それで頭痛になったり調子悪いのか」
「うん、だから大丈夫」
「そうか」
それを聞いて安心した。
魔力嵐、魔法使いのセレストが魔法を使えなくなったり、体調を崩してしまうような自然現象。
現代だと低気圧のようなものかな。
そういうことならどうしようもないし、休めば大丈夫というセレストの言葉も納得がいく。
……。
…………。
………………。
「あああああ!」
「ど、どうしたのリョータさん、そんなに大声を出したりして」
「魔力嵐……」
魔力嵐だと!?
☆
一階、燕の恩返し出張所になってるそこで、エルザと向き合う。
「魔力嵐は今日一日続くそうです」
冒険者の買い取りの量に直結するので、買い取り屋の店員である彼女は天気――魔力嵐の規模と長さを把握している。
だから彼女に聞いたんだが、絶望的な答えが返ってきた。
「なんてこった……」
「どうしたのリョータさん?」
「実は、今日の夜までに500万を作らなきゃならないんだ」
「今のリョータさんなら楽勝ですね!」
「……魔力嵐がなかったらな」
「……あっ」
ハッとするエルザ、彼女も気づいたようだ。
そう、半日で500万ピロを稼げると言うのは、あくまでリペティション――一回倒したモンスターを問答無用に倒すあの最終魔法を使った上での計算だ。
普段の俺なら、銃や体術ならば200万、誰かにいいところを見せようとフィーバーしても300万だ。
魔力嵐中なら、500万に届かない。
「そ、それはまずいですよね」
「……とにかくやれるだけやってみる。朝のニホニウムはパスして、このままテルルに入ってくる」
「わかりました。私も全力でサポートします!」
「頼む!」
☆
テルルに入って、手当たり次第にモンスターを狩りまくった。
魔力嵐って事もあって、冒険者の数がいつもよりちょっと少なくて、狩れるモンスターは多かった。
だから全力で行った、無限雷弾を中心に、とにかく当てやすい追尾弾も使った。
ドロップを吸い寄せるポーチも使って、ドロップ即魔法カート行きになるようにその真上に設置した。
更に覚えているモンスターの出現場所、出現タイミング。それらを頭の中に思い浮かべて、一番効率の高いルートを構築してモンスターを狩っていった。
地下一階から二階、三階と降りていって、七階からまだ一階に上がってくる。
とにかく狩り続けた。
そして――昼。
☆
「午前中は200万と3千ピロでした……」
気遣って、ダンジョンまで途中報告にやってきたエルザが申し訳なさそうにいった。
200万……それは足りない事を意味する。
午前中全力でダンジョンを駆けずり回ったのに200万。
それは俺の限界とも言える。
魔法なしだと半日で200万。
いまの装備、知識、能力。
それをフルに出し切っての半日200万だ。
普段ならまったく問題ない、むしろ「日給400万かすげえ」ってなってるところだが。
今は足りない、夜までに500万を作らないと行けない今日は……足りない。
さらに……。
「ふぅ……」
「だ、大丈夫ですかリョータさん」
「ああ大丈夫だ、ちょっと疲れが溜まっただけだ」
「よかったです……でも、それじゃ午後は……」
「……」
答えられなかった。
午前中でバテてたら、午後の稼ぎは減ってしまうのが普通の考え。
……どうしよう。
「あの……もしよかったら――」
エルザが何か言おうとした時、彼女の背後、ダンジョンの入り口から二人の女が現われた。
リョータ一家の二人、エミリーとアリスだ。
「エミリー、それにアリス。どうしたんだ?」
「ヨーダさんのお手伝いに来たです」
「あたし達が来たからにはもう大丈夫」
「二人が……?」
どういう事だ、って訝しんでいると、エミリーは背負ってきたリュック、出会った時にも背負ってきたあの巨大なリュックを地面に下ろした。
そこから手際良く色々取り出して、ダンジョンの中で設置しはじめた。
テーブルにソファー、そして様々な料理。
みるみる内に、ダンジョンの一角に休憩所ができあがった。
しかもそれは、エミリーハウスの特有の暖かさまで兼ね備えていた。
「お待たせなのです。ここで少し休憩するのです」
「休憩」
「ちょっと休憩して、最後まで全力で駆け抜ける力を蓄えるのです」
「……エミリー」
ジーン、ときた。
「その後はあたしにお任せ」
「アリスが?」
「うん! あたしがいれば今戦闘中じゃないモンスターの居場所が分かるよ」
「そうか、ダンジョン生まれのスキル」
「うん! リョータじゃ完璧には分からないんでしょ」
「ああ」
モンスターの出現場所を読めるのだが、俺のは記憶と経験での判断だ。
アリスの特殊スキルはまるでレーダーのように感じ取れるもの。
彼女がサポートしてくれれば、確かにもっと効率が上がる。
「エミリー、アリス……」
「感動はいいから、今は休む」
「そしてモンスターを狩るのです」
「……ああ!」
そうだな、今は感動してる場合じゃない。
まずは全力で回復して、午後はガンガンいけるようにするのが先だ。
俺はソファーに座って、体を休めつつエミリーとアリスを見つめ。
「ありがとう」
といった。
二人はニコニコとして。
「どういたしましてなのです」
「仲間じゃん」
といってくれた。
こうして、エミリーとアリスのサポートもあって。
午後はきっちりペースを上げて、300万ピロの稼ぎをだして。
無事、1500万ピロのあの鏡を買い取るのに間に合ったのだった。




