01.スライムからドロップされた男
デュリン!
軽やかな、楽しげな何かの効果音がきこえた。
なんかのゲームの効果音っぽいな、と、急速に冴えていく頭でそう思った。
頭が冴えていってるけど、目を開けたくない。
二度寝して布団から出たくない時の感覚と似てる。
つんつん、ムニムニ。
誰かにほっぺたをつつかれた。
ちっちゃくて柔らかい指先、子供か女の人の指っぽい感じ。
「人間……なのです? でもドロップしたものですし……そっか人間型のお肉なのです、ちょっと捌いてみるです」
「ちょっと待った!」
なんか物騒なセリフが聞こえてきたから、慌ててパッと起き上がった。
目の前にきょとんとしてる女の子がいた。
俺の前にしゃがんでる、ちっちゃい女の子。
身長は130センチくらいかな、手足がすらっとしてて、体重は多分片手で抱き上げられるくらい軽そうだ。
なのに横にでっかいハンマーの様な武器が置かれてる。こっちの長さははっきりと俺の身長を上回ってる、2メートルは余裕である感じだ。
表情は幼げに見えるけど、どこか大人びてる感じで、そのアンバランスさが魅力的だ。
「びっくりしたです、本当に人間だったです?」
「どこからどう見ても人間だよ!」
「人間がどうしてスライムからドロップしたです?」
「はあ? スライム? ドロップ?」
なんのこっちゃって思った。
目の前のちっちゃい女の子はゲーム用語をあたり前のように言った。
しかも、主語が俺だ。
俺がスライムからドロップしたという、ゲーム的な表現をした。
もしかしてあれなの? ゲームとリアルの区別がつかない人なの?
そりゃあリアルはある意味クソゲーで実質デスゲームだけど、それでもリアルだ。
「そうなのです、あなたはスライムからドロップされたんです。あっ、ちょっと違うなのです。レアのスライムブロスからドロップされたです」
「……本当に頭大丈夫か?」
「なんでそんな可哀想な人を見るような目をするです?」
「そりゃだって……スライムとかドロップとかリアルで言っちゃう人はなあ」
「……本当に知らないです?」
「……どういう事だ?」
まっすぐ見つめられて、おそるおそる、って感じで聞かれた。
え? なにそれ、間違ってるのが俺で可哀想な人も俺ってことなのか?
ははは、そんな馬鹿なことが――。
――ない、よな?
「本当にどういう事?」
「えっと……あっ、ちょうどいいところに来たです。ちょっとみてるのです」
女の子は2メートルのハンマーをひょい、と持ち上げた。
もしかして実は張りぼてで軽いのかな――って思ったけど、すぐにそれが間違いだってことが分かった。
この時俺はじめて自分がいる場所を見て確認した。
まわりがレンガで作られた薄暗い空間、ところどころで壁がうすらぼんやりと光っている。
ぱっと見、どこかの地下道の様な感じだ。
その地下道の曲がり角から丸い物体があらわれた。
座クッションくらいのサイズで、色は緑がかった透明だ。
それがみょんみょんと形を変えながら移動してきた。
「……スライム?」
丸くて、不定形で、半透明のゼリー状で、自力で生き物のように動く。
ゲームとかでよく見るスライムってヤツのイメージにそっくりだ。
なんでスライムが? ここはどこかのレジャーランドのお化け屋敷か?
そんな事を思ってたら、スライムが急に飛んだ。
まるでスーパーボールのように、床と壁と天井を跳ね回って、女の子に飛びかかる。
「危ない!」
思わず叫んだ、しかし女の子は動かない。
スライムが横から女の子に体当たりした、女の子はよろめいた。
傍から見てもかなりの衝撃、小学生の女の子にサッカーボールを思いっきりぶつけたくらいの絵面とインパクトだ。
女の子はよろめいたが、踏みとどまった。
「それ武器なんだろ! 反撃しないのか!?」
「大丈夫――」
スライムは更に飛び回った、今度は真っ正面から女の子に突っ込んだ。
「――なの、です!」
それを待ってましたとばかりに女の子はハンマーを振り下ろした。
ドゴーン!
地面が揺れる程の勢いでハンマーをたたきつけて――スライムにジャストミートした。
ハンマーを持ちあげる、スライムはつぶされて、地面に落としたプリンの様に切なくなった。
つぶされた後、スライムは徐々に薄まって、消えていく。
そして、完全に消えた後に。
もやしがあらわれた!
「なんでもやし!?」
「テルルの地下一階のスライムドロップはもやしです。常識なのですよ?」
「いやそんな常識はない!」
どういうことだ? これは一体どういう事だ?
地下道でスライムが倒されたらもやしがドロップされた。
俺は混乱した。
ツイッターとかでポルポル気分だぜ、って書き込みたくなるくらい混乱した。
☆
「落ち着いたです?」
「あ、ああ……ありがとう、もやしスープうまいよ」
その場で火をおこして、ドロップした一つまみのもやしをスープにして振る舞ってくれた彼女に感謝した。
「えっと……キミの名は?」
「エミリー・ブラウンって言うです」
「俺は佐藤亮太。とりあえずよろしく」
「ハロー……ヨーダ?」
「そんなフリーダイヤルみたいな名前じゃないから! さとう、さ・と・う・りょ・う・た!」
発音をゆっくりにして、もう一度名乗る。
「ごめんなさい、はじめて聞くタイプの名前です……」
「……なあ、ここは日本じゃないのか?」
「にほん?」
「地球だよな?」
「ちきゅう?」
……。
なんかまずい、頭の中でアラーム音がけたたましく鳴り響いてる。
話がかみ合わない、致命的にかみ合わない。
スライムからもやしがドロップされたのと合わさって、致命的にやばい感じがしてきた。
「……このもやしって、あのスライムから生まれた……ドロップしたものなんだっけ」
「そうなのです」
「もやしってこういう風に作られるのか?」
「もやしがっていうか……全部そうですよ?」
「全部?」
「この世界のあらゆる物はダンジョンにあるモンスターからドロップされるです……」
そんな事も知らないのか? って感じで困るエミリー。
「あらゆる物?」
「はいです」
「あらゆるってどこまで?」
「あらゆるはあらゆるです……」
さらに困った顔をするエミリー。
これはあれだ、常識の基本的な事を聞かれすぎて、どこから説明していいのか分からないときの反応だ。
俺もクライアント――なにも知らないクライアントに説明する時はよくこうなる。
このままじゃ困らせるだけだから、助け船を出すことにした。
「もやしだけじゃなくて野菜もなのか?」
「はい」
「肉も? 牛とか豚とか羊とか」
「はい」
「金属は? あと宝石」
「テルルの最下階のレアモンスターがたまに真珠をドロップするみたいです。野菜ダンジョンなのに不思議です」
「…………空気とか水とかもってことはないよな」
「そうなのですよ?」
きょとんと小首を傾げるエミリー。
そこにまたスライムが現われた。
エミリーはハンマーを持って立ち上がって、スライムに立ち向かう。
さっきと同じ一撃耐えてから、ドカーンとスライムをつぶした。
今度はもやしが出なかった。代わりにスライムの死体がシュー、って音を立てて消えた。
彼女はやり遂げた顔をして、俺の所に戻ってきた。
「こんな感じなのです」
「こんな感じって……」
「むかしはドロップに外れがあるってされてましたけど、最近の研究だと、はずれでも空気か水になるってわかったのです。だから……えっと」
エミリーは言葉を選びつつも、当たり前の様に言い放った。
「この世界の全てのものは、ダンジョンでドロップされるんですよ?」
☆
しばらくの間エミリーの後ろにくっついて回った。
その間、混乱してる頭を整理する。
俺の名前は佐藤亮太、今日から無職だったはず。
今日からっていうのは、過労で倒れた後、退院後初出社したらいきなりクビって言い渡されたからだが、それは今重要じゃない。
重要なのは、ここが俺の常識がまったく通用しない場所だってことだ。
場所って言うか……世界?
エミリーから引き出した情報をまとめると、この世界はあっちこっちにダンジョンがあって、全てのものはダンジョンに生息するモンスターを倒して、ドロップしてゲットするらしい。
ならば農業とか漁業とかそういうのは? って聞くと、
「これが農業なのですよ?」
と、あたり前の顔でいわれた。
つまりスライムを倒してもやしをドロップ――生産するのがこの世界の農業ってことだ。
本当……どういう事なんだ?
考えても考えてもわからない、頭が痛くなってくるかのようだ。
わからないからとりあえず考えるのをやめた。
ふと、ある事に気づく。
「エミリーってさっきからスライムばかりを倒してるみたいだけど、他のは倒さないのか?」
「テルルの地下一階はスライムしかいないです」
「地下一階がって事は、地下二階もあるんだよな。そこには行かないのか? そのハンマーなら別のモンスターも倒せるだろ」
「私弱いです」
エミリーは平然と微笑んだ。
「とてもそうはみえないけど」
「ぶきっちょなのです。ちょっとでもつよい敵だと攻撃が当たらなかったりしてやられそうになるのです」
「ああ、パワーはあるけどスピードはないって事か」
エミリーが頷く。
そういうタイプか、それは切ないな。
「でももやし美味しいですし、お腹もふくれるです。たまにドロップがいい日だと余った分を売ってお金の収入もあるですよ」
「強くなることは出来ないのか?」
「あとレベル2あげれば地下二階いけるかもしれないです」
「レベル、レベルもあるのか」
「ありますよ。あっ、ちょうどありました、これです」
エミリーが立ち止まって、横を向く。
地下道の壁に掲示板の様なものがあった。
「それは?」
「ナウボードっていうのです。こうして……」
手を当てると、掲示板っぽいそこに大量の文字が浮かび上がった。
―――1/2―――
レベル:3/40
HP B
MP F
力 C
体力 E
知性 F
精神 F
速さ F
器用 F
運 E
―――――――――
「これは?」
「私のステータスなのです」
「本当にゲームみたいだ……」
つぶやきながらそれをみた。
典型的なパワータイプのキャラみたいだな、エミリーは。
「こういう風にステータスを確認できるのです。テルルはダンジョンとして結構重要なところなので、ダンジョンのなかでもこういうのをつけてくれて、いつでも確認出来るのです。これってすごいのですよ? 街でやったら一回100ピロかかるのですから」
「なんか無料の公共サービスっぽいノリだな」
俺はステータスの一番上にある「1/2」に気づいた。
「これって一ページ目って意味か? 二ページ目もあるのか?」
「はいです」
エミリーは掲示板――ナウボードって呼んでるヤツを操作した。
ページが切り替わる。
―――2/2―――
植物 E
動物 F
鉱物 F
魔法 F
特質 F
―――――――――
「これが私のドロップステータスなのです」
「ドロップステータス……これが高いとどうなるんだ?」
「高いとドロップしやすくなったり、量が増えたりするです。私は植物が一番高いから、このテルルにずっといるんです」
「なるほど」
エミリーは植物が高いって言ったけど、決して高いってわけでもない。
5つあるうち、一つがEで、他が全部Fだ。
他よりまし、ってレベルにしか見えない。
「ヨーダさんもやってみるです?」
「亮太だ。触ればいいのか?」
「はいです」
エミリーの手が引っ込んだあと、俺は同じようにナウボードに触った。
すると、同じようにステータスがでた。
―――1/2―――
レベル:1/1
HP F
MP F
力 F
体力 F
知性 F
精神 F
速さ F
器用 F
運 F
―――――――――
……おい!
なんだこれは、なんだよこれは!
「ヨーダさん、能力低いです……」
「絶望なレベルで低いな。しかもレベルこれって……最大が1で上がらないってことか?」
「そういうことになるのです」
「おいおい……」
ひどくないか、それ。
「結局こんなんかよ、ちょっと期待した俺が馬鹿だった」
「ドロップも切ないのです」
ため息ついてると、横からエミリーが手を伸ばして、ナウボードを操作した。
そうか、ドロップも低いのか。
……はあ。
全然いいところ無しだな、俺。
レベルも上がらず、能力も低くて何一ついいところないじゃないか。
「えっと……ABCDEF……」
指を折って数えるエミリー、そんなに低いのか。
「……Qに、Rに、S……、ここですね。すごく低いです」
「え?」
脳みそが「待て」をかけた。
なんか話がおかしいぞ?
うつむきかけた顔を上げて、ナウボードをみた。
―――2/2―――
植物 S
動物 S
鉱物 S
魔法 S
特質 S
―――――――――
2ページ目は、うってかわってとんでもないことになっていた。