序章
「はぁ…はぁ…」俺は全速力で走った。そうだ、その時はもう風をきるように。
「火事場の馬鹿力ってマジだったんだな…」とか思いながら。
後方では爆発が起こり、地が震えている。各地で常に、震度5の揺れが続くはずだ。
そして、断末魔の叫びが響いている。その「風」に捕まれば一瞬で終わり、つまり「死」を意味する。その叫びは無情にも、空へと消え、やがて地に還るのだ。これは生命の循環で有る。しかし、今起こっていることは、その循環の法則に反している。生命の循環は自然に、同じペースで行われている。草食動物の死は、肉食動物の生存に、肉食動物の死は、草木土への恵みに。こうして生物は成り立っている。一方、今起こっている「惨劇」は、他者の死が、他者の死に。他者の死が、他者の死に。他者の死が、他者の危険に。何かの死が、理不尽に続き、循環のバランスが崩れている。ペースが速すぎて、間に合わないのだ。死者と新たな命の数が比例せず、死者が増え、新たな命が減っている。今も俺の後ろで、死者は増えているだろう。
「…ちくしょお…」嘆きの言葉しか、今の俺には見つからない。見つけようともできない。それしか与えられず、見つける方法がないのだ。「風」は、試練を与えているんだろうか。俺に。地の揺れは大きくなる一方で、このまま俺が逃げ続ければ、さらに死者が増える…いや、俺が逃げようが、逃げないでいようが、結末は同じだろう。俺は無力だ。走り始めて10分。呼吸が苦しくなってきた。「今、死ねば、楽なんだろうな。」という悪魔の囁きが想像される。そして、「もう無理だ!走れねえよぉ…」と、俺の口から弱音が出た。無意識だ。俺は、自分が弱音を吐いたことを知り、ひどく脱力した。どうやら火事場は終わったらしい。足が棒になった。心臓は俺の中で揺れを強め、脳に死がよぎった。だが、もう悟った。「…分かってたさ…無駄だったって。足掻いても遅いんだってよぉ…」俺はくるりと向きを変えた。「風」は不敵に笑った。俺は、腰のサバイバルナイフを抜き出して構えた。「風」は10分前と同じで姿を変えず、見かけの足で駆け抜けて、俺に飛び込んだ。同時にナイフを突き出した。しかし、そのナイフは、空を切った。「風」が笑う。ナイフは「風」を貫いたはずだった。しかし、「風」にはささらなかった。同時に俺は、大事にしていた写真とともに上半身を失った。逆か。失ったのは下半身か。ん?まあ、どっちでもいい。つまり、真っ二つにされたということだ。俺は「死んだ」と悟る暇も無く、死んだ。そして「風」も消えた。すっかり荒廃しきった町に、血の匂いの混ざった、爽やかな風が吹いた。