2ー1・本社の集い
毎日が絶望の日々だった。
変わらない心情に、変わらない毎日。
素足で厳冬の肌寒さを感じながら呆然と歩き続ける。
歩き続けたとしても其処には、終焉はない。
けれど、
厳冬の寒さを歩く少女の心に居座った言葉。
『風花が強く変わらないと、何も変わらないよ』
かつて、誰かから言われた言葉。
もう誰から言葉を受けたのか、忘れてしまったけれど。
(私が、何か行動を起こせば、何か変わるのかしら?)
ある日、アルビノの少女を拾った。
ある日、自殺直前にいた青年を引き留め、連れてきた。
何故、連れて来てしまったのかは自分自身でも分からない。
けれど何処かで変化を求めていたのかも知れない。
だが。
(結局、何も変わらなかった)
何も変わらなかった。
少女を巻き込み、青年を巻き込み、己の手で壊す事しか出来ない。
風花は壊す事しか出来ないのだと悟り、元の場所に還った。
_____極寒の、北條家に。
温かみの一つのない、
全てが凍り付いてしまいそうな冷たい世界。
孫娘だという立場であろうと、拾われた孤児としか思われない世界。
兄が死んだ瞬間に、自分の存在すら棄てた。
“信濃風花”は、双子の兄が死んだ瞬間に
”北條風花”という感情を失った屍になったに過ぎない人形だ。
ただの、北條厳造の操り人形。
そうだった筈だ。
北條家、会社の懇親会という集い。
鮮やかな淡い光り。
本社のホールに溢れるのは、熱気と活気。
労いと称したこの宴は、人がわいわいと酒を楽しんでいる。
そんなホールの片隅には、
濃灰色ワンピースに身を包んだ黒髪の彼女がいた。
「………浮かない顔だね」
上から降ってきた
温かみのある声に、風花ははっと我に返った。
視線を声の主に向けると、距離を保って秀明が心配そうに此方を見詰めている。
「……ご心配、ありがとうありがとうございます。
………私は大丈夫です」
「そう?」
端正な淡い上品な顔立ち。
細身のスーツを着こなした婚約者同士の姿は、
まるでモデルの様だった。
二人が婚約者と知っている人々は
並んで立つ、美男美女に思わず見惚れてしまう程の美しい。
(………顔に出てしまったのかしら)
数時間前、花屋に寄って出会ったのは、芽衣。
自分から縁切りしてしまった少々を傷付けてしまった事は引け目に感じている。
(……芽衣は、何も悪くないのに)
7年前、何も言わずに姿を消したのは自分自身だ。
傷付けてしまった上に今更、合わせる顔なんて何処にもない。
またもし出会ったとしても、傷付けてしまうだけだ。
北條厳造もこの席に現れているが、
その代理人であり孫娘である北條風花も出席している。
厳造はヘルパーと共に。距離を置いて、風花と秀明、
そして秀明の父親であり、厳造の手下である孝義も参加していた。
ただ一つ。彼女と彼らは、
集いの宴から一歩、引いて置かれたテーブルにいる。
やはり家元として特別に用意された為か、北條家のグループと存在感を示す為か。
秀明から贈り物のネックレス。
あれから無意識に羽根のチャームに、触れている機会が多くなった。
無意識に風花は、
羽根のチャームに触れてぼんやりとしている。
(なんだか、落ち着いたしまう)
呆然と、羽根のチャームに触れている風花に気付いた
秀明は、頬を緩ませて嬉しくなる。
「ネックレス、気に入って貰った様で良かったよ」
「………ありがとうございます」
「ネックレス、似合ってる。風花、綺麗だよ」
集いの熱気が帯びてきて、ますます宴は進む。
ぼんやりと見詰める最中、風花は目を伏せた。
あまり人混みが多い場所は、苦手だ。
少し沈んだ表情を見せる風花に、
「あの、厳造様」
秀明の一声に、厳造は視線だけ傾ける。
優しく凛とした面持ちは、真っ直ぐな視線を捉えている。
微笑みながら言う。
「風花と、
少し散歩をして来ても宜しいでしょうか?」
「…………」
(良かろう。婚約者と知らしめねば)
厳造は、こくりと頷いた。




