1-6・北條家の後継者
______北條家 本家、自室。
「風花、お嬢様」
「……………はい?」
そのさらさらとした髪が、微かに背に流れた。
漆黒の髪と、真っ直ぐな瞳。
凛と何時時も一切変わらない、凛とした姿勢。
その繊細な人形の如く
端正に整った顔立ちに浮かべられるのは微笑。
大人びた雰囲気と透明感の溢れる美貌は息を飲んでしまう程に美しかった。
「………本社社員、それぞれの業績です」
「………ありがとう」
使用人によって差し出されたのは、端末。
「長野 圭介…という方が、
本社では真面目な方だそうです。
仕事に対しても真剣で抜かりがないと言いますか」
「………そうですか」
北條家の当主が病床に着いてから
その代理人として孫娘が、当主としての役割を果たす様になった。
彼女は責任者となり、本社の管理人として仕事をしている。
本社の社員の業績をじっくりと見ていく。
タブレット式の端末を見詰めていたが、ある人物を
目にして指先がぴたり、と止まる。
自然と漆黒の瞳を伏せる。
風花の視線の先。
______長野 圭介。
タブレット式端末には、
長野圭介の履歴書と業績が記されていた。
古くから在籍するベテラン社員よりも、若手社員の彼の成績は、頭一つずば抜けている。
忘れる筈がない。
その名前とその顔を見れば素通りは出来ない。
(____あの事が、正解だったのか分からない)
7年前の、
あの出来事と、青年に対し自分自身が下した判断。
自分のせいで失業者と成らぬ様に、また自分の存在のせいで振り回される事の様に。
けれど、
今更になって何処か迷いが生じている。
本社勤務から、7年。
無遅刻無欠勤の皆勤賞の社員で、ベテランですら
一目を置く存在なのだとか。
けれど。
風花の中では、圭介の業績を見る度に戸惑いを生じさせる。
(_____貴方を、北條家に縛り付けたのは、良かったこと?)
クライシスホームから、自分からの指名で
青年を北條家に縛り付けた形になってしまったのは
今でも疑問に残り、やや後悔が残る。
圭介が真面目に仕事に専念し
精進している事は、風花の耳に入っていた。
あれから会った事は一度もないけれど、彼の仕事の評判を無視は出来ない。
長野 圭介の業績を
見詰めながら、風花はやや目を伏せたまま。
未だに疑念は拭えないまま、7年も経っている。
彼は無関係だった。
北條家に巻き巻き込まなければ、自由になれた筈だ。
疑念を振り払い、タブレット端末を切ると
使用人に渡し、風花は静かに立ち上がった。
「…………ありがとう。下がって下さい」
「お嬢様。何処へ?」
「お祖父様の様子を見に行って、挨拶をしてきます」
そう告げると
優雅な振る舞いで、彼女は自室を後にした。
風に揺れ靡くさらさらの黒髪も、すらりとした後ろ姿も、
見惚れてしまう要素には十分だった。
「風花お嬢様、心身共に成長なされたことで……」
「厳造様が認められた人だもの、秀才な人に決まっているわ」
ひそひそ、と話す使用人達。
確かに厳造の孫娘は、
容姿端麗、頭脳明晰と非の打ち所のない女性だ。
最近は病床に着いた祖父の代理で、北條家の指揮を取るまでになっている。
風花は、厳造の孫娘で後継ぎ。
………本来ならば。
けれど誰にも言えない、事情という名の暗雲が
北條家には立ち込めていた。




