1ー4・温かな花屋
片隅にある、ある花屋。
茜色に染まる夕暮れを見詰めた後で、彼女はコルクボードに手をかけた。
閉店時間になり、下げたコルクボード表の“OPEN”を裏の“CLOSE”に返す。
淡い独特の香りが鼻に付く。
並べられた彩り豊かな花々に頬をほこばせながら、彼女はくす、と笑う。
明かりを消した薄闇の中でも
花は表情豊かで表情を滞らせる事もなく、新たな彩りが生む。
花は見飽きない。純粋無垢で、表情豊かなものばかりだ。
コルクボードを“CLOSE”に返した時、不意に背中越しに視線を感じた。
警戒しながら芽衣は後ろへ振り向くと、呆気に取られる。
(………子供?)
年は7歳くらいだろうか。
ポシェットを下げた愛らしい顔立ちの女の子が、寂しそうに此方を見ていた。
彼女は肩を落としている。
「______どうしたの?」
優しい花の笑みを浮かべ芽衣は、少女に尋ねた。
柔らかな髪がふわりと揺れている。その顔立ちは穏和に柔らかく端正に整っていて、思わず少女はその美貌に見惚れてしまう。
「………あの、もうおしまいですよね…?」
「…………あ」
(____周りを見てから、閉めれば良かった)
“CLOSE”というボードを見たからだろうか。
どうやら少女は花を買いに此処まで来たらしい。
芽衣は一瞬、思考を巡らせ暫く考えた後で静かに、少女へ歩み寄った。
「お花、どれがいい?」
「え、でも……」
「大丈夫。まだお姉さんがいるから、お店は閉まっていないわ」
芽衣が優しく語りかけると、
少女は照れくさそうに目を伏せてピンクの花、と呟いた。
「ピンクの花ね、ちょっと待っててね」
店に戻ると
ピンクコスモスを一輪取ると、手早く包むと下でリボンを結ぶ。
そのまま花を持つと、芽衣は少女に花を渡した。
「どうぞ」
「……ありがとう」
少女の表情はほころんで、笑顔になる。
花を渡した代わりに貰った花のお代賃である小銭を三つ。
彼女から貰った花を少女は大事に抱えている姿に、芽衣も微笑んだ。
「…………そのお花は、誰に渡すの?」
「入院している妹に。お花を渡すと喜んでくれる、から」
「…………そう」
その言葉に、少し切なくなった。
そして脳裏に掠めたのは、あの懐かしい記憶。
昔。殺風景な部屋に寂しくない様にと黒髪の少女が、
自分の部屋に花を持ってきては飾っていたか。
(健気な子だわ)
「じゃあ、お姉さんのお願いも聞いてくれる?」
「………うん」
芽衣は、店に戻るとオレンジコスモスの花を一輪取る。
そして、少女の元に戻るとピンクコスモスを包まれた包装の中に
ピンクコスモスを指す。
少女は芽衣の行動に、呆気に取られていたが。
「これは……」
戸惑う少女の手を引き出して、手のひらに小銭を戻す。
少女は戸惑った顔をしたが、芽衣は相変わらず優しく微笑んで
言葉を返した。
「私も、妹さんにお花を送りたくなったの。
これは私が払ったお花のお金よ」
「でも……」
芽衣は首を横に振り、優しく微笑む。
「お花のお金は貴女の気持ちだけで、十分。
このお花は、貴女の気持ちで買ったものよ。
だから気にしないで、ね?」
「…………ありがとう」
「早く妹さんの所に行ってあげてね、気を付けて」
少女は、笑顔で道を歩く。
芽衣は、その小さな背中を見送ると、踵を返して
そして“CLOSE”を掲げて、花屋に引き返して扉を閉める。
会計のカウンターに視線を送ると、頬杖を付き
頬杖を着きつつ、金髪の女性が伏せた目で此方を見ている。
「何とも慈愛に満ちた、娘だこと」
その表情は憂い、喜びが混じっている。
芽衣の母___ジェシカは
我が娘ながら、その優しい心根は誇らしく思うけれど。
その優しさと面倒見の良さは掴めなくて、何処か不思議だ。
「…………駄目かしら?」
「良いわよ。その優しさは誇れるものだから、素晴らしいわ。
ただ渡された代金を返すなんて、凄い善良ね」
「あんな純粋な子の話を聞いて取れないわ、私」
芽衣はくす、と笑った。




