1-5・沈黙の帰り道
夜道。もう時間はだいぶ過ぎているだろう。
自分が意を決して線路に居た時、確か空は夕焼けの空だったはずだ。
それから数時間居たのだから空も夜空で当然なのだが。
けれど、どういう訳か。
ちらりと隣に視線を遣ると表情一つ変えない少女____北條風花が居る。
圭介は視線を戻した後、心の中で暫し項垂れた。
全ての面談だの、
色々と仕事の説明だのでようやく解放されたと思っていたら
最後にあっさりと言われた言葉。
「もう遅いし、送るわ」
「あら行ってらっしゃい。気をつけて下さいね〜」
否応なく呆気無く、責任者に家まで送られる事になった。
否、彼女を送る事は有っても送られることなんて事は
滅多に無いのではないか。
けれどフィーアの話を思い出して、
彼女を見る機会にもなるのでは、と思い直す。
『無理しないで。
普通に風花を見て見守ってくれれば、それで良いんです』
穏やかにフィーアからはそう言われた。
再び視線を向けても風花の面持ちは一つも変わらない。
代々続く葬儀屋・北條家の一人娘で、大事な跡取り娘。
いずれは北條家の当主となる身故に今はこの現状で修行の身寄り。
けれど、訳があり本家から出て自立しフィーアと暮らしているらしい。
『詳しい事は、ご自身で色々と気付くと思います。
…………その方が面白いでしょう?』
理由をそれとなく聞いてはみたが
淡い微笑と共にフィーアにそつなくそう返されてしまい、
詳しい事は教えてくれなかった。
「悪いな、送って貰って。本来は逆の立場なのに」
「……良いの。送る事は嫌いじゃないから」
沈黙に耐え切れなくなって、
話し掛けたら返事はそう返ってきた。
相変わらずその表情は硬い。
最初は不審な少女と思ってしまったが
けれど初めて見た時とは違い、近くで見ると
最もその顔立ちは目鼻立ちがくっきりとし
上品で端正に整っていて、とても綺麗だ。
けれど。
その顔立ちや容姿に纏う雰囲気は、儚く薄幸な気がする。
近寄りがたい美少女。近付けば消えてしまいそうに感じた。
年は17歳と言っていたか。
フィーアと名乗った少女は18歳と言っていたから
フィーアの一つ年下で圭介とは三つ下になる。
だが。パッと見る限りは落ち着いた物静かな少女で
実際の年齢よりも、実物の少女はずっと大人びて見える。
また沈黙と静寂の中に戻ってしまう。
何かを起こさなければ、雰囲気も距離も変わらない。
そんな中でただ家路に向かって、何時しかアパートに着いていた。
圭介が立ち止まれば、風花も立ち止まる。
「着いたよ。此処なんだ。俺の家」
「……そう」
「今日はありがとう。帰り道大丈夫か?」
「……平気」
「じゃあ、気をつけて。おやすみ」
「……おやすみなさい」
そう言ってから、風花は背を向けて歩き出した。
アパートの階段を上がる前に圭介は少女の背中を静かに見送る。
一定のゆっくりとした足取りで彼女はただ歩いて帰っていく。
気のせいかその後ろ姿が、その背中が寂しそうに見える。
(……北條風花、か)
名前の通り、風の様な存在感を持つ少女。
まだまだ分からない存在の少女は、今にも消えてしまいそうだ。